第10話:炎と歯車の応戦
アイリスとソルの共闘!
投降勧告が響き渡る中、アイリスの頭は高速で回転していた。投降? ありえない。ギルドに捕まれば、父の研究は奪われ、ソルは再び封印されるか、もっと酷い目に遭うだろう。自分自身も、どうなるか分からない。
(戦うしかない……!)
絶望的な状況の中で、アイリスの瞳に決意の光が宿った。この工房は、父が遺してくれた場所。そして、彼女自身が長年手を加えてきた、いわば彼女の領域だ。地の利は、こちらにある。
「……手伝ってくれる?」
アイリスは、隣で警戒態勢をとる炎の精霊に呼びかけた。まだ彼の名を呼ぶのはためらわれたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
(まさか、この傲慢な精霊に頼るなんて。でも他に手はない……)
一瞬の逡巡の後、アイリスは覚悟を決めて言った。
「フン、当然だ。我をこんな目に遭わせた連中に、一泡吹かせねば気が収まらん」
ソルは獰猛な笑みを浮かべるように、炎を揺らめかせた。彼の怒りの矛先は、トーマスだけでなく、この状況を作り出したギルドにも向いているようだった。内心、この小娘と共闘するのは癪だったが、今はそれどころではない。
「突入するぞ! ギアハートを逃がすな!」
外から隊長らしき男の怒号が響き、工房のドアと窓が同時に破られた。閃光弾が投げ込まれ、強烈な光と音がアイリスたちの視覚と聴覚を奪う。
「うっ……!」
アイリスは咄嗟に目と耳を覆ったが、体勢を崩してしまう。
しかし、アイリスはこれを予測していた。彼女は作業台の下に隠していた制御盤のスイッチを入れた。
「作動!」
その瞬間、工房全体が、まるで巨大な機械仕掛けの罠のように動き出した。
天井から降り注ぐ高圧蒸気の噴射!
壁から飛び出す巨大な機械アーム!
床から噴き出す、目くらまし用の濃い煙!
これらは、アイリスが日々の修理作業の傍ら、万が一のために工房内に仕掛けておいた自作の防御システムだった。侵入してきた精霊保安官たちは、予想外の反撃に混乱し、動きが鈍る。彼らの顔には焦りの色が浮かんでいた。
「今よ!」
アイリスが叫ぶと同時に、ソルが動いた。彼の体から放たれた灼熱の炎が、蛇のように保安官たちに襲いかかる。
「ぐわぁっ!」
悲鳴が上がる。しかし、保安官たちもただ者ではない。彼らは瞬時に体勢を立て直し、携帯型のエネルギーシールドを展開。手慣れた動きで陣形を組み直し、ソルの炎を防ぎながら、対精霊用の冷却装置で反撃してくる。青白い冷却ガスが噴射され、ソルの炎がわずかに勢いを弱める。工房内に、金属の焼ける匂いと冷却ガスの化学的な匂いが混じり合う。
「ちぃっ、厄介な武装をしておるわ!」
ソルは舌打ちした。
「右! 二人、死角から来る!」
アイリスは、工房の構造を知り尽くしている。彼女は的確に敵の位置を指示し、同時に作業台の旋盤を遠隔操作して金属片を飛ばすなど、トリッキーな攻撃で援護する。
ソルはその指示に従い、的確に炎で牽制、あるいは直接攻撃を加える。
炎と歯車。精霊と機械。
本来なら相容れないはずの二つの力が、この小さな工房の中で、ちぐはぐながらも連携し、強大な敵に立ち向かっていた。互いへの不信感を抱きつつも、今は生き残るために、背中を預け合うしかない。その奇妙な連帯感が、二人の間に生まれ始めていた。
しかし、敵の数は多い。防御システムも徐々に破壊され、ソルの炎も冷却攻撃によって消耗していく。アイリスが仕掛けた罠も、全て見破られるのは時間の問題だった。
じりじりと、確実に、彼らは追い詰められていく。
「くそっ、キリがない!」
ソルが焦りの声を上げる。
「アイリス! 他に逃げ道はないのか!? このままではジリ貧だぞ!」
彼の口から、初めてアイリスの名が出た。状況がそれだけ切迫している証拠だろう。
アイリスの脳裏に、ある可能性が閃いた。父が昔、冗談めかして話していたこと。まさかとは思うが、試してみる価値はあるかもしれない。
(父さんの書斎にあった、あの古い地図……地下の!)




