12話 鮮紅花火
気がつくと僕は海の真ん中に立っていた。
水面に浮いていた、と言った方が正しいのだろうか。
目の前には限りがなく広く、青い海が広がっていた。
太陽も無く、空気が一つも揺れていない空間ー。
「ここはどこだ...?」
ピチャ
僕が呟くのと同時に後ろで音が聞こえた。
後ろを振り向くと、そこには灯里の双子の姉である飛鳥が、先ほどはなかった砂浜を歩いていた。
飛鳥の隣にはカッターナイフを持ち、笑顔で歩く少年の姿があった。
少年の影は今にも飛び出してきそうなほど、荒ぶっていた。
まるで海へ歩いて行く2人を止めるかのように。
その少年の顔に見覚えがあった。
握っているカッターナイフは幼稚園の頃もらったもの。不自然なほど歪んだ笑顔は、恐怖を紛らわせるためのもの。
「僕だ」
次の瞬間、突然飛鳥が立ち止まり、こちらを振り返った。
それは悲しみに満ちている、僕の、
ーー死んだ灯里だった。ーー
気づくと同時に海は赤く染まっていった。
――――――――――――――
「あなたは大切な人を守るために、何を差し出す?」
赤く染まった海に向かって灯里は言う。
それが僕に問われたものだと気づくまで時間がかかった。
「自分の1番大切なものを...全て、差し出したい」
それを聞いた灯里は、悲しそうな笑みを浮かべた。
「湊くん、凄く変わったね」
久しぶりに聞いた灯里の声に我慢できなくなり、明里の元へ駆け出す。
飛鳥の隣で砂浜を歩いていた少年、僕は、時間が止まったかのように微動だにしない。
手を伸ばせば届く距離。
今すぐに、抱きしめたいー。
「ごめん」
灯里の目の前には壁があった。
透明な、厚い壁。
それが僕と灯里の距離を表す壁だと思った。
「なんでだ!僕は君に会いたい、そんな思いでここまできたのに!」
壁に気持ちをぶつけながら叫ぶ。
だが僕は悟っていた。ここは死後の世界だと。
そして灯里はそんな僕と最後に話すために現れたのだと。
「こっちに来たら、もう湊くんは現世に戻れなくなってしまうの」
「そんなの、どうだっていい!僕には君が必要なんだ!次は僕が君のそばにいる番ー」
「お姉ちゃんを、飛鳥を守って」
その言葉で胸がひどく痛んだ。
1人しかいない双子の姉。そしていつもそばにいてくれた存在。
「お姉ちゃんに、同じ思いをしてほしくないの」
灯里の涙が水面に落ち、波が広がっていく。
それが大きな波となり、僕を遠くへ押し戻していく。
負の連鎖は広がっていくんだ。
僕は涙が溢れないように空を見上げる。
すると、オレンジ色の空を1匹のアオサギがゆっくりと飛んでいた。
「ありがとう、灯里」
灯里を見つめながら言うと、ゆっくりと立ち上がる。
強い眼差し。それに何度救われただろうか。
「こちらこそありがとう、またね」
次の瞬間、僕は暖かい波に包まれた。
瞼の裏には今でも灯里のいつもの優しい顔があった。
アオサギ・・・蘇る命の象徴、再生の象徴。
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