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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
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怨みの薪はぐるぐる廻る

 

 大量にひしめき合う井戸の中に、僕は一本の油瓶を投げ入れた。それからヤスが魔術を、僕が術式を使って井戸に火をつける。


 低く唸るような悲鳴が、辺りに木霊した。もう日は傾いているのに、僕たちのいるこの場所だけがまるで昼間みたいに明るかった。


 感染の可能性を考慮し、一人たりとて残すことが許されない状況にあったため、僕らは井戸の中が灰で埋め尽くされるまでその場に立ち尽くす。


「なぁ、シュン。あの人らにも意識はあったんだよな。」


「あぁ。そうだね。たすけてって、泣いてたよ。」


「じゃあ俺たち、人殺しだな。」


 僕は、何も言えなかった。もののけを殺し、悪霊を殺し。それで僕たちは冷徹になった気になっていただけだった。


 こんな風に、なんの罪もない人たちを殺す日が来るなんて思ってもみなかった。


 屋敷での任務は、はっきり言って害獣駆除と何ら変わらないようなものだった。言葉を介すとも介ざすとも、任務が出た以上は人に何かしらの害を及ぼしたわけで。


 任務にあたっては多少の罪悪感はあれど、今みたいに後味の悪いものでは断じてない。これが、僕の初めての殺人だった。


 僕は矛盾だらけだ。今までだってたくさんの命を奪ってきたのに、今またこうして、人を殺したことに胸の痛みを感じている。


「.....帰ろう。みんなが待ってる。」


 僕は井戸から目を背けるように、みんなのところへと踵を返す。ヤスはその後商人を縄で縛り付け、明日近くの町の奉行に引き渡すと言って引き摺ってきた。


 そうして村の外に出ると、織が土の魔術を使って雨風凌げる家を作り、既に野宿の準備を済ませていたようだった。


「しゅんすい遅かったから、ダメだったのかなっておもって!それで、どうだったの?」


 織の純粋な笑顔が、今は少しだけ辛く思えてしまう。けれど報告しなければいつか致命的な出来事を引き起こしてしまうかもしれないので、僕は重々しくも村に行って分かった出来事をみんなに話す。


 僕の話を聞いたみんなはそれぞれ三者三様のリアクションを取っていたが、全員顔を顰めていたことだけは共通している。


「なんて言うか...酷い話ですね。こんなことが、他の地域でも?」


「いいや、発生源の羽後国(うごのくに)では一応規制されてるって話らしいよ。被害者がゼロだったわけじゃ...無いだろうけど。」


 かぐやは俯いて、そのまま僕の手をそっと握ってきた。かぐやは元々戦闘員ではない。下手をすればこういう話だって、耳に入れたことさえないのだろう。


 僕はかぐやの手を握り返して、大丈夫だと励ますように優しく冷えた手を包んだ。そうすると、かぐやはほんの少しだけ顔の血色が良くなった。


「自然に生えたってのは考えづらいわね。羽後国(うごのくに)にいるっていう、その強いもののけが関係してるんじゃないの?」


 流れるように僕の隣に座った優晏が、かぐやの握っている僕の手とは反対の方の手を握る。


「多分そうだろうな...。情報はまだねェが、これだけ強え力だ。並のもののけにできる芸当じゃねえのは確かだぜ。」


「では僭越ながら進言致します。これだけ致死性が高く感染力も高い菌類、すぐさま対処しなければ倭国全土に広がる可能性すら考えられます。我が王、明日の明朝に羽後国(うごのくに)へ向かってはいかがでしょうか。」


 花丸の言う通り、僕らは明日の朝すぐにここを経つことにした。目的地は羽後国(うごのくに)の大名が住んでいるという久保田城(くぼたじょう)


 ヤスが言うには、任務用にお上から御達しを既に出してもらっているようで、調査においてはある程度の融通を効かせててもらえるらしい。


 その他宿の手配や食事の配給など、あらゆる面で一定以上のサポートは約束してくれるようだ。


「権力ってのはこういう時に使って行かねぇとな!あ、でもよ。かぐやは一応、顔隠してくれよ?バレたら打首じゃ済まねえから。」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、僕らは馬に商人を括り付け、すぐさま村を後にした。馬から溢れた分僕は翼を使って空を飛ぶことになったのだが、空から見る村は伽藍としていてなんだか無性に目を逸らしたくなった。


 ともかく、ここ羽前国(うぜんのくに)の入口から羽後国(うごのくに)の城まではおよそ半日ほどかかる。


 人通りが多いところで花丸に乗るわけにも空を飛ぶわけにも行かないだろうし、実際にはもっと多くの時間がかかるだろう。


 そんなことを考えつつも、僕はしばらく空の上から先行して地上を見下ろし続けた。


 《ねぇ、これから敵の本拠地に向かうのかい?》


「うわっ!なんだミカか...。まあ、そんなところだよ」


 《うわってなんだよ。うわって!これでも私は気を使ったんだよ?みんなといる時に話しかけたら、キミがひとりごとを呟き続けるヤバいやつになっちゃうじゃないか。》


 確かにそうだ。なるほど、ミカは中々に気遣いができるらしい。そうして僕が彼女に感心しているうちに、彼女は再び言葉を続けた。


 《昨日の茸。あれは呪いだよ。丁寧に人だけに感染して、人だけを踏み躙る類のヤツさ。よっぽど、人が憎いんだろうねぇ。》


「....そっか。確証はあるの?」


 《もちろん。私は一応神様だからね!それぐらいのことは見抜けてしまうのさ!だから、保昌(やすまさ)はちょっと気をつけた方がいい。かぐやちゃんは...まあ念の為注意ぐらいでいいかな。》


 彼女の言葉には、あまり説得力が無かった。けれど協力してくれようとする意思は何となく見えたので、とりあえずは話半分くらいに聞いておくことにする。


 そんな風にミカと会話をしていると、いつの間にか遠くに羽後国(うごのくに)の街が見えてきた。僕は一気に高度を落とし、地上を走るみんなにそれを伝える。


 いよいよ敵の本拠地に近づいてきたということで、一斉にみんなの気が引き締まる。その空気感を維持したまま、僕らは羽後国(うごのくに)へと進んで行った。


 羽後国(うごのくに)に入り、僕らが最初にやったことは変化の術だ。見た目が人と殆ど変わらない優晏と織はいいとして、花丸と刑部は一発でもののけだと分かってしまう。


 現状の倭国の情勢的にそれはまずいと判断したので、刑部には子狸に、花丸には子狼形態となってもらうことにした。


 その後、ヤスと一緒に商人を町奉行へと引き渡す。少しの取り調べと事実確認を終えて、商人は牢屋の中に収監されることとなった。


 最初は僕たちを見て訝しんでいたお奉行さまたちも、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)の名を聞いてすぐに態度を改めた。


「え、そんなに偉かったの?ヤスって。」


「本家がな...。あくまでこいつらが従ってるのは藤原家、俺じゃねえよ。」


 屋敷にいた頃も、ヤスから本家の話はしょっちゅう聞かされた。なんでも貴族と武士、両方に強い力を持っている歴史ある一族なんだとか。


「京も今はもののけ騒ぎでゴタゴタだからな。あそこには確か...貞光(さだみつ)が派遣されてる。まあ問題はないだろーよ。」


 ヤスが言うには、もののけ騒ぎの激しい地区には屋敷の人たちが派遣されているのだとか。しかしそのうち蝦夷だけは手が回っていないらしく、お上もそこまで問題には考えていないらしい。


「蝦夷の話?うちは行ったことないけど、蝦夷にはうちの実家があるらしいんよぉ。遠くの御先祖が蝦夷生まれなんやって。だから、行くんなら任せてや!」

《あーあ。かぐやちゃんかぁ....。どんな子なんだろうね?キミはどう思う?》

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