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狐の嫁入りに待ち焦がれて


「なぁ笠島(かさじま)。お前ライター持ってないか?」

「ほれ」


 自分の火をつけた後、同僚の金松(かねまつ)に差し出す。彼はそれを受け取ると慣れた手つきで火をつけた。


「...ガチさいっこう」

「だな」


 煙草を吸って溜まったストレスを発散させる。少々ブラックな会社ではあるが、この最高の同僚である金松と出会えたので目を瞑っている。

 4年前。入社式で緊張で縮こまっていた俺と少々バカな金松は、年齢が同じだったということもありすぐに打ち解けた。


 今では兄弟みたいな存在だ。


「なぁ笠島。1ついいか」

 

 金松は煙を吐くと、いつもふざけているとは思えない真剣な眼差しでこちらを向いた。


「なんだよ急に」



   「本当のお前は誰だ」



 その目はどこまでも冷たく、それでいて悲しそうだった。


 

――――――――――――――

 

 その日は雨だった。

 夏彦(なつひこ)はきちんとネクタイが締まっていることを確認すると、家のドアを開ける。


 チュン チュン


 名前も知らない小鳥が雨を泳ぐようにして空を抜けていく。彼らもまた、今日という日が来たことを喜んでいるのだ。

 するとあることに気づき、足を止める。


「今日は約束の日だった」


 手帳を確認すると、今日の11時に隣街のカフェで会うことになっていた。


「急がなくては」


 夏彦は再び歩き始めた。



 洒落た店内に入ると、奥の席にすでに彼が座っているのが見え、僕に気づくと手を振った。


「夏彦、君にしては遅かったんじゃない?」


「すまん、だが直斗にしては早かったようで?」


 僕らは無言で睨み合う。

 彼、直斗とは会社で知り合った仲だ。同じ派遣先だったらということもあるが、彼とはこんなふうに言い争うことができる。それもごく普通にだ。そこから他の人にはない"ナニカ"を感じ、今では完全に心を許している。

 とりあえずアイスコーヒーを注文すると、本題に移る。


「それで、何だ。話って」


「そのことなんだ。というかまず、これを返しておきたかったんだ」


 直斗はバックから出したライターをコトン、と置いた。

 それにはライターに関して全く無知な僕でもわかるほどの高級感を醸し出しており、プラチナ色の本体には『Dupont』と掘ってあった。


「誰のだこれ。僕のじゃないぞ」


 すると直斗は小さく笑い、それを手に取ると煙草にはをつけた。

 そういえばこの店は喫煙OKだと約束するときに言っていたことを思い出す。


「失礼、人間違いだったようだ。どうだい、君も?」


「すまない、煙草は死ぬまで吸わないと決めているんだ。何せ、毒煙でしかない」


 僕が言い放つと直斗はポケットにライターをしまってしまう。雨に打たれる窓見ながら煙草を吸う直斗を、僕は運ばれてきたアイスコーヒーを啜りながら見つめる。

 

「この顔、どっかで見たことあるような...」


 無意識のうちに呟いてしまい、慌てて手を振って誤魔化す。


「そりゃそうだろ。会社で会ってるんだから」


 誤魔化しは全く効いておらず、正論を言われてしまい、恥ずかしくなる。


「そうじゃなくて...」

 

 慌てて付け加えるが、その声は直斗の耳には届いていなかったようだ。

 本当に、いつも直斗に似ている人を見ているような気がしたから言ったのだ。僕はなにも悪くない。



「じゃあ本題に移るぞ。ってかさっきのも本題の準備段階な」

 

 煙草を吸い終えると直斗が切り出す。


「準備段階?」


「そうだ。さっき夏彦は煙草を生涯吸わないと言ったよな。じゃあ、さっきからお前の胸ポケからのぞいているそれはなんだ?」


「え?」


 目を向けるとそこには、本革のケースが入っていた。



――――――――――――――


 4ヶ月前

  

「おい笠島、本当にそれ買うのかよ!?」


「当たり前だ。なんのために残業してまで金貯めたと思ってる」


 それを手に取ると、手にずっしりとした重みが伝わってきた。

 


「よし、死ぬまでにしたいこと1つ終了〜」


 自然に鼻歌を歌い、スキップまでしてしまう。それほどに憧れていたのだ。このシガーセットに。


「お前ほんっとバカだよなー。なんっでシガーケースなんかに3万も使えるんだ?俺も煙草吸うけど、ライターやそんな革なんかに10万近くも貢げねぇわ」


 今にも道に唾を吐きそうな勢いで金松は言葉を並べる。だがその内容に反して、声は俺と同じくらいウキウキしていた。


「いやぁ。こんなことできたのも、お前の支えがあったからだよぉ金松〜」


「うぇっ、近づくなよ金銭感覚お化け!」

 

――――――――――――――


「じゃあ俺ここだから。また明日!」

 

 笠島は小さく手を振ると、改札へ向かって歩いていってしまう。


「あぁ、また明日」


ー明日会えたら、だけどなー


 電車の中でふとそんなことを考えてしまう。

 お前と会えるのは晴れの日だけ。

 本当の俺と本当のお前が出会えることはあるのだろうか。



 ガチャ


「ただいま〜 って誰もいないか」


 一人暮らしには丁度いい広さの我が家に戻ると、スーツを脱ぎ、布団に倒れこむ。


「なぁ、なんで俺こんな風になっちまったんだろうな」


 シミがある天井に向かって呟くと、急に睡魔が襲ってきた。

 目を瞑る直前、正面の壁に丈かけてある全身鏡に何かが写った気がした。

 泥棒かと思い目を見開くと、それが正体を現す。



ーそれは、鏡の中に閉じ込められた"俺"だったー






 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

13話『鏡は意識の交差点』では本作の続きを書いています。

そちらも是非チェックしてみてくださいm(._.)m


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