第2話 目覚め
見知らぬ女性の声で俺の名が響いた。
「一体、どういう、、、あ?」
俺は思わず呟いたが、声の音程が高いことに気がついた。まだ声変わりしていない男の子の声だ。子供の体になっているのは間違いないだろう。
体を起こして窓の外を見た。建物がまばらに見えるが、樹木や勾配がある。遠景も稜線である。山間部だろうか。
そして、今いるのは二階程度の高さだと思われる。ここは一体どこなんだろうか。
とりあえず、俺を呼ぶ声に誘われる様に部屋を出た。そして階段をが見えたので、あたりを伺いながらゆっくりと向かう。
階段を降りていくと、テーブルとすぐ隣のキッチンを往復する一組の男女を視認する。二人は料理やパンをテーブルに並べているようだ。
階段の終わりまで十段程度のところで男と目があった。
「おう、起きたか。おはよう」
日本人のような顔立ちで、齢三十五から四十程度。身長は百七十センチより高いが百八十センチ未満だろう。中肉で黒の短髪に口髭。着衣はカーキ色のトラウザーに黒っぽいシャツ、サスペンダーで止めている。肩周りのボリュームから多少は筋肉質であろうことが想像される。
女性が振り向き、俺をみた。
「おはよう。やっと起きたのね、さあ席について」
欧風の顔立ち。声質は柔らかいが、サバサバした口調だ。頭髪はほぼ直毛のブロンドで、肩より下のあたりまで伸びている。年齢も身長も男と同程度だが、身長は少し女性が高いかもしれない。顔は面長、瞳が青く、そこまでぱっちりはしていない。体型は中肉かやや細め、長身である。着衣は暗いえんじ色のロングスカート、上半身は5部袖程度の黒か濃紺のTシャツ様のもの。
この二人、夫婦であろうか。二人は、せかせかとパンとかサラダ、卵料理、スープに似たものをテーブルに並べていく。質素な朝食に見える。
俺は警戒しながら最終段まで階段を降りて尋ねた。
『ここは一体?』
すると男は笑いながら返した。
「がははは。どこで東国語を覚えたんだあ?」
俺は日本語で話したが、東国語と言われた。間髪入れずに女性が口を挟む。
「あなたが酔っ払ってブツブツ言ってるから覚えたんでしょ?なんて言ったの?」
「将臣、俺の古郷の言葉には、一文字ずつ意味があってだな。お前の名前にもちゃんと意味があるんだぞ」
「あなたそれ、いつも言ってるじゃないの。マーくんはやく席について」
マーくん…。
そういえば、この二人が喋っている言語は日本語ではない。だが聞き取れるし、意味がわかる。脳内で翻訳している感じではなく、ネイティブに感覚と直結して理解できる。
俺も話せるのか?それはさておき。
状況から察するに、俺、いや、ダイレクトに言えば「この身体」は、この二人の子供であるようだ。今すぐに取って食われるような危険はない、と判断しよう。ひとまず、言われるままに席に着くことにする。
お祈りか。二人の真似をして目を閉じた後ブツブツ言ってから食べ始めた。念のため、最初の一口は二人が食べ始めるのを確認してから食べた。緊張と警戒心のせいかあまり味を感じない。
食べながら見渡すと、一見、電気がない時代の部屋に見える。一見というのは、電灯か燭台かわからないものが壁にあったりするからだ。
更に、事の経緯を回想する。踏切で女性を助けて、んでその時、警笛の大きさから死を直感した。刹那、視界がホワイトアウトして。意識が急激に遠のいて。
っていうか、そうなら俺、死んじまったんじゃないのか。ここは死後の世界か?
女性の声が俺の回想を遮った。
「ねえ、出発って明後日にならない?わたし、明日はファイを父のところへ迎えに行くじゃない?」
「いやあ、今回はちょっと無理だな。ちょっとさ。定例じゃないんだ。緊急で。悪いね」
「そう。じゃあ、一日早いけど今日迎えに行ってくるわよ。あなたマサオミのこと見ててね」
「うん。ちょうどいいよ。将臣は明日から俺の名代を務めるんだからな。実習訓練するつもりだった。そうだ、弁当持っていくか?ありあわせで作っとくけど。」
「うん、お願い」
食事を済ませると、食器をシンクに片付ける。お茶だろうか。女性はカップに注がれた茶色い液体をくくっと飲み、すっと立ち上がった。
「じゃあ、すぐに支度するわね」
「ああ」
「この身体」の母親と思しき女性は、席を立ち奥に向かった。父親と思しき男性は、サンドイッチのようなものを作り始めた。少しすると、サンドイッチより一回りだけ大きいバスケットをテーブルの上に乗せた。
「よし、できた。将臣、今日は俺と実習訓練だぞ」
そして男はすぐに振り向き、洗い物を始めた。俺は席に座ったまま、黙ってその様子を眺めていた。器を洗うシャカシャカという音だけがこだましている。
俺は意を決して言葉を発することにした。夫婦が使っている言語は話せるかわからない。日本語を使って訊こう。
『ここは何処なんです?実習訓練て?』
男はピクリとして手を止め、ゆっくりと振り向いた。
『お前…一体?』
日本語、もしくは彼等の言う東国語で返ってきた。さっきまでよりも低いトーンで。
俺と男の間に、緊張が走ったのがわかった。