抱擁
俺も現代日本人だ。
異世界モノのラノベやアニメは何作か目を通しているし、最初に【冒険者ギルド】なる組織に加入するべきであるというセオリーは知っている。
異世界転移初日に冒険者ギルドを発見し、その門を潜る時点までは成功させた。
ただ、いきなり戦闘が発生してしまい、少なくない数を殺してしまった。
一応ギルド側は正当防衛を証言してくれたのだが、場の雰囲気は最悪である。
場に居た全員が、俺がまるで殺人鬼であるかのような目線で盗み見ている。
目が合った者に会釈するも、怯えたように目を伏せてしまう。
…いきなり孤立したな。
まあ、仕方ないさ。
この撃鉄があまりにも軽すぎるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、その日は簡易登録だけ済まして、ギルド直営のシティホテルに泊めて貰う事になった。
場所もギルドの向かいだったので、疲れ果てていた俺はキャシーから受け取った宿泊券を握りしめて、フロントに向かった。
部屋の広さは8畳くらいであろうか?
ベッド、クローゼット、ミニテーブル、シャワー、トイレ。
簡素だが必要なものは全て揃っていた。
ミニテーブルの上の果物やパンは宿泊費に含まれているとの説明だったので、遠慮なく頂戴する。
どれも奇妙な味だったが、腹が減っていたので貪り尽くす。
身体が汗まみれである事を思い出し、シャワールームに入る。
湯船は無かったが、水温が丁度良かったので満足することとする。
身体を洗っていた時である、扉の向こうから一瞬物音がした。
『!?』
反射的に腰に手を伸ばすと、やはりそこにはホルスターに包まれた銃があった。
なるほど、銃だけは俺を裏切らない。
俺は銃を腰だめに構え、いつ扉を蹴破られても応戦できる態勢を整える。
昼間のゴンザレス一味の残党?
報復に来た?
…怖い、怖い怖い。
すぐに殺さなくては。
いや駄目だ!
殺す前に残りの仲間が何人居るかを拷問して聞きださなければならない!
手か足を撃って尋問しよう。
相手が出血多量で死ぬ前に仲間の残数と居場所を吐かせなければ!
俺はドアのやや下部分に狙いをつけて息を殺す。
初弾で確実に足を潰す!
ひるんだ隙に利き手を撃って、手早く拷問を始める!
それしかない。
決意してしまうと、不思議と震えが止まった。
そっちがその気ならやってやろうじゃないか、皆殺しにしてやるよ!
『ふーーーーー。』
音が立たない様に注意しながら息を吐いて精神を落ち着かせる。
落ち着け俺、まだ殺しちゃ駄目だ。
殺すのは拷問してから、殺すのは拷問してから、殺すのは拷問してから。
居場所を聞き出し次第、先手を打って残党を皆殺しにする。
殺す殺す殺す殺す拷問拷問拷問拷問皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し。
再度耳を澄ます。
部屋の入口あたりでウロウロしている気配がある。
侵入者は1人?
偵察? 窃盗?
しばらく息を殺していると、シャワールームの前に立った気配を感じた。
ドアを蹴破られての強襲を覚悟していたが、その様子はない。
俺が出た瞬間を狙っての待ち伏せだろうか?
どうする?
ドア越しに狙撃するか?
いや、駄目だ。
初弾を外した場合のリスクが大きい。
そもそも視界外の相手の足を正確に撃ち抜く自信がない。
10秒経過、15秒経過。
俺は恐怖に押し潰されそうになりながら、必死で銃を握りしめる。
もう拷問抜きで殺害を優先するべきだろうか…
俺は銃を構えたまま気配を殺してドアに近づく、そして全感覚を総動員してドアの向こうの相手も気配を殺していることを悟る。
間違いない、コイツは強襲ではなく奇襲を狙っている。
…いっそ、先手を取るか。
幸い、バスルームの扉は外開きだ。
全体重を掛けて蹴りあけ、ひるんでいる隙に四肢を撃ち抜く。
幸運にもマウントを取れたら銃把で顔面を滅多打ちにして、拷問に移行しよう。
銃声はなるべく立てたくないからな。
俺は恐怖を押し殺しながら作戦を2度シミュレートしてみる。
実際に銃を振ってみて、銃把で相手の顔面を叩き潰す動作を身体に覚えさせる。
さあ、敵が仲間を呼ぶ前に決行だ。
5・4・3・2・1・0。
ドガッ!!!!!!
「キャッ!!」
扉は思ったより軽く簡単に敵を吹き飛ばした。
俺より小柄!?
イケる!
体重差で押し勝つ!!!
シミュレーション通りに敵に馬乗りになると、迷わず一撃!!!
「ガアアアア!!!」
くっ!
鼻を潰すつもりで振り下ろしたが額に斜めに当たった。
血の臭いはしたが大したダメージは与えれてない!!
再度、振りかぶり!
「ヤブキ様!!!
キャシーです!!!!」
なるほど、刺客はキサマだったのか。
そりゃあそうだ。
俺の顔を知っている訳だしな。
キャシーが反射的に顔をガードしたのを確認してから、右の鎖骨を砕く!!!
キサマの利き手が右手であることは先程確認済みだからな!!!
「ガアアアアああ!!!」
よし!!!
利き手を潰せた!!
「ウアアアアアア!!!
ち、違うんです!!!」
俺は無言でキャシーの口内に銃身を突っ込む。
『騒げば撃つ!!』
「ッ!?
フーーーー、フーーーー。」
良かった。
キャシーはさっき俺の銃撃を目撃している。
つまり銃による恫喝が通用するのだ。
現に、頭部からの流血以上の汗をかいている。
『こちらの質問だけに答えろ。』
「(コクッコクッ。)」
『仲間は何人いる?』
「(ブンブン! ブンブン!)」
『一人か?』
「(コクッコクッ。)」
『嘘だとわかったら、即座に撃つからな。』
「(コクッコクッ。)」
『何故、俺を狙った?』
そう聞くとキャシーが涙を流しながら何かを話したそうな素振りを見せたので、『叫んだら無条件で撃つ。』と宣言してから銃身を引き抜いた。
「ハアハア。」
『何故、俺を狙った?』
「ち、違うんです。
差し入れを持って来たんです。
テーブルの上に日用品と軽食を…」
『入室の許可を出した覚えはない。 (ゴリッ)』
「ひいいい!!
ち、ちがいます!
本当にただの差し入れなんです。
信じて下さい。」
『苦しい言い訳だな。
差し入れならフロントに預ければいいだけだ。』
「お、お近づきになりたくて!
個人的に!!」
『大声を出すなと言ったはずだ。 (ゴリッ)』
「ヒッ、申し訳御座いません。
でも信じて下さい。」
『近づくも何も、ギルドで幾らでも逢えるだろう。
少なくも俺は明日顔を出すつもりだった。』
「だ、男女の意味合いでです!!」
『…。 (ゴリッ)』
「(ビクッ!) こ、こればかりは信じて頂くしか。」
『理解に苦しむな。
俺は流れ者だし、今日問題を起こしたばかりだ。
きっと少なくない恨みも買っただろう。
百歩譲って俺に好意を持ったとしても、接近するメリットがない。』
…なるほど、ハニートラップか。
雇い主の名前を吐かせてからじゃないと殺せないな。
「つ、強い男性に魅力を感じたという答えでは不十分でしょうか?」
『現場を見た君に説明の必要はないと思うが、俺の力の源泉はこの武器にある。
優れた武器を保有しているだけなので、男性的価値とは何の関係もない。
強さという基準なら、ゴンザレス氏は俺の10倍以上の価値がある。』
「は、反論しても宜しいでしょうか?」
『…手短に。』
「ありがとうございます。
ゴンザレス氏が強いことは事実です。
現に、彼らがあれだけ横暴な態度を取っても、王都のギルドは面と向かって抗議出来なかったのですから。
流石に10倍以上とまでは申しませんが、彼は一般的な冒険者の3倍の戦闘力があると認識されておりました。」
『…続けろ。』
「ですが、彼が強いと言っても所詮は民間レベルの強さです。
騎士団のCQC要員から見れば大柄なだけの素人に過ぎません。」
…同感だな。
この異世界で見かけた騎士達はガタイや体幹が一般人とは懸絶していた。
「なので我々受付嬢はゴンザレス氏を恐れながらも、異性としての魅力は感じておりませんでした。
そもそも私は職業婦人なので、上昇志向・ブランド志向が一般的な女よりも高いと思います。
ああいう反社会的人物と親密になるメリットがありません。」
『それはおかしい。
俺は登録初日に暴力事件を起こした。
そんな俺に接近することは、君のキャリアにとってマイナスになることはあっても、プラスにはならない。』
「反論させて下さい。
ヤブキ様の行動からは論理性や社会性を感じました。
高等教育を受けた私が気になるのは自然ではないでしょうか?」
『答えになってないな。
人殺しに社会性はない。
高等教育とやらの過程で習わなかったのか?』
「殺人と言うならゴンザレス氏も相当数殺してます。
ただ彼は感情を抑制出来ずに殺人行為を行ってましたが、ヤブキ様は計算の上で殺してます。
その点を男性としてのストロングポイントであると感じたのです。」
そんな遣り取りの後に水掛け論が発生する。
ハニートラップを断定している俺、恋愛感情を主張するキャシー。
そもそも議論が嚙み合わないのだ。
「では、どうすれば信じて頂けますか?」
『どうもこうも、俺は生まれつき他人を信じない性格だ。』
「で、では恋人同士になれば信じて下さりますか?」
『君の主張する恋愛感情そのものが信用出来ないという話をしている。』
「では先に肉体関係を持つのは如何でしょう?
今夜この場で操を捧げます。」
『だから、肉体関係を持つほどの信頼関係が成立していないと言っている。
俺は余所者だぞ?
奇襲の警戒に全神経を注ぐのは当然だろう?』
「ではヤブキ様の必要とする情報の提供は如何でしょうか?
質問して下されば全て答えますし、嘘だと判明したら即座に殺して下さって結構です。」
ふむ、やはりコイツは馬鹿じゃないな。
ニーズを汲み取る感性と知性がある。
『ゴンザレス一味はあれで全員か?』
「全員ですが、親しかった者は何人か居ます。」
『…そうか。』
「具体的には副ギルド長のモーガン、解体主任のホワイト、冒険者のジャクソンとボーンズです。
真偽は数日過ごせば嫌でも見えてくる筈です!」
『…。』
「明日、改めて仲裁に入ります!!
完全な和解とまでは行きませんが、ヤブキ様がギルド関連で不利益を受けにくいように話を持っていく自信があります!
特にモーガンは父の旧友であり、ある程度の便宜は期待出来ます!
また、ジャクソンの恋人ケイトと私はギルド入社時の同期です!
十分に軟着陸可能と踏んでます!」
『…わかった。
もし本当にそうなら助かる。
こちらは見返りに何を支払えばいい?』
「お近づきになれれば。」
『抽象的過ぎる。
もっと分かりやすい条件を提示して欲しい。』
「で、では。
専属受付嬢にして頂けませんか?
依頼料のバックマージンが発生するので、私に金銭的なメリットが生じます。
無論、専属冒険者としてのメリットも享受して下さって構いません。」
『メリット?』
「請けたくない依頼をブロックする事が可能です。
専属受付嬢を使えば、遡って別依頼を請けていた事にする事務処理が可能になりますので。
この機能を使って気の進まない案件から距離を置くベテラン冒険者が散見されます。
また成果は要求されますが、請けたい依頼を公開前に占有することも可能です。
当ギルドでトード系モンスターの討伐依頼が殆ど公開されていなのは、それが理由です。」
『…ふむ。』
なるほど。
もしもこの女の発言が真実であれば悪い話ではないな。
「信じて欲しいとは申しません。
ただ、チャンスを頂けませんか?」
『わかった。
専属の件は前向きに検討する。
そして、退室する君を後ろから撃たない事も約束する。』
『寛大なお言葉に感謝します。
私はこの後フロントに行き、この怪我が階段での転倒による自傷事故であったと告げます。
明日ギルドに出勤した際も同様の報告を上司に行います。
勿論、裏を取って下さって結構です。』
「…わかった。
それでお願いさせてくれ。」
俺が銃口を外し退室を許可すると、キャシーはゆっくりと立ち上がり恭しく一礼して去って行った。
緊張から解放された俺はキャシーの差し入れではない方の食料を貪ってから、倒したクローゼットとテーブルで入り口を塞ぎ、銃を抱き締めて眠った。
今回の殺害人数 0名
総殺害数 9名
【ステータス】
「名前」
矢吹弾
「能力名」
ピストル
「能力」
詳細不明
リボルバー式の銃がホルスターごと腰に固定される。
弾倉数5。
撃ち尽くすと数秒後にリロードされる。 (要検証)
「パラメーター」
《LV》 4
《HP》 19
《MP》 16
《力》 7
《速度》 12
《器用》 19
《魔力》 10
《知性》 12
《精神》 18
《幸運》 26
《経験》 900
本日取得経験値 0
次のレベルまでの経験値500
☆レベルアップルール
召喚者の初期レベルは1。
レベルアップに応じて必要経験値が100ずつ増加する。
1→2 100
2→3 200
3→4 400
4→5 700
5→6 1100
6→7 1600
7→8 2200
8→9 2900
9→10 3700
10→11 4600
【筆者から】
貴重なお時間を割いて頂けた事に感謝しております。
面白いと思ったら☆5とブックマークを付けて貰えると励みになります!
撃って欲しい相手がいたらコメント欄に書いて下さい。
主人公が撃ちに行きます!!
拙作異世界複利が2025年06月25日にMFブックス様から刊行されます。
そちらも宜しくお願い致します。
https://ncode.syosetu.com/n3757ih/