僕と美しき神
『いっしょに遊ばないかい?』
その声に僕は目を覚ました。
目の前には1匹の美しい牡鹿がいた。
「あそぶ、?」
僕が尋ねると、鹿はゆっくりと長い首を縦に振った。
自分よりも大きな鹿が喋っているというのに、怖さをまるで感じないのはその鹿がとても美しいからだった。
白く流れる毛。金魚のおびれのように別れたツノ。そして優しさの象徴のようなとろんと垂れた青い瞳。
その全てが僕が今まで見たもので1番綺麗なものだった。
『こっちにおいで。ここは危険だ』
鈴が転がるような心地の良い声が頭に響く。それに導かれるように僕は小さな神社の社に入って行った。
いつだったか同じ景色を見たことがあるような気がした。
――――――――――――――――――
「ここはどこなの?」
思った以上に綺麗な社に上がり込んで言う。
『ここは安全な場所だよ。それ以上は君が知る必要がない』
鹿は社へ上がり込むと、僕の正面に座る。
こうやってみると、またその美しさが強調されるように見えた。
「そういえば貴方はだれ?僕は菊だよ」
ふと思い出して聞いてみる。
『我の名は神鹿という。なんて呼んでもらってもかまわんよ、菊』
「しん、ろく...じゃあろっくんって呼ぶね!」
そう言うとろっくんは幸せそうに目を細めた。
次の瞬間、左足首に痛みが走った。
「いてっっ」
見ると甚平から覗く膝には擦り傷ができていた。
『怪我しているじゃないか。我が治してあげよう』
ろっくんはそう言うと、額を僕の膝に当てる。
次の瞬間、弱い光が出るとろっくんは満足そうに頭を引く。
「すごい!痛くない!」
擦り傷ができていた膝は綺麗に治っていたのだ。
「ありがとう、ろっくん!」
僕は力一杯ろっくんを抱きしめる。
『うむ。いつかの恩返しじゃ』
ろっくんは不思議なことを言うと、僕が落ち着くまで包み込んでくれた。
するとまたもや不思議な提案をする。
『菊よ、我のツノを少し折ってはくれぬか?』
「ツノを、?」
『そうじゃ。ほんの少しで良い。ほれ』
ろっくんはそういうとツノを突き出した。
金魚のおびれのように穴が空いたりしているツノは根本が紅葉色で、先端に行くにつれて白くなっていった。
なんでツノを折るんだろう?そう思ったけど言わなかった。多分、今からすごいことをするんだろう。そんな信頼感とワクワクが混ざっていた。
「痛いかもだけど...いくよ、えいっ!」
手のひらサイズのツノのかけらが思った以上にぽきっと折れた。
すると白色からだんだん金色に変色していった。
「わぁ...すごく綺麗」
『そうであろう。それをこれから1秒たりとも肌身から離さないようにしなさい。良いな?』
ろっくんは何故か語尾を強くして言うと僕を見つめる。
「わ、わかったよ。ずっと待ってる。約束ね!」
僕は手をぐーにしてろっくんのほうに突き出す。
『ほう、これは?』
ろっくんはそれを不思議そうに眺める。
「約束のグーパンチだよ。ほら、約束!」
それを聞いて納得したように頷くと、ろっくんは蹄を僕の手に当てる。
『うむ。約束だぞ』
次の瞬間、視界が横転して何も見えなくなった。
何が起きたの?怖い!ろっくん!お母さん!
一生懸命に叫ぶがそれは声になることはなかった。 何も見えない、聞こえない世界に閉じ込められた僕は無意味にも対抗し続けた。
〈うまそうなガキだぜ〉
急に声が頭上から聞こえた。だが上を見ても何も見えなく、漆黒が広がっていた。
〈丸呑みするか、いっただきまーす〉
そう聞こえると同時に足が空に持ち上げられる感覚があった。何も見えないのに宙ぶらりんになって、首から下げていたヨーヨーが鼻に当たる。
あぁきっと僕、悪魔に食べられちゃうんだ。
そう考えるとさっきの言葉にも納得できる。
やめて!食べないで!!!
声にもならない思いが爆発する。
すると、ポケットから何かが落ちた。
〈ぐ、ぐはぁ!!!〉
悪魔が何かなら苦しむ声が聞こえた瞬間、僕は闇に落下していった。
〈このガキ、守護神をつけてやがった、!!!〉
落下していく感覚の中、悪魔の声がどんどん遠のいていく。
『我の子を傷つけるでない!!』
漆黒に飲み込まれる直前、るっくんのそんな声が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか?
最後まで読んでくれてありがとうございます!
16話「鈴の音、またね」ではこの話の続きを書いていますので、ぜひ読んでみてください!m(._.)m




