続・大縄迷宮(十六)
『屑金星』と『魔纏狼・月蝕』は、同じ射出系の技として極めて類似性の高い術式である。
ただし、全く同一のものという訳では無い。例えば『屑金星』は貫通力及び炸裂力に秀でている。
一方、『魔纏狼・月蝕』は貫通性能が低い代わりに、打撃力において前者よりも優れた性能を発揮する。
有り体に言ってしまえば、後者は殺傷力がとてつもなく低い。いくら打撃に優れていると言っても、対もののけ相手では装甲を突破できずに霧散してしまう程度の代物。
だがしかし、こと大縄戦において、この殺傷能力の低さが輝いた。
(指揮官の左右に一発づつ。そうして本命の光弾を後ろにピッタリ隠しつつ、指揮官を残った一発で狙う!)
三発の隕石、一発の光弾。それぞれが役割を持って射出され、白蛇の首を貫かんと速度を上げて向かう。
まずは指揮官の左右の首に隕石が当たり、ぐしゃりと破裂する。その後指揮官を狙った一発を防御するため、最も近くにいた首のひとつが身を呈して指揮官を庇う。
弾け飛ぶ肉と隕石の欠片によって、指揮官は前方方面の視界を奪われた。その隙間を、本命の光弾は決して逃さない。
肉が潰れる音ではなく、風変わりした打撃音が今度は辺りに響く。完全に不意打ちの光弾。僕の狙いはしっかり成功し、指揮官はアッパーでも喰らったかのように天を仰いでいた。
「傷を治せるって言っても結局は再生。失ったものを生やすのは得意だろうけど、衝撃までは治せない。」
脳震盪による指揮官の停止。これにより他七本の首は、完全に統率を失った。
(恐らく脳震盪の静止時間は三分かそこら!それ以内にケリをつける!!)
僕は翼を大きく広げ、体積を拡大して指揮官の方へと空を駆けて突っ込んでいく。当然、七本の首は向かってくる僕を見過ごすはずがない。
両翼に二つ、両肩と両足に二つづつの計四つ。そうして首元に一つの頭が、僕へと噛み付いた。
『魔天狼・甕星浮』の具足を食い破るため、彼らは決してその牙を緩めようとしない。
ギリギリと強く牙が突き立てられ、そうして牙がこちらの肉に届くか届かないかの分水嶺で、僕は『不動・煉獄迦楼羅炎』を発動した。
その炎は鱗に弾かれ、白蛇の肉を焦がすことは決して無い。だが、僕に纏われている炎は煌々と燃え上がり、辺りの酸素を一気に奪う。
普段この技を使う時は、炎を纏う範囲を狭めて呼吸を確保する必要があるのだが、今回に限って僕はそれを行わなかった。
その時点で僕は溺れたのと同様に酸素を失い、呼吸が阻害された。ただそれは、僕に深く牙を立てる彼らも例外では無い。
指揮官がいればあるいは、彼らも引く判断が取れただろう。しかし今はそんなもの存在しない。彼らは喰らいついた獲物から牙を離そうとせず、こちらを今にも噛み砕かんとしている。
僕と蛇たちの我慢比べ。向こうが酸素欠乏症を起こし、脳が壊死するのが先か。僕が彼らに肉団子にされ、呑み込まれるのが先か。
「ぐっ.....!!!!!!!!!!!!」
痛みと無酸素にただただ耐え続ける。叫べば叫ぶほど酸素を使い果たしてしまうので、声を上げないように必死で苦悶を噛み殺す。
地獄のように永く思える時の中で、僕はふと蛇たちの表情へ目をやる。彼らも必死だ。毒を注入しようとしているのか、牙の少し上あたりがぽっこりと盛り上がっていた。
事実、炎の熱で毒はほとんど意味を持たないが、それを知っていたとしても彼らは今のように毒を注ごうとし続けるだろう。
それは覚悟の現れだった。僕がこうして抗っているように、彼らもきっと抗っているのだ。もののけの滅びに、最早人と共存はできぬと、嘆いているのだ。
だからこそ尚のこと、僕は負けられない。本当は彼らもきっと望んでいたんだろう。人と手を取り合って、共に歩んでいく世界を。
けれど、どこかでかけ違えてしまった。すれ違ってしまった。僕たちは、同じところを目指していたはずなのに。
(燃えろ!燃えろ!燃えろ!もっともっともっと!灰になるまで燃やし尽くせ!!!!!!!!!)
とうとう牙が肌まで到達し、具足が完全に砕かれる。生身の体が十四のギラリとした目に晒されて、僕はいよいよ風前の灯かと腹を括る。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
酸素の完全放出。自分の保身を一切考慮しない、傍から見れば自滅にしか見えないであろう愚行。
それは星の輝きにも似た、祝福のようで。
「ガハッ?!」
僕は突然支えを失い、地面へと叩きつけられた。その衝撃で思わず『不動・煉獄迦楼羅炎』を解き、体が無意識に酸素を求めて喘ぐ。
そうして周りには、だらりと枝垂れ柳のように力を失った、七本の首。
僕は最後の力を振り絞って、立ち上がり白蛇へと向かい直る。皮肉にもそれと同タイミングで、指揮官が起こしていた脳震盪が収まり、最後の一本がこちらを睥睨する。
「....驚いた。本当に、驚かされたよ。長く生きてきて、私がここまで追い詰められたことは無かった。」
「誰だって、初めてのことはあるよ。僕なんて、やることなすこと、ほとんどが初めてのことだからね。」
あちこちに深い牙の跡が残るボロボロの体で、酸素も足りない脳みそをフル回転させながら、なんとか軽口を喉から押し出す。
それに白蛇はクスリと笑い、君はまだ若いからね。とそう優しげに僕へ向かって言葉を投げかけた。
「その若さが、真っ直ぐさが私は羨ましい。酷い現実を目の当たりにしすぎたせいで、私の目はもう失明寸前だ。」
「....今からでも、遅くないんじゃないの。夢を見るのに、理想を語るのに遅すぎるなんてこと。無いと思うよ。」
白蛇は軽く首を振る。その仕草はとても悲しげで、それでも後を託せる喜びが垣間見えるような、そんなどっちつかずな仕草。
「私はもう...老いすぎた。そうして未来を見るには、過去に囚われすぎている。私の幸せは....私の想う美しさは、過去にしかもうない。私が作りたかった理想は、きっと彼女が望んだ世界...なのだろうな。」
誰しもが折れていく。誰しもが老いていく。自分の望む未来を見据えていながら、大きな荒波にその心を削られて。
僕はその荒波へ、嵐の中へ自ら飛び込んでいく覚悟を、既に決めている。それ故に、眼前にゆらりと立つ、もう飛び込むことを忘れた白蛇に僕が負けることは、絶対有り得ない。
「お前の理想の分の重さも、僕が背負うよ。だから、もう悲しむ必要なんてない。そうでしょ?」
「君は優しい青年だ....春水。この呪いを、千年以上続くもののけたちの恨みを。君は受け止めてくれるのか。」
「もちろん。人ともののけが一緒に生きれる世界の方が、きっと楽しそうだからね。」
白蛇の瞳が揺れる。その永き旅路に、ようやく終着を見つけたのだろう。白蛇は静かに、僕へ頭を下げた。
「君はこの先、たくさんの苦難に膝を折ることになる。人の醜さ、もののけの傲慢さ。時には守ったはずの者から、石を投げられることもあるかもしれない。けれど、けれどどうか。君は進んでいってくれ。」
その言葉を最期に、白蛇は構えた。未来に託して華々しく散る。これがきっと、彼なりのケジメなのだ。そうして、僕も彼に答えるように再点火する。
「『大鵬金翅・迦楼羅焔』」
焔は翼を覆い、金色に燦然と輝く。白蛇はそれを、唄が大好きだった金衣公子に重ねて、昔を思い出しながら見つめていた。
『不動・迦楼羅炎』は上座衛門が作り出した脚本、あくまで演技に過ぎないものだった。
されど、それは煉獄を経て七つの蛇を打倒するまで到り、確かな迦楼羅の焔へと成った。
故に、この焔は紛うことなき迦楼羅の焔。蛇龍を喰らい、逸話を得た炎は金色に眩く光る。
正に、嘘から出た誠。上座衛門の目指した歌舞伎の極地。
それが運命か偶然か、とある唄の鳥と酷似した姿だったという。




