恩の着せ替え
趣味で続けていた長年の配信活動に幕を下ろし、俺は自分のために。そして他人のために生きていくことを誓った。
それは一人の少年から始まった。
親を失った子どもたちが集う、児童養護施設で俺が働き始めて早くも2ヶ月が経過していた。
きっかけとなったのは、配信者を引退したのもそうだが、彼からもらった手紙の一言が大きかった。
『それは、だれのためにやっているのか』
まるで無理して笑い、他人からの評価を得ていた俺の心を見透かしたかのような一言だった。
俺を救った一言。それを思返ししに来た。
「おはよう。今日は、君に、プレゼントが、あるんだ」
彼の目の前にしゃがむと、一つの小さな箱を手渡した。
おそらく生まれつき耳が聞こえない彼は、俺の口の動きで意味を解読したと思うと、真っ黒な目をいくらか大きくさせた。
横では彼の家族である猫が、箱を興味深そうにくんくんと嗅いでいる。
彼はサンタからプレゼントを貰った、無邪気な子どものようにわくわくしながら箱のテーピングを外していくと、ついにそれが姿を現す
難聴患者用の補聴器だった。
彼は目がはち切れそうなほどに目を見開くと、肩を震えさせながら涙を流しだした。
――――――――――――――
「君に、少しでも恩返しをしたくて。俺にはこんなものしかあげられないけど、ずっと君たちの幸せを願っているよ」
俺は独り言のように。でもどこかで君に聞いてほしいと願った思いを告げた。
「にぁ」
共に幸せを噛みしめるようにしていた猫が、頭を彼の膝に当てると、彼のだんだんと収まっていた涙がまた溢れ出した。
彼らは、心の何処かで通じ合っているのだろう。
しばらく経って感情の波が引き、彼がゆっくりと補聴器を装着する。
沈黙が部屋を満たす。
「どうかな?きこえr」
俺が聞くのと同時に彼は抱きついてきた。
やせ細った腕からは想像できないほど強い力で。
「あ、りがと。あな、た。ほんとに」
今の彼の真っ黒な目には眩しいほどの希望という光がさしていた。
「にぁ〜」
猫も飛び跳ねて俺達の輪の中に入ってきた。
あぁ。どうか彼らに永遠の幸せと、新たな人生を。
――――――――――――――
彼は耳が聞こえないため、普段は筆談で会話をしたいた。
『こいつが鳴くと、びっくりするくらい綺麗に声が聞こえるようになるんです。一瞬ですけどね』
いつものように筆談をしていると、そんな事を言い始めた。
本当にそうだったのだ。彼らは心で繋がり合っていた。
また、猫も片耳がえぐられて古傷となってしまっているのでお互いに自分との共通点に惹かれあったのだろう。
「それで、どうだい。俺の声が良く聞こえるかい?」
彼は満面の笑みを浮かべるとゆっくりと、答える。
「きこえる。すごく、きれなこえ、です。」
そんなことを言われ、何故か恥ずかしくなる。
「そんなこと、初めて言われたよ。なあ、にゃんこー」
「にああああ」
俺は猫を抱き抱えると、それを必死に抵抗する姿がイモムシみたいで、つい笑ってしまう。
それにつられて彼も笑い出す。
これからも、ずっと。この瞬間が続きますように。
本作は第一話「こいつ、すき。」の7年後のお話しとなっています。「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ」というように、『ぼく』はずっと恩返しがしたかったのでしょうね。それはお互い様。