こいつ、すき。
僕は昔から負け犬だった。
生まれつき耳が悪く、人付き合いが困難だったことから、ずっと人の後ろに隠れて目立たないように生きてきた。
だけどもうそれも限界を迎えた。
家も家族も失い、何もない僕は夜の繁華街を彷徨っていた。
今年で9歳になる僕に、誰も声はかけてくれなかった。みんな僕という面倒ごとに関わりたくないのだろう。
寒い。痛い。苦しい。
暗い路地裏に入ると僕は汚い壁に背中を預け、座り込む。
目が霞む。
その時、暖かい何かが膝に乗ってきた。
見ると、茶色と黒のまだら模様の猫がそこにいた。
「にぁー。」
そいつが掠れた声ではっきりと言うと僕は吸い込まれるように暗闇に落ちていった。
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「ー。ぁー。にぁー。」
「っ!!」
その声で当然暗闇から追い出された。
僕の足元にいるそいつは、俺を見つめていた。
猫。僕はその生き物が苦手だった。
なぜなら、皆が可愛いという声がきこえないから。
「にぁー。」
だがそいつの声ははっきりと僕の耳を通り、脳へ届いてきた。
運命だ。僕は一瞬で確信した。
前、学校で絵本で読んだ話に出てくる、優しい神様が僕を助けてくれたのだ。
僕は凍えて感覚がない足を無理やり動かして立ち上がると、不器用にもそいつを抱き上げる。
よく見ると汚れており、左耳が潰れていた。
僕同じく耳にハンデがある、ということで次は運命をはっきりと感じた。
「にぁー。」
僕はずっとこいつと一緒にいたいと思った。
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「、き」
「ーーー、ーー?"す、き"ーー。」
「す、き」
「ーー!ー-ーー!!」
これが初めてはっきりと言えた言葉だった。
あの日、僕はたまたま通った公園にいた、男の人に言葉の発音を教えてもらった。
僕がジェスチャーや絵で説明すると、その人は親切にこの言葉を教えてくれた。
「ーーーー、ーー?」
その人が何を言っているのか僕にはわからないが、笑顔が素敵な人だった。
背が高くて、怖い顔をしていたけど、すごくかっこよく感じたんだ。
「にぁー。」
僕の足に体を擦り付けながらそいつはきた。
僕はそいつに向かってしゃがみこむと、口を頑張って動かして、言った。
「す、き、!すき!」
「にぁ〜。」
そいつは僕の胸に飛び込んできた。
「この子が幸せになりますように。」
それを見た男が呟いた。