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第15話:母の力、父の願い

アイリスの持つ「共鳴(きょうめい)」の力が、両親から受け継いだものだと知らされました。

今回は、謎多き母エレナの人物像と、彼女の力が父の研究に与えた影響、そしてアイリスへの父の想いが語られ、核心に触れます。

「お母さんにも…共鳴(きょうめい)の力が?」

アイリスは、マーカスの言葉に動揺(どうよう)を隠せないでいた。母エレナについては、優しくて、病弱で、そして素晴らしいピアニストだった、ということくらいしか知らなかったからだ。父は、母のことになると口数が少なくなることが多かった。まるで、触れてはいけない大切な宝物のように、あるいは、思い出すのがつらい傷のように。


「ああ、エレナさんは特別な人だった」

マーカスは懐かしむように目を細めた。彼の視線は、工房(こうぼう)の片隅に置かれた、古いオルゴールへと向けられている。それは、アイリスが母から譲り受けた、数少ない形見の一つだった。

「彼女は、言葉ではなく、音楽を通じて精霊(せいれい)と心を通わせることができた。彼女がピアノを弾くと、まるで森の木々が歌い、風が(ささや)き、水が踊るように、周囲の精霊(せいれい)たちが共鳴(きょうめい)し、集まってきたものだよ。それは、本当に美しい光景だった。精霊(せいれい)たちは、彼女の音楽を愛していた」


マーカスの語る母の姿は、アイリスの記憶の中にあるはかなげな母とは少し違って、どこか神秘的で、力強い一面を持っていた。母はただ病弱だっただけではない。特別な力を持っていたのだ。


「君のお父さん、トーマスは、エレナさんのその能力に深く魅了みりょうされ、そして触発(しょくはつ)された。彼の『感情共鳴理論エモーショナル・レゾナンス・セオリー』の根幹には、エレナさんの音楽から得たインスピレーションがあったはずだ。感情という『波動』が、いかに精霊(せいれい)と深く結びつくことができるか、彼は妻の姿から学んだのだと思う。彼女の存在そのものが、彼の理論の源泉だったのかもしれない」

父の研究の原点に、母の存在があった。その事実に、アイリスの胸は熱くなった。父が研究に没頭したのは、単なる知的好奇心だけではなかったのかもしれない。母への愛、そして母のような存在を守りたいという願いがあったのかもしれない。


マーカスの話を聞きながら、アイリスの脳裏に、幼い頃の記憶が断片的に(よみがえ)ってきた。

母がピアノを弾く部屋。窓から差し込む柔らかな光の中で、鍵盤の上を舞う母の指。そして、その音楽が満ちる空間で、自分が感じていた不思議な感覚。まるで、部屋中の空気が震え、壁や家具、そして自分の体までもが、音楽と一緒に歌っているような、心地よい一体感。あれもまた、共鳴(きょうめい)の一種だったのだろうか。あの感覚こそが、今の自分の力の萌芽ほうがだったのかもしれない。


「お父さんは、君の中に母上と同じ才能が眠っていることに、早くから気づいていたはずだ」

マーカスは続けた。その声には、確信がこもっている。

「だからこそ、彼は君を古道派(オールドパス)に託さなかったのかもしれない。我々の道は、時に険しく、危険も伴う。彼は、君をその運命から守りたかったのかもしれない。あるいは、彼自身のやり方で、君の力を安全に育てようと考えていたのかも…」

父の真意は、今となっては分からない。だが、そこには確かに、娘への深い愛情があったのだろう。不器用で、多くを語らなかったけれど、父は父なりに自分を大切に思ってくれていた。アイリスは、父への複雑な感情が、少しずつ解きほぐれていくのを感じた。(にく)しみや誤解ではなく、もっと温かい何かが、心の底から湧き上がってくる。


「君の力は、父上の知性と、母上の感性、その両方を受け継いだ、類稀たぐいまれなるものだ」

マーカスは、アイリスの肩に手を置いた。(ほこり)っぽい彼の指先から、温かい励ましが伝わってくるようだ。

「だが、その力を正しく理解し、目覚めさせ、そして制御する方法を学ばなければ、それは宝の持ち腐れになるどころか、君自身を傷つけることにもなりかねない。力の暴走は、時に持ち主をも滅ぼす」


「どうすれば……?」

アイリスは、助けを求めるようにマーカスを見上げた。自分の力を知りたい。父の遺志を継ぎたい。そして、真実を知りたい。


「『星見の塔スターゲイザー・タワー』へ行くんだ」

マーカスは即座に答えた。その声には、迷いはなかった。

「そこには、オリビア様という、我々古道派(オールドパス)の長老がおられる。あの方こそ、現代において最も深く共鳴(きょうめい)(ことわり)を理解し、導くことができる唯一の存在だ。彼女なら、君の力を正しく目覚めさせ、その使い方を教えてくれるだろう」


星見の塔スターゲイザー・タワー。オリビア。

新たな目的地と、導き手の名。

アイリスの心に、不安と共に、確かな希望の光がともった。道は示されたのだ。


「さあ、ぐずぐずしてはいられない。ギルドの追手も、いつまでも足止めできるわけではないからね。出発の準備をしよう」

マーカスは立ち上がり、店の奥から旅に必要な道具を準備し始めた。彼の背中には、穏やかな古道具屋の主人とは違う、確固たる意志が見えた。


アイリスもうなずき、立ち上がった。工房(こうぼう)に残してきた父の研究ノート。それを守り、父の死の真相を突き止め、そして自分自身の力を知るために。彼女の新たな旅が、今、始まろうとしていた。

母エレナの力、そして父トーマスの願いが明らかに。

次なる目的地は「星見の塔スターゲイザー・タワー」。しかし、レムリアからの脱出は容易ではありません。

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