第21話:星見の塔
変異精霊との死闘を乗り越え、ついに目的地「星見の塔」の麓へ。
疲労と消耗は限界に達していた。足は鉛のように重く、一歩進むごとに眩暈がする。それでも、目の前に迫る星見の塔のシルエットだけを頼りに、アイリスたちは最後の力を振り絞って歩き続けた。
弱々しく揺らめくソルの炎を、アイリスはまるで壊れ物を扱うように、自分の共鳴エネルギーでそっと包み込むようにして支えた。完璧な方法ではないが、何もしないよりはましなはずだ。マーカスも、肩の傷に顔を歪めながら、しかし確かな足取りで、アイリスを励ますように先導する。
どれほどの時間が経っただろうか。灰色荒野の砂を踏む足音が、いつしか硬い石畳の音に変わっていた。灰色の空の下、ついに彼らは塔の麓にたどり着いたのだ。
間近で見る星見の塔は、想像以上に古く、そして神秘的な雰囲気を醸し出していた。
材質は、この辺りの岩とは異なる、青みがかった滑らかな石でできており、長い年月の風雨に晒されながらも、その威厳を失っていない。天を衝くようにそびえる塔の表面には、精霊文字のような、あるいは古代の天文学記号のような、複雑な文様がびっしりと刻まれている。それらは、ただの装飾ではなく、何らかの力を持っているように感じられた。
頂上部には、巨大なガラスか水晶でできたドームがあり、かつてはそこから星々を観測していたのだろう。今は曇りガラスのように内部は見えないが、微かに青白い光が漏れているようにも見える。
塔の周囲は、不思議な静寂に包まれていた。灰色荒野の淀んだ空気とは明らかに異なり、清浄で、濃密な、それでいて穏やかな精霊エネルギーが満ちている。まるで、塔そのものが強力な結界を発しているかのようだ。この清浄な空気に触れているだけで、少しだけ体力が回復するような気がした。ソルの炎も、心なしか安定してきたように見える。
「入り口は…どこだろう?」
アイリスが周囲を見回すが、塔には扉らしきものは見当たらない。滑らかな石壁が続いているだけだ。
「心配いらない。オリビア様は、我々の到着を予期されているはずだ」
マーカスはそう言うと、塔の壁の一点に向かい、古道派に伝わる特殊な印を結び、静かに呼びかけた。その声は、疲れているはずなのに、凛とした響きを持っていた。
「古き道の探求者マーカス、ギアハートの娘と共に参りました。長老オリビア様、お目通りを願います」
彼の言葉に応えるように、マーカスが触れていた壁の部分が、音もなく内側へと滑らかに開いた。隠し扉だ。まるで、壁が意思を持っているかのように。
扉の向こうは、薄暗いが、ひんやりとした清浄な空気が流れていた。外の灰色荒野とは別世界だ。
三人は中へと足を踏み入れた。内部は、外観から想像するよりも広々としていた。
中央には、天井へと続く巨大な螺旋階段があり、壁には、星々の運行や、様々な精霊たちの姿を描いたと思われる、色鮮やかな壁画が描かれている。その画風は古風だが、驚くほど生き生きとしている。
所々、古い天文観測装置のような精巧な機械や、膨大な書物が収められた書庫も見えた。ここは、単なる塔ではなく、古代の知識が眠る、巨大な図書館であり、研究所でもあるようだ。
「オリビア様は、おそらく最上階におられるだろう」
マーカスが言い、螺旋階段を上り始めた。アイリスも、弱ったソルを気遣いながら、後に続く。
階段を上るにつれて、空気中の精霊エネルギーはさらに濃密になり、穏やかで心地よい波動が全身を包み込む。アイリスの共鳴能力が、その波動に同調し、疲れた心が少しずつ癒されていくのを感じた。ソルの炎も、わずかにだが、色を取り戻し始めているようだ。
やがて、螺旋階段は終わり、最上階の広間へとたどり着いた。
広間の中央、大きな窓から差し込む淡い光の中に、一人の老婆が静かに座っているのが見えた。背筋を伸ばし、瞑想しているかのような、静謐な佇まい。
その後ろ姿からは、計り知れないほどの長い年月を生きてきた者の、深い叡智と威厳が漂っていた。
この人が、長老オリビア。
アイリスは、息を呑んで、その老婆の後ろ姿を見つめた。ここが、自分の運命を変える場所になるのかもしれない。そんな予感が、彼女の胸を強く打った。
ついに星見の塔へ到着!




