01 泥だらけになった猫さん。
「………はい」
そう言って藤野巡は朝姫に持っていたタオルを強引に渡した。
これは、平凡な主人公と学園のネコの共同生活の話。
夕月朝姫――彼女のまたの名を学園のネコ。
彼女はネコというのもふさわしいほどの女子だ。
普段は人を近づけず、いつも一人で日向ぼっこをしている。
栗色のショートヘアーはいつもさらさらとして光沢が見え、人形のような白い肌はシミ一つない。腕は折れそうなくらい細い。
成績もトップで運動神経も抜群。
そんな彼女の隣に住むのが、藤野巡。
巡は高校1年生になったため、一人暮らしを始めた。
だが、巡は朝姫と比べ生活能力がない。
食事は基本冷凍食品か外食。おまけに部屋も汚くいつも散らかっている状態である。
だが巡は朝姫に興味はない。恋愛だの付き合いたいなど、そんな心は一切。強いて言うならあれは人形。みんなが言う人形みたい、そういう観賞用のものだ。
ただの隣人。ただそれだけ。
外には、ザーザーと雨がふっていた。
(あーあ、早く授業終わらないかな)
外をみながらそう思った。
雨上がりの帰り道。
皆が真っすぐ家に帰っているのに、朝姫は一人、ジャングルジムに登り、日向ぼっこをしていた。
(……誰かを待ってる訳でもなさそうだな)
もとから人との交流を嫌う彼女だ。きっと自分の意思でやっているんだろう。
だが、
「あっ………」
バランスを崩したのか、ジャングルジムから落ちてしまった。幸い、雨上がりで地面が緩かったのと、それほどジャングルジムが高くなかったので大けがはしていないようだった。
「大丈夫か?」
巡が話しかけると朝姫は真っすぐ見つめてきた。ぱっちりとした二重のまぶたと、カラメル色の瞳は近くでみても美しい。
「藤野君。どうしたの?」
名前は覚えられていたんだな、と思いながら朝姫をみる。栗色の髪は泥で汚れていた。しかし朝姫は警戒の態勢をとっていた。
そして、巡の手首を噛んだ。
「痛っ……」
巡の手首からは血が流れていた。
しょうがない。ほとんど関わりがない相手から急に心配されたら噛むだろう。多分。
「こんなところで何をしていたんだ。泥だらけにもなって」
「お気使いはありがたいですが、結構です。わたしはここに居たいので」
「そうか」
そう答えるしかなかった。
だが、どうしても泥だらけになった姿を見過ごせなかった。
「………はい。返さなくていいから。いらなかったら捨てて」
巡は朝姫に持っていたタオルを強引に渡した。
一つお節介も添えて。
「あっ……」
小さくこえを上げたが、その声が聞こえる前に背を向け、帰り始めた。
そう、これでいいのだ。もう朝姫と関わるのはこれっきりなのだから。
そう思っていた。
その時は。