倭国大乱
刑部が泣き止んでから、僕は彼女に傷を癒してもらい、みんなと合流することにした。
「抜け駆けしたのがバレたら怒られてまうなぁ...。ご主人様?うちがここ来たこと、黙っといてな?」
刑部はすっかりいつもの調子を取り戻し、変化で狸の姿になって僕の服の中へと潜り込んでくる。すると僕は背中のあたりがぽっこりと浮き出だして、どこからどう見ても不自然な体型になってしまう。
「....バレないわけなくない?これ?」
刑部はもぞもぞと僕の服の内側で動き回り、なんとか平べったく体勢を変えていたようだった。
結局、刑部は全身を貼り付けるようにして僕の背中にしがみつき、やや不自然ではあるものの誤魔化せる程度には姿を隠せていた。
「優晏ちゃんたちに怒られたくないのよぉ。...ご主人様、女泣かせやなぁ?両手に花で羨ましいわぁ。」
「今は背中にもう一輪、背負ってるけどね....!」
「?!?!?!?!?!.....えふっ......!」
軽口のつもりだったのだが、予想以上に気持ち悪がられたのだろうか。刑部はそのまましばらく黙りこくって、僕は無言のまま階段を上る。
そうやって歩を進めているうちに、僕たちはいつの間にか第三層まで到着していた。第三層ではみんなが僕のことを今か今かと待ってくれており、僕はそれが嬉しくて最後の階段を駆け上がった。
「ただいま!勝ったよ!!みんな!!!」
わっと、二つの影が飛び出してくる。優晏とかぐやが僕に向かって全力のダイブをかまし、僕は二人に押し倒されて後方へと倒れ込んでしまう。
「おかえり春水!この五年間...無駄じゃ無かったわね!本当にすごいし、私まで嬉しい!」
「おかえりなさい春水!もう、ボロボロじゃないですか...!あれ?案外そんなことない...?背中が...もふもふしてるような.....?」
まずい。僕は今背中から後ろに倒れているため、刑部が下敷きになってしまっている。そしてある程度の衝撃が加われば、変化は解除されてしまうはず。
僕の予想は的中し、刑部は狸形態から人型へと姿を戻してしまった。それも僕の服の中で解除されたため、とんでもなく体が密着した状態で。
刑部の体温が僕に直に伝わり、柔らかい何かが僕にぎゅっと押し付けられる。そんな一瞬の感覚の後、僕の服は無惨にも弾け飛び、僕は背中側に全裸を晒してしまう。
一見、前面から見ればボロボロの格好で済むが、それは仮の姿。打って変わって後ろから見れば、これは紛うことなき変態だ。
僕は羞恥が限界突破し、仏頂面を貼り付けたまま地面に背中をピッタリくっつけて動きを止める。そうして僕は、煩悩を振り絞って考えることをやめた。
「.......。いやぁ....。うん。あの、言い訳。聞いて貰ってもええ?」
「「ダメ」です」
真横でわちゃわちゃ三人の壮絶なバトルが繰り広げられている気がしたが、僕はそんな俗世の争いを観察するほど業に満ちていない。
今の僕は仏なのだ。全ての業を捨て去り、煩悩など微塵も持たぬ涅槃。平常心、無我の境地、凪の姿。
「我が王、代わりのお召し物です。どうぞこちらへ。」
花丸が術式を用いて影を練り上げ、個室を立ててくれた。僕はそんな花丸の優しさに感謝して、背中を引きずったまま影の個室へと入って着替えた。
僕が着替え終わったあとも、三人の戦いは続いていたので僕は花丸と織を連れてテーブル席に座り今までの軌跡を語る。
第四層でのこと、第五層でのこと。それらの少し長い話を、二人は僕を労うようにしっかりと聞いてくれた。
話の途中、織が僕の頭をポンポンと撫で回したり、花丸が背中をさすったりして。僕は戦いの余韻に浸りつつ、そうやって三人で歓談に耽った。
僕が話し終わり、そろそろかなと思ったところで丁度他三人の争いが終結していた。僕の目線の先には、正座している刑部とぷりぷりお説教をしている二人。
刑部は首から何かが書かれている看板を掛けられていて、その内容を延々と復唱し続けさせられていた。
「私は勝手に抜けがけをした泥棒狸です...。私は勝手に抜けがけをした泥棒狸です....。私は勝手に抜けがけをした泥棒狸です........。」
「刑部!!今度同じようなことがあったらどうするの!言ってみなさい!!」
「はい....。みんなと一緒に行きます....。うち一人で抜けがけはしません....。」
「よく言えましたね。私は信じてますよ?刑部さん?」
怒る優晏と、笑顔の怖いかぐや。どちらも冷ややかな空気を纏っているという点では、中々に似通っている。
それと僕の気の所為でなければ、なんだか二人の仲が良くなっているような。そんな雰囲気を感じとってしまった。
諍いも一段落着いたところで、僕はようやくみんなに話を切り出すことが出来た。内容は、白蛇が言っていた現在の地上の話。
僕はあの話が、どうにも気になってたまらないのだ。彼の信念や想いを鑑みるに、あそこで嘘をつくようなやつだとは到底思えない。
もののけたちの恨み。始まった大戦争。どれもこれも、冗談や勘違いだと切って捨てるにはあまりに真実味がありすぎる。
「これが僕の聞いた話だけど....どう思う、みんな。」
各々が頭を抱え、うんうんと唸って様々なことを思案していた。そうして最初に案を出したのは、以外にも織だった。
「わからないけど...。とりあえず外に出てみよーよ!どっちみち、帰らなきゃでしょ?」
「そうね織ちゃん。春水、私もお義母さんたちが心配です。一刻も早く、家に戻りましょう。」
結論が固まった。僕たちは急いで地上へ出る支度をして、全速力で上へと駆け上がる。
花丸が影を自分と同様の狼形態に作り上げ、自分にかぐやと織。影に刑部と優晏を乗せて走る。僕はと言うと、自分で飛んだ方が速いので翼を展開して宙を移動していた。
決してハブられたとかではなく、単に三人よりも二人の方が軽いから花丸の速度が出るといった理由からだ。決して、僕がハブられているわけではない。
二層、一層と。風の如く進んで行った僕らは、あっという間に地上まで到達することが出来た。
大戦争というものだから、てっきりそこら中に悪いもののけが溢れかえっているのかと思えば、案外そうでもなかったらしい。
辺りは特になんの変化もなく、僕は今までの心配が杞憂だったことに心から安堵した。
そうして、僕たちはそのまま帰路に着いた。なんでもないようなことを語り合いながら、他愛のない話に花を咲かせて。
しばらく道を進み家に着くと、家の縁側に何やら見覚えのある男がお茶を啜っていることを発見した。
顔はよく見えないが、体つきやお茶の飲み方。服と刀まで、僕の記憶の彼と告示していたので、僕は思わず彼の名を叫んでしまう。
「ヤス?!なんでここにいるの?!」
「シュン!!久しぶり...!ってわけでもねぇか。それよりも大変なんだ!!倭国が...!倭国がヤベェ!!」
ヤスはそうすごい剣幕で僕に迫り、今倭国で起こっている出来事について語り出した。
その出来事は、僕が恐れていた大戦争そのもので。ヤスの話を聞いている間、僕はピクリとも動くことが出来なかった。
「南海道の方はもう壊滅...。人間の住める場所じゃ無くなった。」
「蝦夷、羽後、越後、京、三河、出雲、日向。しかもこの七ヶ所らにとんでもなく強いもののけたちが現れて、国を滅茶苦茶に荒らし回ってるって話だ。んでこの影響か、地方のもののけも活発化してる。シュン!オレは今から羽後に向かう。着いてきてくれるか。」




