for myself
ガチャ ガチャ
3、2、1、、、
ーYOU WINー
俺はコントローラーを机に置くと、一息つく。
「もういい時間だし、このへんで配終わろっかな。みんなまたね~」
『乙~』
『おやすみなさい〜』
『おつかれ~』
その時を待っていたかのように、すぐさまコメントの波が押し寄せる。
波が穏やかになるのを見届けると、俺は背もたれに体重を乗せる。
「疲れた、、、」
程よい疲労感にどこか心地良さ感じる。
俺は主にゲーム配や雑談配をしている、底辺から這い上がった配者だ。
3ヶ月ほど前に、とある切り抜き動画が大流行しチャンネル登録者がうなぎのぼりになった結果、今では100万人を超える存在になった。
そんな俺だが、金がなくホームレスだった時期もあり、少しばかり人に慎重になっていた。
ほぼ毎日配や動画を上げて、視聴者を暇させないように頑張っている。
「明日もみんなのために頑張るぞ」
そう、全てはみんなのために...
―――――――――――――
「どうも、ひびのチャンネルです!今日はお店をお借りして、美味しいスイーツを紹介したいと思います〜!」
『うぉ~!!』
『貸し切り!?』
『すご』
最近人気なお店を活動でためたお金で貸し切ることに成功した俺は、これまでにないほどテンションが上っていた。
配備の同時視聴数は早くも3万人を超えている。
「すごいですよこのパフェ!フルーツがたくさん乗ってます!」
「外はふわふわしてて、中から溢れてくるチョコレートがたまらないですね~」
次々と運ばれてくるスイーツを食レポしている俺だったが、その幸福感の中にかすかな不安が芽生え始めていた。
みんな喜んでくれてるかな...
俺、美味しそうに食べれてるかな?
その日の配信はスイーツのせいか、すこし甘酸っぱく感じられた。
――――――――――――――
勿論俺にもオフの瞬間、いわゆるプライベートな時間がある。
そのときに俺はよく、夜中に近くの公園にふらりと散歩をしに行くことがある。
急に退屈を感じた俺はいつもの公園へと足を運んだ。
公園に入るとブランコの横にあるベンチに、誰かが座っていることに気づく。
こんな時間に誰だろうと不思議に思っていると、俺も人のこと言えねもんじゃないな、と内心苦笑してしまう。
目を凝らしてみてみると、ベンチに座っていたのは少年だった。中学生くらいだろうか?
一人でうつむいている。
もしかしたら体調でも悪いのか?
心配して近づこうとしたとき、ポケットから通知音が描く。
誰だこんなときに、、、
スマホを見ると、とある出版社から一件のメッセージが届いていた。
『日比野さん
原稿は描き終わりましたでしょうか?
締切は明日となっているので、できるだけ早く受け取りたいのですが、、、
◯◯社 担当』
それを読んで思わずため息が漏れてしまう。
少し前にとある出版社にひびのチャンネルとコラボした雑誌を作りたい、と声をかけられた。
そんなこと人生でもうないチャンスだと思い、ノリノリで了解したところ、人生の失敗談やら配信を始めたきっかけやらを長々と書かなくてはならず、しばらく放置したものが今、息を吹き返したのであった。
急激にテンションがダウンし、無意識にスマホの現在時刻をみると、10時20分を回っていた。
たしか今日の配合開始時刻は10時...10時!?
その時、手のひらのスマホがジャズミュージックを奏でながら震え始める。
なんと、いつもお世話になってるマネージャーからだった。
「はい、もs、、、」
『ちょっと日比野くん!今何時だと思ってるの!?』
スマホから聞こえるマネージャーの罵声に思わず耳からスマホを遠ざける。
「すみませんちょっといろいろ立て込んて...」
すると何かを察したのか、スマホの奥から小さなため息が聞こえてきた。
『はやくしなさいよ』
そういうと、電話がぷつりと切れてしまった。
遅刻を見逃してくれるマネージャーに感謝しつつ、先ほどベンチに座っていた少年の方を向く。
そこには、少年はいなかった。
さっきまであそこにいたのに、、、
不安に襲われながらそのベンチに近づいていくと、少年の代わりに一匹の猫がいた。
月光に照らされた点が俺を捉えると、猫は鳴いた。
「にぁ~」
それを合図にするかのように、奇妙な音を耳が捉えた。
ぎいぃ、ぎいぃ
音の方向を見ると、ブランコに先程の男の子が腰掛けていた。
よく見てみると痩せていて、薄汚れた服を着た子だった。
「君、だ、大丈夫?」
声を掛けるとその子は突然ブランコを漕ぐのをやめ、こちらを向いた。
真っ黒な、光一つない目だった。
それに吸い込まれていくような錯覚を感じる。
突然ポケットからジャズミュージックが流れ出し、現実に引き戻される。
どれくらいこうしていたのだろうか。ほんの数秒な気もするが、何十分もこうやって彼の目を見つめていた気さえしてくる。
画面を見るとまたもやマネージャーからの電話だった。
通知を見た瞬間、大きな疲労感と絶望感が押し寄せてる。
それを遮断するようにスマホの電源を切ると、少年が俺の方を見ながら小さく口を動かした。
「、 、」
「、 、 、」
距離も相まってか聞き取れず、足を進めようとすると、足の下から先程の猫が顔をのぞかせた。
「にぁ~」
猫が鳴いた次には不思議と彼の声がはっきりと聞こえた。
「あ、りがとう」
ありがとう、?なにがありがとうなんだ?
そう思うと同時に視界がひっくり返っていった。
「また、」
そんな言葉が遠くから間こえると同時に、俺は暗間へと落ちていった。
――――――――――――――
目が覚めると大きな月が真上にいた。
まるで俺を見下ろし、軽蔑しているかのように。
俺は公園のベンチで一人、眠っていた。いや、気絶したといったほうが正しいのか。
スマホを見ると、今は夜中の1時半だった。
マネージャーからの電話が何十件もきており、ネットでは4時間にも渡る無断遅刻の件で、視聴者これではもう炎上不可避だろうか?
「ふぅ」
表失感に包まれながら体を起こすと、足の方に何か紙切れが置かれていることに気づく。
それは丁寧に個封された手紙だった。
『あなたへ
ぼくのこと、覚えてくれていますか?
昔どこかの公園でお会いしましましたよね。
もう会えないかもしれないので言っておきます。
「それは誰のために、なんのためにしているのか」
僕の家族が教えてくれた言葉です。またお会いできる日を待っています。
ほんとうに、ありがとうございました。
ぼくより』
次の瞬間、10年前のとある出来事が思い出される。
ホームレス時代だった頃、難聴の、猫を連れた男の子のこと。その子にある一つの単語を教えてあげたこと。
その子と猫がまるで血のつながった家族のように感じられたので、永遠の幸せを願ったこと。
「あぁ、、、」
あの子は成長してもなお、俺のことを覚えてくれており、お礼を伝えに来てくれた。
それは考えすぎだろうか?いや、そんなことはない。忘れられない思い出となるだろう。なぜなら同じように俺も少年に救われたから。
男気を、くれた。
「なんのために、、、かぁ」
手紙の内容を繰り返し読んだあと、考える。
「俺は、、、誰かのためにできることをしたい」
決心すると、公園の裏にある池へと向かう。
誰かのために。君のために。できることを、全力で。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
思いっきり振りかぶると俺はスマホを池へ放り投げた。
深く、黒い池に飲み込まれていったスマホは、それに抵抗するかのようにジャズミュージックを奏でながら、沈んでいった。
そう。俺、配信者の全てを今ここに捨てた。
本作は「夢見るものよ、枯れ葉のように舞い踊れ」の第一作目である、「こいつ、すき。」の少し後のお話となっております。本作のおまけ作品として「恩の着せ替え」も読んでみてくれたら嬉しいですm(._.)m