第5話:封じられた炎
隠された螺旋階段を下りていくアイリス。
その先にある地下研究室で、彼女は父が遺した最大の秘密と対面することに。
螺旋階段は、思ったよりも深く続いていた。ひんやりとした石の壁を伝う湿気が、アイリスの肌を撫でる。携帯用精霊ランプの青白い光が頼りなく揺れ、自分の足音だけが暗闇に反響していた。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
どれくらい下りただろうか。やがて階段は終わり、目の前に古びた鉄製の扉が現れた。重々しい雰囲気を漂わせている。
深呼吸をして、アイリスは扉を押した。重い金属が軋む音と共に、扉が開く。
その先に広がっていたのは、地上にある父の書斎よりもさらに広く、そして異様な空気に満ちた空間だった。
壁には、見たこともない複雑な回路やパイプが張り巡らされ、部屋の中央には、奇妙な形状の装置がいくつも設置されている。空気は重く、濃密なエネルギーの気配が満ちていた。父はここで、一体どんな研究をしていたのだろうか。
アイリスはランプを高く掲げ、部屋の中をゆっくりと進んだ。装置のいくつかは、埃をかぶっているものの、まだ稼働しているように見えた。微かな駆動音と、青白い光の明滅が、静寂の中で存在を主張している。
そして、部屋の中央、一段高くなった黒曜石のような台座の上に、それは安置されていた。
魂函。精霊を封じ込めるための容器。しかし、それはアイリスが見慣れたギルド標準の魂函とは全く異なる形状をしていた。
通常の魂函よりも二回りは大きく、材質も一般的な合金ではなく、深く艶やかな黒い金属でできている。表面には、複雑怪奇な文様がびっしりと刻まれており、それは古代の呪文か、あるいは未知の数式のように見えた。
そして何より異様なのは、その魂函から放たれる圧倒的なエネルギーだった。
ランプの炎が揺らめき、アイリスの亜麻色の髪が静電気で逆立つほどの強力な波動。それは、熱を伴い、まるで巨大な心臓が脈打つかのように、規則的なリズムで空間に放射されていた。
魂函の中央にはめ込まれた大きな水晶部分は、内部からの強烈な光で赤オレンジ色に輝いている。しかし、よく見ると、その水晶には無数の細かい亀裂が走り、限界が近いことを示すように、不安定な光を明滅させていた。
(なんだ、これは……? こんな強力な精霊……基本精霊じゃない……!)
アイリスは直感的に危険を感じた。この魂函に封じられているのは、並の精霊ではない。下手をすれば、都市一つを破壊しかねないほどの、強大なエネルギー。父はなぜ、こんな危険なものをここに隠していたのか?
アイリスが後ずさりしようとした、その時。台座の足元に落ちていた一枚のメモ用紙が目に入った。急いで拾い上げ、ランプの光で照らす。それは、父の筆跡だった。走り書きのような文字で、こう書かれていた。
『警告:封印限界! 高次火精霊ソル、制御不能! 即時、再封印か解放の措置を要す! 私に万が一のことがあれば、アイリス、これを…』
メモはそこで途切れていた。
高次火精霊!? 父は、伝説にしか存在しないはずの高次精霊を、ここに封じ込めていたというのか? しかも、制御不能で、封印は限界……!?
アイリスがメモを読み終え、顔を上げた瞬間だった。
キィィィィィィン!!!
甲高い共鳴音が、部屋全体に響き渡った。
中央の魂函の水晶部分に走っていた亀裂が、一気に広がる。
まばゆい閃光。
そして、魂函の水晶部分が、ガラスが砕け散るような音と共に、粉々に弾け飛んだ!
ついに開かれたパンドラの箱…!