森の賢者
僕ら一行は地下室を後にして、早速実験を開始することにした。作之助は手袋を履いた後、瓶の中から茸を慎重に取り出して芋虫へと与える。
芋虫の鼻先に茸が触れ、作之助がその手を離す。すると芋虫は寝っ転がって丸まり、その短い手足で茸を掴んでもしゃもしゃと食べ始めた。
「んだ!!おいの仮説は間違って無かっただ!!よっし!!いっぱい食わすっぺ!!」
ガッツポーズを取って跳ねた作之助は、その後大慌てで残りの茸を芋虫に食べさせた。芋虫は全てを食べ終えて、とても幸せそうに織の傍へ戻っていく。
この実験で、作之助の仮説が正しいことが立証された。あとはこれを、人間に用いることができるかどうかだが。
「作之助様、質問です。この国で芋虫が大量発生していると仰られていましたが、私はまだこの子しか見ていません。具体的には、芋虫はどこに発生しているのでしょうか?」
花丸が手を上げて、生徒のように作之助へと質問を投げかけた。するとそれに作之助は答え、より詳しく説明するために、筆と紙を持ってきてくれた。
「こん町から真っ直ぐ北の方にある城下町までにかけて、森がずっと続いてるんだべ。その森を北上していって、途中で東に向かうと小さな村があるだ。その周辺の森によく芋虫が湧いてるんだべ。」
「じゃあ、この子はこんな所までまで歩いてきたってこと?短い手足なのに、中々やるじゃない!」
優晏が膝を折って、芋虫の頭をつんつんと触る。すると芋虫はくすぐったかったのか、ビクッと体を跳ねさせた。
優晏はそれに驚いて、猫のように後ろへと飛び退く。僕はどうやらこの瞬間、初めて人がトラウマを作る瞬間を目撃してしまったらしい。
そうやって話を進めているうちに、日は随分と傾いていた。僕らは今後の方針を決め直し、一旦明日でヤスとは別れることに決定した。
今日は研究室の空き部屋を借りてみんなで宿泊。そうして翌日、ヤスは城へと向かい情報の入手と謁見を行う。
ヤスは単独行動になってしまうが、そもそもこの任務はヤスが個人で受けているもの。
万が一、かぐややもののけたちを連れている僕が勝手に城下町に入り、その事が露見してしまえば大事に発展してしまう可能性を僕は排除しきれない。
そして合流は二日後の昼、この町でだ。ヤスには過密な移動スケジュールを強いてしまうことになるのだが、彼は嫌な顔ひとつせずこの作戦に同意した。
一方僕たちは、作之助を連れて森へ向かい、茸及び芋虫の調査を行う。それでもし可能であれば、茸の採取と芋虫を数匹捕獲出来ればなお良し。
僕はこの芋虫を森に返すのはもう少し先になってしまいそうだなと思いつつ、別れが遠のいて喜んでいる織に目線をやった。
「やったね!きぬ!まだ一緒にいられるよ!しゅんすいにありがとうして!」
織がそう言うと、芋虫は僕の方へとせっせこ歩いてきた。そうして芋虫は僕の足に巻き付き、小さな鳴き声を発する。
「え〜!キュッキュて鳴くん?なんか可愛ええなぁ...。そんで織ちゃん、きぬ....?絹ちゃん?名前付けてあげたん?」
「そう!きぬちゃん!かわいいでしょ!」
不覚にも、僕は自分の手足を懸命に伸ばしてこちらへ向かってくる絹に、可愛さを感じずにはいられなかった。
絹は頑張って僕の足を登ろうと、何度も何度も服の裾を掴んで上へ上がろうとしていた。
けれどまだ力が弱いのか、途中でポロッと地面に落ちてしまう。僕はそんな絹の姿を見かねて、地面に落ちた絹をそっと抱き抱える。
「きゅっ!きゅ〜!」
「ん〜?お腹空いたのかな?ごめんね絹、茸はもう無いんだよ....。」
「きゅあ〜!」
絹は僕の腕の中で手足をバタバタさせて、食べ物をねだっているようだった。
それを見た刑部が荷物の中から野菜の切れ端を取り出して、絹の口元へと近づける。すると絹はまた静かになって、野菜の切れ端を夢中で食べ始めた。
「....かぐや、なんで私の後ろに隠れるのよ。」
「私、芋虫ってちょっと苦手で...。さっき触ってましたけど、優晏さんは平気なんですか?」
「奇遇ね、私もあんまり得意じゃなくなったわ。見るのはまだ大丈夫なんだけど...もう触れはしないかも。」
結局、絹は満腹になったのか腕に揺られていたのが気持ちよかったのか、食べ終わったあとはすぐに眠ってしまった。
僕は眠っている絹を地面に寝かせて、ちょうどいい時間なので僕らも眠りに着こうと提案する。
全員、疲れが溜まっていたのだろう。あまり良い環境とは言えない研究室ではあったが、それでも尚みんな、すぐに眠りに着いた。
誰もが寝静まった後、僕は尿意で目が覚め厠へと駆け込む。そうして用を足して布団へ戻ろうとすると、ちょうど地下室から上がってきた作之助と目が合ってしまう。
「いやぁ。水やりも楽じゃねえっぺ。」
笑いながら頭を軽くポリポリかく彼に、僕はずっと聞きたかったことを聞くことにした。今聞かなきゃ、多分この先聞くことができないような気がしたから。
「作之助さん。あなたは僕たち...。いや、僕達だけじゃない。もののけを見て、怖くないんですか?」
僕の問いかけに、作之助はほんの少し言葉を詰まらせた。しかし、それも一瞬で。彼はすぐさま、僕の問いに答えを返す。
「おいは、孤児なんだべ。いわゆる口減らしっちゅうやつで...。おいは産まれてすぐに山に捨てられた。」
そこから語られたのは、酷く聞き覚えのある彼の半生だった。山に捨てられ、死にゆくだけだった彼を、とあるもののけが救った。
しかしてそのもののけは彼を育てることはせず、もののけは少し離れたところにあった村に彼を帰したのだとか。
「おいはそこで何とか人に拾われて、今でもこうして生きられてるんだっぺ。だからおいからすれば、命の恩人なんだ。もののけってのは。」
受けた優しさを、忘れていない人がいる。風聞だけで憎むことをせず、知ろうとしてくれている人がいる。
それだけで、僕はなんだか嬉しいような気持ちになった。本当に、たったそれだけのことなのに。それだけの事が、僕にはどうも大きなものに感じられた。
「そっか。....そう言えば、ちゃんと自己紹介してなかったね。僕は春水、これからよろしくね。作之助。」
「もちろん!こちらこそ、色々頼むべ!春水!」
硬い握手を交わして、僕らは明日に響かないよう再び布団の中へと向かった。
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目が覚めて軽い朝食を取ったあと、僕らはすぐに朝の支度をして再度計画の細かい調整を行った。
ヤスは城へ、かぐやと優晏は芋虫が苦手なので留守番。そうしてそれ以外は、調査のため森へ。
各々が自分のやるべき準備を済ませ、何事もなく事が進んでいるように思えたその時、僕はある異変に気がついた。
絹がいない。研究室にも、地下室にも、その他空き部屋のどこにも、絹の姿は無かった。
「いたっぺ!ほら、机の裏!こげなとこに繭作ってる。やっぱり見た目通り、蚕の幼虫だったんだべか。」
作之助が机の裏に大きな繭を発見。僕たちが他にいくら探してもそれらしいものが見当たらなかったので、恐らくこれが絹なのだろう。
繭になって絹が芋虫の見た目では無くなったことを、留守番組の二人は大層喜んだ。
その喜びっぷりは相当なもので、普段喧嘩ばかりしている優晏とかぐやが、二人して本気で泣きながら抱き合うほどだった。
しかし、あちらが立てばこちらが立たず。そんな二人の仲睦まじい様子を見て、織がぷりぷりと怒り出し始める。
「絹かわいいもん!変な見た目じゃないもん!もう二人なんか知らない!!」
織はほっぺたを膨らませて、ズカズカと花丸と共に外へ出て行ってしまった。それを見たかぐやと優晏はバツの悪そうな顔をして、しゅんと縮こまった。
「二人とも、絹ちゃんが苦手なんは分かるけど、もう少し気ぃ使ってあげてな。織ちゃんが帰ってきたら、しっかり謝るんよ?」
「「ごめんなさい....。」」




