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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
98/235

光は穢れず曇らず。その光を、彼は希望と呼んだ。

 

 必需品の買い出しや目的地である城への経路確認、その他この町でできることは全て済ませたので、僕らはそろそろこの町を出ようと出発の支度をしていた。


 すると突然、町の外れにあった田園地の方から甲高い悲鳴が上がる。それに反応して、僕とヤスは全速力で声の主の元へと駆けつけた。


 田園地では、おそらく悲鳴の主であろう四十代くらいのおばさんが尻もちを着いており、畑には一メートル程の大きさをした真っ白い芋虫がむしゃむしゃと作物の葉っぱを齧っている。


「ひぃ!!もののけが出たの!!早くっ!早く殺してちょうだい!!」


 おばさんは顔を真っ青にして、僕たちの足元へすがりついてきた。それを僕は、なんとか笑顔を作って対応する。


「僕らは鎌倉から来たもののけ退治専門の武士です。ですから奥さん、安心してください。あとはこちらで、きっちり処理しますので。」


「ああ!オレらに任せとけよ!ドンとな!」


 ヤスは相変わらず、民間人への対応が雑だ。屋敷にいた頃から貞光さんから怒られていたというのに、全然懲りてないみたいで。


 僕は変わらないヤスに、少しの安堵を覚えておばさんを遠くへ避難させた。そうして、みんなが少し遅れて到着した辺りで僕は真っ白い芋虫を抱き抱えた。


「しゅんすい....。殺すの?その子。」


 織が酷く悲しそうな顔で、僕の方を見上げる。屋敷で僕が任務終わりに、返り血塗れで帰還した時も、織はこんな風な表情をしていた。


 人間は基本的に、もののけを害獣か何かだと認識している。もちろん、言葉を介したり人間に友好的なもののけもいるのだが、そんな少数派を気にかける人間はほとんど居ない。


 それに今の倭国ではもののけの反乱が起きているし、人間のもののけに対する認識はどんどん悪くなっている。


 そのことを、織も当然知っているのだ。織だけじゃない。刑部や優晏、それに花丸だって、自分が排斥される側だと分かっている。


 だから彼女らは、僕がもののけを。同胞を殺してきたことを糾弾しない。悲しむことはあっても、決してなじるような行為はしないのだ。


 人間は強い。個々の力だけではなく、集団としても一級品。まさに霊長を名乗るにふさわしい権威を誇っている。


 でも、僕は選んだ。人ともののけが、どちらも幸せになる道を模索し続けるということを。


「殺さないよ。そこら辺の山にでも逃がしてあげよっか。この子だって、ちゃんと生きてるんだし。ほら、織の方に行きな。」


 僕がそう言って芋虫を放すと、織の顔が一気に晴れやかなものに変わった。そうして織は白い芋虫に飛び乗り、良かったねと頭をポンポン撫でる。


 しかし一方で、苦虫を噛み潰したような表情を作ったのはヤスだった。ヤスは僕の肩に手を置いて、慰めるように言葉を吐き出す。


「なぁシュン。無理に着いてくること無かったんだぜ。お前がもののけを大事にしてることは知ってる。だから、まだ今なら引き....!」


 ヤスが僕を気遣ってくれているのだろうというのは、僕にも理解出来る。けれど、僕はヤスの言葉を遮って自分の意見を述べた。


「大丈夫。しなきゃいけないことは分かってるよ。斬るべき相手は絶対に斬る。そんでしんどくなってもさ、一緒に背負ってくれるだろ?相棒。」


 ヤスは一瞬、ポカンと呆気に取られたような顔をして、それから僕の背中をバシバシ叩いた。


「ったりめーなんだよ!!クソッ!心配して損したぜ!そうだよな、お前はこんなとこで立ち止まるようなタマじゃねえもんな。」


 僕とヤスはお互いニッと笑って、肩を組み合い昔のようにグータッチをする。これだけで、僕らは全てを分かり合えた気がした。


「かぐやちゃん。ご主人様とあの子、昔からずっとあんな感じなん?」


「そうですね。ずっと仲良しって感じです。.....正直嫉妬しちゃうぐらい、春水と仲がいいんですよ?」


「親友ってやつやんなぁ...。優晏ちゃん、うちらも魅せとく?そういうの。」


「別にいいわ。だって刑部は、私が今何考えてるかも全部、分かってるでしょ?」


「ん〜...。逆に何も考えてない。どう?合ってはる?」


「正解」


「「いぇ〜い!」」


「....結局魅せてるじゃないですか。」


 なんだか僕とヤスの後ろで、刑部たちがハイタッチをして盛り上がっていた。最終的に、疎外感でむくれたかぐやを花丸がなだめるために抱きついたあたりで団欒はお開きになった。


 そうしていよいよ、城に向かうついでに山へ寄って、芋虫を野に返そう町を一歩出たその時。僕はある男に声をかけられた。


「ちょ、ちょっと待って欲しいべ!あんたらの持つ芋虫、おいに見せて欲しいっぺ!!」


 眼鏡を掛けていて、白衣を着たゴリラ型のもののけ。いや、単純に見た目がゴリラっぽいだけの人が僕の肩をグッと掴んだ。


「怪しいもんでない!おいはここで生物学者ばやってる、作之助(さくのすけ)ってもんだ。そげな芋虫に、おいは興味があるんだ!」


 僕が戸惑っている間にも、その作之助(さくのすけ)という人物は絶え間なく言葉を続ける。


「こん国は今、流り病で大変なんだべ。お上は色々隠しとるみたいだけんど、おいの目は誤魔化せねぇ。原因はおそらく白い茸!そして、今になって急に増えだしたその芋虫にも!関係があるはずなんだっぺ!」


 なるほど、話として筋は通っている。人間を侵す茸が大量発生した時期と重なって、この芋虫も同時に大量発生したとしたら、関係を疑わないわけには行かない。


 僕は彼の話に些かの興味を抱き、馬に乗る前に少しだけこの男の話を聞いてみようとみんなに提案した。


 みんなはそれに納得したようで、ひとまずこの男が住んでいるという研究所に一緒について行くことにする。


「良かったっぺ...。おいの研究所はすぐ近所にある!少しばかり汚ぇかもだけんど、堪忍してほしいべ。」


 作之助(さくのすけ)はそれから、徒歩五分かけて僕らを研究室に案内してくれた。


 歩いてる途中、何度も通行人に芋虫を見られたが、みな作之助の顔を見て納得のいったような顔をして何事もなく去っていく。


 作之助が言うには、普段から彼はよく分からないものを持ち運んだり研究したりしているので、町の人々にも変わり者として扱われているらしい。


 それで早速研究室の中に入ってみると、そこには大量の瓶に詰め込まれた茸たちが規則的に並べられていた。


 そうして、研究室の奥からは人の悲鳴のようなものまでうっすらと聞こえてくる。


「まずは奥の説明の方が先だべな。あんまり驚かねぇで欲しいべ。これも、必要なことだ....。」


 作之助が研究所の奥に向かい、地下室へと続く扉を開けた。それから作之助はジメジメした階段を降りて地下に降り、僕らも彼を追うように地下へ足を進めた。


「あああああぁああああ!!!!」


「水っ!!!!水っ!!!!!!水をぐれぇえええええええええ!!!!!!」



「がぁあああああああっ!!!!!誰がっ!!!誰がいないのがああああ!!!!」


 両手両足を実験台の上で罪人のように拘束され、叫び声を上げて暴れ回る人間が、三人ほどそこには安置されていた。


 その三人は全身が白く靄がかっており、僕とヤスが井戸で見た、あの村人たちと同じような状況にあるようだった。


「これに感染した人たちは、みんなどっかに消えちまうっぺ。この町でももう四人が、行方不明になってるんだべ。そこでおいが調査して、原因がこの茸にあることを突き止めて、ここにいる三人も何とか鹵獲出来た。」


「ここの国の役人どもはどうしてんだよ。国の大都市も同じような状況なんじゃねェのか?」


「国も原因までは突き止めたみてぇなんだけんど、対処方法がてんでダメだ。感染者を焼き殺したり、森を焼いて茸を一掃したり!目先のことしか考えてねんだ!」


 作之助は怒りを露わにして、地団駄を踏んだ。研究者からして見れば、まだ助かるかもしれない人たちを殺してしまうというのは、許し難いことだろう。


 説明を続けるため、水の入った瓶を持ってきた作之助は、その水を拘束されている感染者のうち一人にぶちまけた。


 すると水はあっという間に吸収され、感染者は大人しくなった。そうして、感染者の体に巣食っている白さはより色を強め、脈打つようにその侵食度合いを増していく。


「茸を食えば感染する。水を与えれば侵食は進む。そんで、太陽の光は嫌うらしいっぺ。もしおいの仮説が正しければ、この茸は脳にまで伝染する類いのものじゃないべよ。その根拠に、頭の色は普通だべ?」


「加えて、この菌は人以外に感染しないんだべ。ネズミを使って実験してみたんだけんど、ネズミは感染しながった。でもこのネズミは飢餓状態になるまで、茸を食おうとしないんだべ。そこで、おいは考えた。」


 作之助はコツコツと足を踏み鳴らし、織が乗っている芋虫の前へと立った。それから軽く咳払いをして織に降りてもらい、芋虫を持ち上げて高らかに宣言する。


「茸が大量発生し、この芋虫も大量発生した!つまり、この芋虫は茸が大好物なんでねえか!?もしそうなら、人間に纏わり着いた菌を除去するための糸口になるかもしんねえ!」

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