第20話:守護者の炎
アイリスを襲う変異精霊の群れに対し、ソルが身を挺して炎の壁を作り出す。
ソルの放った炎の壁は、まるで意思を持った巨大な盾のように、アイリスを襲おうとした変異精霊たちを阻んだ。
灼熱の炎に触れた精霊たちは、苦悶の叫びを上げて燃え上がり、次々と黒い灰となって消えていく。その炎は、普段のソルの赤やオレンジ色とは異なり、どこか神々しい黄金色を帯びていた。それは、彼の力の根源にある、守護者としての本質が、極限状況下で発露したかのようだった。
「ぐ……ぬぅ……!」
ソルは苦悶の声を漏らす。消耗した体でこれほどの大技を放つのは、相当な負担のはずだ。彼の炎の輪郭が、不安定に揺らめき、サイズも少しずつ縮小していくのが分かる。まるで、ロウソクの火が風に煽られるように。それでも彼は、歯を食いしばるようにして、炎の壁を維持し続けた。アイリスを守るという、ただ一点の意志のために。
その光景を、かろうじて意識を取り戻したアイリスは、朦朧としながら見ていた。
自分を守るために、身を挺して戦うソルの姿。
いつもは皮肉屋で、尊大で、人間を小馬鹿にしているような彼が、今、命懸けで自分を守ってくれている。その事実が、アイリスの混乱した心を強く打った。共鳴能力が、彼の痛みと覚悟を、わずかに伝えてくる。
(ソル……)
込み上げてくる感情に名前をつけることはできない。ただ、胸の奥が熱くなって、少しだけ切ない、そんな気持ちだった。それは、感謝とも、尊敬とも、あるいはもっと別の何かかもしれない。
炎の壁と、マーカスの必死の援護射撃によって、変異精霊たちは徐々に数を減らしていった。彼らは元々、理性を持たない狂気の存在。目の前の圧倒的な力の前に、ようやく恐れを感じたのか、あるいは単に破壊衝動が満たされたのか、残った数体が、奇妙な悲鳴のような鳴き声を残して、灰色の砂の中へと逃げるように姿を消していった。
嵐のような戦闘が終わり、辺りには不気味な静寂が戻った。しかし、それは決して安堵できる静寂ではなかった。
「はぁ…はぁ…」
ソルは荒い息をつき、ついに炎の壁を解除した。彼の体は、先程よりもさらに小さく、色も薄くなり、まるで風前の灯火のように頼りなく揺らめいている。今にも消え入りそうだ。
マーカスもまた、肩の傷を悪化させ、疲労困憊で壁に寄りかかり、浅い呼吸を繰り返していた。
アイリスは、ふらつきながらも立ち上がり、ソルのそばへ駆け寄った。共鳴による不快感はまだ残っているが、彼の状態の方が心配だった。
「ソル…! ありがとう…! 大丈夫…?」
初めて、彼女は飾り気のない、素直な感謝と心配の言葉を口にした。いつもなら、照れや不器用さから、こんな風には言えなかっただろう。歪んだ共鳴を経験したことで、彼女の中で何かが少し変わったのかもしれない。
ソルは、弱々しく揺らめきながらも、いつもの皮肉っぽい口調で答えようとした。
「フン…こ、これくらい…造作も……」
しかし、言葉は最後まで続かなかった。彼の炎が、さらに弱々しくなり、今にも掻き消えそうだ。
「しっかりして、ソル!」
アイリスは、どうすればいいか分からず、ただ彼の揺らめく炎に手を伸ばした。温かい。けれど、その温かさは、命の輝きというよりは、燃え尽きる前の最後の熱のように感じられた。彼女は、自分の共鳴能力で、何か彼を助けることができないかと考えたが、今の自分にはその方法が分からなかった。
「…あと、少しだ…」
マーカスが、瓦礫に寄りかかったまま、遠くを指差しながら言った。
灰色の空と大地が交わる地平線の彼方に、微かに、しかし確かに、一つの建造物のシルエットが見えていた。それは、天に向かって伸びる、細長い塔のような形をしている。
「星見の塔……!」
目的地は、もうすぐそこに見えている。
だが、果たして無事にたどり着けるだろうか。消耗しきったソルを支えるように、アイリスは彼の揺らめく炎にそっと手を添えた。思ったよりも実体感がある。彼女は塔のシルエットを見つめ、祈るような気持ちで再び歩き始めた。マーカスも、痛みを堪え、アイリスに続く。
灰色荒野の冷たい風が、三人の疲弊した体に容赦なく吹き付けていた。
なんとか危機を脱したアイリスたち。
しかし、ソルの消耗は激しく、予断を許さない状況です。




