夢に抱きついて
部屋に入ると、その人はそこにいた。
いつもみたいに机で手紙を書いている。
「羽咲様ー!」
私が声をかけると、その手を止める。
「よくきたね、りんか」
椅子を回転させながら言うと、手を広げてくる。
私はその中に勢いよく飛び込んだ。
―――――――――――――
ある日、私が寝ているびょーいんのベットからみんながいなくなったの。
お母さんも、お父さんも、優しい看護師さんたちも。
その代わりに、鉛みたいに重かった足が嘘みたいに自由に動かせるようになったの!
こんな夢みたいなことは今までなかったわ。
びょーいんから抜け出して、裏の森にいってみたの。
なぜなら森の中にポツンと建てられていて、いつもお部屋から見える家が気になったから。
思ったよりも近くて、道もきれいだった。
山のてっぺんには小さな小屋が建てられてたの。
絵本で呼んだみたいに、ドアをノックしてみた。
そしたら、
「どうぞ」
って、きれいな声が聞こえた。
入ってみたら小さなお部屋の中に机とベットが置いてあるだけの、しんぷるな部屋だった。
「ようこそ、りんか」
そこに座ってる女の人はそう言ったわ。
なんで私の名前を知ってるの?
そう思ったけど言わなかった。言えなかったの。
一瞬でその人が運命の人だと気づいたから。
「私は羽咲。久しぶりね」
吸い込まれるように部屋に入って行ったー。
――――――――――――――
「ねぇ羽咲様。私のお母さんはどこにいったの?」
羽咲様といると全く寂しくない。
いつも寝てばかりの生活とは違かったから。
だけど無意識のうちに口に出してしまった。
「帰りたいかい?りんか」
羽咲様は何故か寂しそうな目をして言う。
「いいえ、帰りたくないわ。ただお母さんやお父さんに会いたいだけ」
それが正直な感想。
すると羽咲様は急に抱きしめてきた。
沈黙が狭い部屋を満たす。
幸せ。
これほどの幸せを手に入れたことはなかった。
ほんとはお母さんはずっと話してない気がするし、看護師さんだってピーマンをご飯にこっそり入れてくる。
でも、そんなみんなが大好きだから会いたい。
でもずっとこのまま羽咲様に抱きしめてもらいたいとも思った。
羽咲様がゆっくりと私の胸から離れていく。
「あ...」
「帰りたいかい?」
羽咲様の茶色い目が見つめてくる。
帰りたい、か。
会いたいけど、ずっとここにいたい。
でも帰ったら羽咲様ともう会えない気がする。
「目を覚ましたいかい?」
目を覚ます、?
何を言ってるの羽咲様。私はずっと起きているじゃない。
でもなんだか眠たくなってきたな、
「ねむ、たい」
私がそういうと羽咲様は悲しそうに笑って、私の手に何かを置いた。
それは手のひらサイズの犬のぬいぐるみだった。
「これはね、りんかが良い目覚めができるようにするためのお守り。これが会ったらまたいつでも私と会えるよ。」
羽咲様が言葉を放った瞬間、目の前がゆっくりからどんどん羽咲様が離れていく。
「羽咲、様...?」
羽咲様は悲しそうだけど、どこか嬉しそうな目をして手を振った。
「羽咲様!!」
そうしてぬいぐるみを待った少女は光に吸い込まれていった。
――――――――――――――
シュコー、シュコー
ピ、 ピ、 ピ、
「ふ、ざきさま?」
目が覚めると、いつかみたびょーいんの天井が浮かんでいた。
「り、りんかちゃん!?!?た、大変!早く連絡を...!!」
隣にいた看護師さんがなぜか大慌てで廊下に駆けていった。
あぁそうだ。私帰ってきたんだ。
お母さんに会えるんだ。
次の瞬間、ドアが勢いよく開く。
「りんか!?!?」
お母さんとお父さん、そしてたくさんの先生たちが部屋に続々と入ってくる。
お母さんに至っては何故か大粒の涙を流していた。
「ど、どうしたのお母さん。そんなに泣いて...先生たちもどうしたの...」
急にお母さんが泣きながら抱きしめてきた。
その後からお父さんが抱きしめてきて、看護師さんたちも涙で頬を濡らしていた。
「よかった、ほんとに頑張ったよ。りんか...」
ふと私の腕を見ると、たくさんの針がチューブに繋がっていて、口には人工呼吸器もついていた。
―――――――――――――
その後ゆっくりとお母さんがお話ししてくれた。
私はじびょーが悪化しちゃって、生死の狭間にたっていたらしい。
そして6日前、きんきゅーしゅじゅつをしたそうなんだけど、それから私が目を覚まさなくなっちゃったんだって。
もしかして私が死んじゃったって思ったのかな?
お母さんとお父さんにいってあげたいよ。
羽咲様がいたから私は大丈夫だったよって...
「羽咲様は!?羽咲様はど、こ」
急に大声で話したからか、痰が絡んで咳き込んでしまう。
羽咲様は!?どこにいるの...!?
「りんかどうしたの急に...!落ち着いて深呼吸して」
そんな場合じゃない、羽咲様はどこ!?私を助けてくれた羽咲様は...!
「ん?りんか、手に握ってるのはなに?」
母が覗き込みながら言う。
予想外の質問に私は一瞬なんのことだかわからなかった。
だけど右手に握ってあるものを見て目を見開いてしまう。
そこには小さな犬のぬいぐるみがあった。
「こんなものあったかしらねぇ?」
お母さんは困惑しながらお父さんに聞く。
そんな会話につい、笑ってしまった。
知るわけがない。
これは私と羽咲様だけの秘密の話なんだから。
私を起こしてくれてありがとう、羽咲様。
また夢の中で会いましょう。
ぬいぐるみが私の手を握り返した気がした。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
この「夢に抱きついて」は「送り人」いう作品にて、伏線回収、羽咲様視点を書いていますので、そちらも是非お読みください。そして「受け取り人」にてこの二つの話の続き(おまけ)が書かれてありますので、一緒に読むことをお勧めします。