表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

第16話:レムリア脱出

父の死の真相と、自身の力の謎を追う決意を固めたアイリス。

次なる目的地は「星見の塔スターゲイザー・タワー

星見の塔スターゲイザー・タワーへ向かう――決意は固まった。マーカスは店の奥から旅に必要な道具を準備し始めた。アイリスも、父の研究ノートを革袋にしまい込み、気持ちを引き締める。


その時、マーカスはアイリスの傍らに静かに揺らめく炎――ソルの存在に改めて気づき、目を見開いた。彼は地下水路で初めて見た時から、その尋常でないエネルギーを感じ取ってはいたが、落ち着いて向き合うのは初めてだった。炎の中心に宿る、古く強大な意志。それは間違いなく、伝説に語られる存在のものだった。


「これは……」マーカスは息を呑み、アイリスを見た。「アイリス、君はこのような方を…?」

彼の声には、驚きと共に、深い敬意が込められていた。


「えっと…はい、ソルっていう名前で…成り行きで…」アイリスは説明に困り、言葉を濁す。


マーカスはアイリスの反応に何かを察したようだったが、深くは追求せず、ソルに向き直り、うやうやしくこうべを垂れた。

火精霊(かせいれい)様、先程(さきほど)失礼(しつれい)いたしました。私はマーカス、古き道(オールドパス)を歩む者です。アイリスをお(たす)けいただき、(こころ)より感謝(かんしゃ)いたします」

古道派にとって、高次精霊(ハイ・スピリット)は敬うべき存在であり、その邂逅かいこうは特別な意味を持つ。


ソルは尊大な態度を崩さなかったが、マーカスの敬意を一瞥(いちべつ)で認め、フン、と鼻を鳴らした。

『礼には及ばん。我も、この小娘とギルドには(いささ)()りがあるでな』


「…つきましては、火精霊(かせいれい)様」マーカスは続けた。「レムリアからの脱出にあたり、一つお願いがございます」

彼は、古代の精霊文字(スピリット・ルーン)が刻まれた小さな黒曜石のアミュレットを取り出した。

「ギルドの追跡を逃れるため、一時的にこのアミュレットに御身(おんみ)の気配を封じさせていただけないでしょうか。高次精霊(ハイ・スピリット)様のエネルギーは、彼らにとって格好の的となってしまいますゆえ」


『フン、また(おり)に入れというのか。人間はこれだから…』

ソルは不満げに炎を揺らめかせたが、マーカスの言葉の()を理解し、渋々頷いた。

『よかろう。だが、これは一時的な措置だぞ。すぐにここから出すことを(やく)せ』

「もちろんです」マーカスは深く頷いた。


ソルが頷くと、アミュレットが淡い光を放ち、彼の炎の体が吸い込まれるようにその中へと収まった。アミュレットが、かすかに温かくなる。アイリスはそのアミュレットを受け取り、首から下げ、服の下に隠した。確かな重みが、心強さと同時に、この旅の重大さを感じさせる。


マーカスはアイリスに、目立たない濃い茶色の旅装束と、フード付きの丈夫なマントを手渡した。そして、偽造された身分証明書も。「これで中層区くらいまでなら、怪しまれずに移動できるだろう」


準備を終え、三人は古道具屋の地下にある隠し通路から、再びレムリアの地下世界へと足を踏み入れた。マーカスの持つ精霊ランプ(スピリット・ランプ)の頼りない光を頼りに、迷路のような下水道や、放棄された古い地下鉄のトンネルを進んでいく。ひんやりとした湿った空気、したたる水の音。地下道の湿った空気には、(かび)臭さと錆びた金属の匂いが混じっていた。アイリスは思わず(まゆ)をひそめる。


「この辺りは、下層区の中でも特に古い区画だ」

マーカスが小声で説明する。

「地上では再開発が進んでいるが、地下には忘れられた歴史が眠っている。ギルドも完全には把握しきれていないはずだ」

壁には、いつの時代のものか分からない落書きや、奇妙なシンボル。空気は(よど)み、時折、得体の知れない物音が暗闇から聞こえてくる。アイリスは、壁に染みついた古い記憶や感情の残滓ざんしを、共鳴(きょうめい)能力で微かに感じ取っていた。それは、長い年月の間に蓄積された人々の苦しみや嘆きのようで、決して心地よいものではなかった。


何度か、地上へと続く通気孔(つうきこう)の近くで、保安官レギュレーターたちの声や足音を聞いた。一度は、すぐ真上を複数の足音が通り過ぎ、三人は息を殺して暗闇に身を(ひそ)めた。心臓の音が、(いや)に大きく聞こえる。ランプの光を消し、完全な闇の中で、追手が通り過ぎるのを待つ時間は、永遠のように長く感じられた。張り詰めた空気の中、アイリスの手は汗ばんでいた。ギルドの追跡能力は、想像以上に組織的で、執拗しつようだ。


幸い、彼らは地下深くまでは捜索の手を伸ばしていないようだった。エネルギー探知センサーの反応を探知した際も、アイリスが咄嗟とっさに父の遺品のジャミング装置を作動させ、危機を回避した。


長い時間をかけて地下を進み、ようやくマーカスが立ち止まった。

「ここだ。この先は、レムリアの外壁の外へと続いているはずだ」

古びた鉄梯子を上ると、そこは街の境界近くにある、廃墟(はいきょ)となった古い工場の敷地だった。壊れた窓から夜風が吹き込んでいる。

夜の闇に紛れて外壁を越え、三人はついにレムリアの外、広大な荒野へと足を踏み出した。湿った土と草の匂いが、都会の空気とは違う解放感をアイリスにもたらした。


振り返ると、巨大な機械都市レムリアが、無数の精霊ランプ(スピリット・ランプ)の光を放ちながら、夜の闇に浮かび上がっている。生まれ育った街。父との思い出が詰まった場所。初めてこの街を離れる不安と、未知の世界への好奇心が奇妙に混ざり合い、足取りを重く、そして軽くさせた。アイリスは胸が締め付けられるようだったが、今は前へ進むしかないのだ。


マーカスが用意してくれた最低限の旅の装備――保存食、水筒、応急処置キット、そして父の研究ノートが入った革袋――を背負い直し、アイリスは荒野へと続く道を歩き始めた。星明かりだけが頼りの、未知への旅。ここからが、本当の始まりなのだ。


しかし、安堵も束の間だった。

レムリアを出て数時間、荒野を進む彼らの背後で、アイリスの首に下げたアミュレットが、微かに熱を持った。ソルの声が、直接頭の中に響いてくる。

『…小娘、マーカスとやら。どうやら、追手の気配がするぞ。少なくとも三人。足取りからして精霊保安庁スピリット・セキュリティ・エージェンシーの特殊班だろうな。それも、かなり手強い奴らだ』


その声には、確かな警告の色が(にじ)んでいた。早くも追いつかれたというのか。ギルドの執念は、想像以上だった。

マーカスの助けで、なんとかレムリアを脱出したアイリスたち。

しかし、安堵も束の間、早くも追手の影が…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ