03 世話焼きな猫さん。
後から入れなければ良かったと後悔した。
なんてったって巡の部屋は足の踏み場がない。
そのため、女子を部屋に入れたことなどなかった。
そもそも、女子との交流がそんなにない。
そんな巡はさておき、巡が目を覚ましたときには巡のおでこには冷感シート、机の上にはスポーツドリンクがあった。
そんなものは巡の家にはない。
つまり……
「お前が持ってきたのか?」
「はい。勝手に人の家を漁るわけにはいかないので」
(すごいな。冷感シートなんて滅多に使わないだろ。……あ、やべ。制服のまま寝ちまった)
「食欲はありますか?」
「え、あぁ」
突然の質問に驚きながらも自分の気持ちに素直に答えた。
「そうですか。じゃあお粥作ってますね」
「え」
「どうしたのですか。急に声を上げて」
「いや、それって夕月の手作り?」
「……?わたし以外に誰がいると?」
朝姫は呆れて言うとかすかに微笑んだ。
だがその次の瞬間には素っ気ない態度をとった。
「嫌ならわたしが食べますが」
「いや食べさせてください。お願いします」
看病してくれたにも関わらずお粥も作ってくれるとは思ってもいなかったため、一瞬フリーズした。
夕月朝姫の悪い噂は聞いたことがないためひどいことはなさそうだ。
「作っているので、着替えてください」
(あ、そうだ。俺制服のまま寝ちまったんだ)
言われたとおりに制服の間を開けて着替えようとしたところで、朝姫は目をそらした。
「わ、わたしが部屋を出てからにしてくださいっ!」
声を荒げた朝姫の顔をみると、ほんのりと薔薇色に頬を染めていた。
別に男の胸板なんて隠すこともないだろう、と巡は不思議に思ったが、朝姫の方は前を開けただけであわあわとしていた。
薔薇色に染まった顔は相変わらずそっぽを向いてぷるぷると震えていた。よくみると、耳の方まで染まっている気がした。
(……なんだ。人間らしい所もあるんじゃん)
朝姫は巡にとっては人形のような最初から形作られた美のように思っていたが、顔を真っ赤にして恥じらう姿が、妙に可愛らしくみえてきた。
「……じゃあお粥取りにいったら?」
「い、言われなくてもそうしようと思っていたところです」
(……小学生かよ)
朝姫は少し恥ずかしそうに足早に部屋を出ていった。
ほっぺはぷっくりと膨れていた。
(看病……責任と罪悪感からだろうな)
普通男の家に上がって看病するなんて、学校でバレたら大事になる。そのリスクを抱えてまで看病と言うことをするというのは相当の責任と罪悪感があったからだろう。
明らかに言えることは、しょうがなく看病をしている、ということである。
「……持ってきました」
そんなことを考えているうちに、ドアがノックされ朝姫の声が聞こえた。
ドアを開けなかったのは、巡が着替え終わったかを確かめるためだろう。
「まだ服すら脱いでなかった」
「何やってるんですか……」
服を普段着にかえ、きっちり整えたあと、未だに入ってこようとしない朝姫に「終わった」と一声かけた。
土鍋を持って部屋に入ってくる朝姫はどこか照れていた。
服を着ている姿をみて安堵したのは、ちゃんと服を着ていたからだろう。
「さっさと入ってくればいいのに」
「上裸とかだったらどうするんですか!」
それは一理ある。
もし、部屋に入ったら上裸の男がいる、なんてことがあったら大変だ。
まったく、と言いながら土鍋の蓋をぱかっとあけた。
中には、梅干し一つと米でなかなかにシンプルな出来栄え。
だが、米は胃の負担を考えて七分粥とお腹に優しめ。
さらに梅干しは種が取ってあり、軽く味をほぐしてあった。
つやのある米からはほんのりと湯気がたっていて、意図的に冷まされたものだろう。
(さすが料理上手……といったところか)
「どうぞ。少し熱いかもしれませんけど」
「ん。ありがと」
粥を受け取ったものの、巡は食べず、じっと粥をみていた。
「なんですか。食べさせて、とでも言うつもりですか」
「誰もそんなこと言ってないだろ。こんなこともできるんだなって」
「一人暮らししてるんですし、出来て当たり前です」
生活能力がない人間にはなかなかに痛い言葉だった。
それを誤魔化すように粥を一口、口に運んだ。
米は舌の上でとろけるほど柔らかかった。
水分量を考え、塩はひかえめ。
ただ、梅干しの酸味と塩味が味のバランスをとっている。
これは誰が食べてもうまい、そう言い切れるほどの品だ。
「今まで食べてきたもので一番うまい」
「それはどうも」
「いやお世辞とかじゃなく本当に。水分量といい塩加減といい、どれをとっても最高」
「ありがとうございます」
朝姫は済ました顔で返したが、少しほほえんでいた。
学校でたまに見かける笑顔とは違う、本当の笑みに見えた。
その行動に驚いて凝視していた。
「……どうかされました?」
「いや、別に」
「なんですか!気になります!」
「いや本当に大丈夫だから」
そうしてまた誤魔化すように粥を一口、口に運んでいく。