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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
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狂菌病

 

 閑散とした村を半分ほど歩き回り、僕らはなんの手がかりも得られないまま、とりあえず得た情報を整理することにした。


「殆どの民家には手がつけられた夕飯が、そっくりそのまま残ってた。特に変わった様子はなかったけど...そっちはどう?」


「こっちも似たようなもんだ。ただ、どの家にも水が置いてなかったのが気になる。花瓶の花なんかはそのままなのに、水だけがねェんだぜ?妙だろ?」


 些細な違和感。こういうひとつひとつが、大局的に見れば大きな手がかりになることもある。僕とヤスは情報交換を終えて、あと半分を探索しようとした。


 その時、ガタンと塀奥の物陰で何かをひっくり返したような音が鳴った。僕はそれを聞いた途端に刀を抜き、ヤスとアイコンタクトを取りながら前へ進む。


 阿吽の呼吸で僕は右に、ヤスは左に展開して物音の方へ音を立てず忍び寄る。戦闘態勢を崩さぬまま、塀を飛び越えて僕は音源へと刀を向けた。


「ひぃいっ!!辞めてくれっ!殺さないでくれ!!」


 音の主はどうやら通りがかりの商人だったようで、その商人は背負った籠の中に野菜や茸などの売り物を沢山入れている。


 この怯え様の裏に、確実に何かあると僕たちは判断。刀を抜き身に保ったまま、物腰柔らかく質問を開始した。


「何があったんですか?見たところ、この村の人じゃないっぽいですし。知ってることがあれば、教えてください。」


「お、おめぇらみたいなガキに何が出来るってんだ!刀なんか一丁前に持ちやがって...早く逃げちまえ!ここはもうダメだ!!」


 尻もちを着いていた商人は冷や汗をかきながら、慌ててその場から四足歩行で立ち去ろうとする。しかし、それを僕らも見逃す訳には行かない。


 ヤスが刀で商人の進路を塞ぎ、商人の動きを止める。そんなヤスの鋭い眼光に商人はたじろいで、すぐさま僕の方へと方向転換した。


「頼む!なっ?おいらぁだって死にたか無いんだ!通してくれよぉ。後生だ!あんたの顔見りゃ分かるさ、優しいぼっちゃんだろ?なっ?お願いだよぉ。」


 なにか情報を握っていそうな人物に出会った時、僕らはいつもこうやって情報を絞り出そうとする。端的に表現するなら、『良い奉行(けいかん)、悪い奉行(けいかん)』だろうか。


 ヤスが商人の首に刀をそっと添えて、思いっきり悪そうな顔でニヤリと笑う。僕からすれば吹き出してしまうような光景なのだが、ヤスを知らない第三者から見れば生きた心地はしない。


「どうせろくな情報なんか持っちゃいねェ!殺しちまおうぜェ!!質問は既に、拷問に変わってるンだよォ!!」


 商人はギョッとした顔で僕に抱きついてきて、うるうると滲んだ瞳を僕に近づけてくる。そんな相手に僕は、できるだけ柔和な笑顔を作って対応した。


「大丈夫ですよ。何か知っていることを話してくれさえすれば、僕が必ず解放させますから。だから安心してください。」


「だ、旦那ぁ〜!ガキなんて言って悪かった!全部、全部話す!だから見逃してくれぇ〜!」


 そう言って商人は、つらつらとこの村で起きた出来事を話し出した。ただそれはもはや、自白と言って差し支えないほどの告白だった。


「おいらぁの地元...羽後国じゃ今、ある茸が大量に群生してるんだ。一時流行ったんだが、お上がそれをなんでか取り上げちまって。それで触ることも禁止だって言うもんだからよ、気になって森で取ってみたんだ。そしたら食えそうないい匂いがしたんで、金もなかったしどっか遠くで売っぱらってやろうってなってよぉ。」


「それで、この村まではるばるやってきて売った...と。」


「仕方ねぇだろ...!おいらぁだって金がねぇんだ!しかもまさか、あんなことになっちまうなんて!知らなかったんだよぉ!!!」


 羽後国で大量発生した茸。理由は定かでは無いが食すのが禁止になっていたそれを、この村で売りさばいた。


 そうしてそれを食べた村人は、全員狂ったように水を求め始めたという。花瓶の水から墨汁、果ては他人の血まで。ありとあらゆる常温の水を彼らは欲したらしい。


「最後にゃみんな...井戸の中に入っていっちまった...。ふらふら歩いて、ヨダレもだらだら垂らしながら...。あんなの、ただのバケモンだ!」


 話を聞く限り、羽後国では既にこの茸の規制が敷かれているらしい。情報を一般民衆に流布しなかったのは、恐らく混乱を避けるためだろう。


 しかし人間に寄生する茸なんて、聞いたことさえない。そういう新種なのか、それとももののけが介在した代物なのか。


 ともかく僕らは真相を突き止めるため、商人を連れてその井戸へと向かった。


 井戸に到着した時、僕たちは思わず顔を顰めてしまった。なぜなら、井戸の中には体のあちこちから茸を生やした死体が、すし詰め状態になっていたからだ。


 いいや、よく見ればこれらは死体じゃない。全員生きている。それどころか、水の出る下に向かって我先にと体をめり込ませようとしている。


 子供に老人。男から女。老若男女全ての村人がひとつの井戸に詰め込まれている光景は、僕らの気分を最悪にするのに十分すぎる威力を誇っていた。


「経口感染以外の可能性は?....あんたに聞いてんだよ、クソ野郎。」


「え...?そんな旦那...急にどうしたんですかい...?」


「これをやったのはテメーだろうがよ!シュン、こいつ普通に殺しといた方がいいだろ!!」


 商人はバツが悪そうな顔をしながらも、未だ全く反省の色を見せていない。それどころか、早くこの場から立ち去りたそうに明後日の方向を向いていた。


 生きていくのに金は必要だ。時には盗みだってしなきゃ死んでしまう人もいるだろうし、毒茸を売ってでも生き延びたいと思うのが普通なのかもしれない。


 けれど、これはあまりにも趣味が悪すぎる。井戸の中に詰まっている人々は、まるで狂ったようにガリガリと井戸の地面を爪で削っている。


 全身は白くカビみたいなものが覆っており、中には目玉から茸が生え出ている若い子供もいる。そうしてうわ言のように、何かをぶつぶつ喋っているのだ。


 僕はそれに耳をすませて、何を言っているのか聞き取れないかと耳に手を当てて調査を試みる。


「..............け............て..............。」


「た.................す...................。」


「た......す................け..........て..........。」


 戦慄した。これが僕の聞き間違いでなければ、彼ら村人全員に意識があることになる。僕はこれが聞き間違いである事を祈って、もう一度井戸へ耳を傾けた。


「「「「「「たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて」」」」」」


 確実に、彼らには意識が存在している。それもはっきりと、自分の置かれている状況を理解し絶望している。


 これは予想だが、この茸は脳を犯すものでは無い。意識だけを残し、その他の筋肉のコントロールを奪う類の茸だ。


 もしそうなら、体の全身に白く菌がかかっているのにも説明が着くし、何より意識があることへの整合性が取れる。


 僕は商人の胸ぐらを思いっきり掴み、足が浮くほど強い力で宙へと持ち上げた。そうして質問の続きを再開、怒りを隠さないまま僕は尋問(しつもん)をした。


「あんたの見立てでいい。空気感染はするのか?羽後国ではこの茸に対してどんな対策を取ってた?さっさと答えろ.....!」


「ひ....!口に入れなきゃ害のあるもんじゃあねぇはずですぜ......。それと地元じゃ、燃やして灰にするしか方法が無かった....んで....。」


 僕は吐き捨てるように商人を地面へ投げ捨て、井戸へと視線を戻す。この商人が売ったものは、悪意が茸の形をしているだけの呪いだ。


 こいつは生きるためとは言え呪いを売って、あまつさえそれを仕方の無いことだと堂々と開き直っている。人間の所業じゃない。


「シュン...?何が分かった、オレにも説明してくれ。」


「この人たち...全員意識がある。僕の見立て通りなら、体が勝手に動いてるって感じだ。悪趣味にもほどがある...!」


 ヤスは僕の発言に、言葉を失ったようだった。それから僕と同じように井戸の中を見つめて、一言ボソリと呟く。


「燃やすしか、ねェのかな。」

狂菌病(きょうきんびょう)


白茸(しろたけ)の持つ胞子が成長し、その茸として成熟したものを食べると感染します。


口に入れてから発症までが恐ろしく早く、口に入れたが最後。致死率は百パーセントです。


この菌の恐ろしい点は、脳だけはその侵食を免れてしまうことにあります。


狂菌病(きょうきんびょう)は体内に入った時点で全身へ根を伸ばし、筋繊維へまとわりついて菌糸網を形成します。


この菌糸網が本来の筋繊維の代わりを務め、宿主のコントロールを強奪。意識と視界を残したまま、自分が勝手に動く様を見せつけられ続けます。


人類への悪意。怨みや呪いが集積した末にできた、対人類最凶の菌。もののけや動物には感染することなく、人だけを正確に鏖殺する性質を持った、まさに最悪の茸です。

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