第14話:古き道の教え
古道派の歴史や思想、そして父トーマスとの関係が詳しく語られます。
「古道派……お父さんが……」
アイリスは、まだ信じられない気持ちで呟いた。父は、ギルドに所属する革新的な精霊技師だとばかり思っていた。秘密主義なところはあったけれど、こんな裏の顔があったなんて。
「正確には、協力者、だな」
マーカスは静かに訂正した。彼の指が、古びたカップの縁をゆっくりと撫でる。
「トーマスは我々の知識と思想に深く共感してくれていたが、あくまでギルド内部からの改革を目指していた。我々のように、完全に世俗から離れて活動する道は選ばなかったんだ。彼なりの信念があったのだろう」
マーカスは、古びた書物の一つを手に取り、ゆっくりとページをめくりながら、古道派の歴史について語り始めた。彼の声は低く、まるで遠い過去の響きを伝えるかのようだ。
「我々のルーツは、第一時代、精霊と人間が共に生きた『調和の時代』にまで遡る。あの頃、人々は精霊を恐れることも、利用することもなかった。ただ、自然の一部として、隣人として、共にあったのだ」
マーカスは窓の外、レムリアの街の明かりに目を向けた。その光は、彼にとっては歪なものに見えているのかもしれない。
「しかし、約五百年前の『大分離』の後、第二時代が訪れると、状況は一変した」
彼の声には、苦い記憶を辿るような響きがこもっていた。
「合理主義を掲げる『普遍理性院』が台頭し、精霊信仰は迷信として弾圧された。共鳴石は砕かれ、古文書は焼かれ、精霊と繋がる者は『魔女』や『悪魔憑き』として処刑された。それは、我々にとって暗黒の時代だったよ」
マーカスは、壁に掛けられた一枚の古いタペストリーを指差した。そこには、星々や精霊を思わせる抽象的な文様が織り込まれている。
「我々の祖先は、弾圧を逃れながら、古代の知識や共鳴の技術を、こういった象徴や口伝、そして秘密の儀式によって守り継いできた。表向きは天文学者や自然哲学者を装いながらね。それが、古道派の始まりだ」
「現代のギルドの思想は『制御』だ。精霊を力で押さえつけ、エネルギー源として、まるで道具のように利用する。だが、我々が目指すのは『調和』。精霊を対等なパートナーとして尊重し、互いの力を共鳴させることで、より高度で、持続可能な関係を築くことだ」
マーカスの言葉は、父トーマスが工房で時折口にしていた理想と重なった。父は、古道派の知識に触れ、自身の『感情共鳴理論』を発展させていったのかもしれない。だからこそ、ギルドの主流派と対立したのだ。
「君が持っている『機械の声を聞く力』」
マーカスは、再びアイリスに視線を向けた。その穏やかな瞳には、確かな理解がある。
「それは、我々が『共鳴』と呼ぶ、稀有な才能の表れだよ。精霊や、物質に宿る微細なエネルギーの波動を感じ取り、同調する力だ。それは、第一時代の共鳴術師たちが持っていた力の名残であり、君がギアハート家の血筋であることの証でもある」
「私の、力……」
アイリスは自分の両手を見つめた。この油と傷だらけの手が、そんな特別な力を持っているというのか。ただ、機械と話せるだけの、少し変わった能力だと思っていたのに。
「君のお父さんは、その力を、ギルドの『制御』技術と融合させようとしていたのかもしれない。古き知恵と新しい技術を組み合わせ、真の『調和』を実現するために。だが、それはあまりにも革新的すぎた。ギルドにとっては、彼らの支配を脅かす脅威でしかなかったのだろう」
父の孤独な戦い。その理由の一端が見えた気がした。
「お父さんは、なぜ私を古道派に託さなかったんですか?」
アイリスは疑問を口にした。もし父が協力者だったなら、娘を仲間に預けることもできたはずだ。そうすれば、もっと安全だったかもしれないのに。
「それは…トーマスなりの考えがあったのだろう」
マーカスは少し寂しそうに言った。
「彼は、君に普通の、幸せな人生を送ってほしかったのかもしれない。我々の道は、時に険しく、危険も伴うからね。あるいは、君自身の意志で、自分の道を選ぶことを望んでいたのかも……。そして、何よりも」
マーカスは、アイリスの髪に優しく触れた。その髪は、亡き母エレナと同じ、美しい亜麻色だった。
「君の母上、エレナさんもまた、強い共鳴の力を持っていた。君の力は、間違いなく、両親から受け継いだ、大切な遺産なのだよ」
母も? 母のピアノの音色が、時折、不思議な感覚を呼び起こしたのは、そのせいだったのだろうか。
アイリスは、自分のルーツと、これから向き合うべき運命の大きさに、ただ圧倒されていた。古道派、共鳴、そして両親の秘密。世界が、急速にその様相を変え始めていた。
古道派の歴史と、父トーマスの意外な繋がりが明らかになりました。




