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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
89/235

続・大縄迷宮(十五)

 人として産まれ、獣として生きた。そうして今度もまた、人として産まれた。なら、今の僕はどっちだ?


 刑部や優晏と出会って、ヤスやかぐやと出会って。ちぐはぐな僕は今、どっちの側に立っているのだろうか?


「さっきの自分を見ただろう?生き物とは力を得た時に本性が垣間見えるもの。では君はどうだった?溢れる力に耽溺し、弱きを貪る獣だっただろう?君は、人にはなれないよ。」


 白蛇は言う。僕は人では無いと、本性は獣であると。


 そうなのかもしれない。あいつの言っていることはきっと正しくて、僕の方が間違っている。けれど、そんなのは嫌だ。


 僕は人でいたい。獣でいたい。人ももののけも、僕はどっちも好きなんだ。どっちも好きで、どっちの僕も僕だから。


「認めるよ....僕は獣だ。でも、それだけじゃない。僕は獣で、それでいて人でもある。だから、僕は作るよ。人ともののけが、どっちも幸せに生きれる世界を!」


 僕の慟哭を聞いて、白蛇は懐かしいものを見るようにこちらを覗いた。そうしてしばらく瞑目し、ゆっくりと言葉を吐き出し続ける。


「.....かつて君のような、(おんな)が一羽いたよ。人を愛して、愛し続けたからこそ。彼女は人間の醜さを憎むことでしか生きられなくなった、哀れな(おんな)だ。理想を唄うだけでは、君もゆくゆくそうなる。切り捨てる覚悟を、持たぬ君では無いだろう。」


 選ぶ強さ。切り捨てていく強さ。これらは僕が屋敷で、嫌という程叩きつけられてきた現実だ。


 二者択一を迫られるここぞという時、必ずどちらかを見捨てる判断を取らなければならない。そうでなければ、いずれは全てを失う。そう、頼光さんはいつも零していた。


 だからと言って、僕はここで捨てるのか?僕の半分も占めている、どちらか片方の存在を。


 そんなもの、許容できるはずがない。たとえ人ともののけの溝が、深く分かたれているものだったとしても。僕は決して、諦めたりなんかしない。


「強い目だ。私のよく知る、強い目。いいだろう。君が二つを選ぶというのなら、私がその理想を終わらせる。欲の深い者が、全てを失うということを教えてあげよう。」


「最初からできっこないって諦めたりなんかするもんか。最後まで、僕は足掻くさ。手始めに....お前、ぶっ倒す!!!!!!!!!」


 八本の頭に向かって、僕は全力で走り出した。首が一本だけだった時とは違い、白蛇は図体まで元の八倍ほどになっている。


 頭が八本、されど体は一つだけ。であればちまちま頭を削るよりも、腹を打った方が効率が良い。


魔天狼(まてんろう)甕星浮(みかぼしうかべ)』を発動させたまま、僕は白蛇の腹へ思いっきり拳を打ち据える。


 強化された拳は白蛇の腹を撃ち抜き、肉を幾分か抉りとった。しかし、抉りとった肉はすぐに再生され、僕は向こうの反撃を避けるために後方へと下がる。


 《キミ、よく吠えたじゃないか。いいね!キミが戦おうとするのなら、私も力を貸そう。詠唱は任せなよ。キミは思う存分、私の力を振るうといい》


 戦闘の手伝いをしてくれるというミカに感謝しつつ、僕は手のひらを上へと向けて、星を生み出すイメージを固めた。


「『屑金星(くずきんぼし)』」


 こぶし大の隕石が三つ、僕の周りに浮かび漂う。それを僕は白蛇の頭めがけ、渾身の力を持ってして射出した。


 三発中二発が回避されたため明後日の方向へと飛んで行ったものの、一発はしっかり白蛇の頭へ命中。そうして八つの頭のうち一つを大破させるという、上々の結果を引き起こす。


「威力は申し分無いが、無意味だね。」


 白蛇は余裕たっぷりに、僕に向かって傷口を見せびらかした。すると次の瞬間、傷口から肉が急速に盛り上がり始める。


 みるみるうちに吹き飛んだはずの頭が再生。白蛇はまるで何事も無かったというふうに、再生した頭でこちらへと噛みつきを繰り出してきた。


(鬼以上の再生力...。頭を潰せば終わりなんだろうけど、八つもあるんじゃ厳しいな。)


 再生する敵との戦いは、これまでに何度も経験している。だがそのほとんどは、頭を潰すか心臓を潰せば死ぬようなものたちばかり。


 しかし重要な器官が破壊されても、それを再生させてくる敵がいなかった訳では無い。では心臓が潰されても耐え、再生し生き残ったもののけはどうするのか。


 答えは逃亡だ。心臓の再生、そんな無茶が何度も効くはずがない。彼らは心臓を再生させた時点で自らの敗北を悟り、そして全身全霊でしっぽを巻いて逃げる。


 つまり、再生には限度があるのだ。どれだけ強靭なもののけだろうと、いずれ限界がやってくるはずだ。


 そもそも生き物として、脳が潰されれば生命は終わりを迎えるのが常。そんな常識を、目の前の白蛇はゆうに超えて来ている。


 よって、相手は相当の疲弊を抱えているはずだと断定し、僕は相手のリソースを削り切る作戦を立てた。


 ただそうして考え事をしている間にも、白蛇は八つの頭を使ってこちらへ攻撃を繰り出す。右から二つ、それをカバーするように左から二つ。


 波状攻撃のごとく迫る首をなんとか避けるが、それすら手数の多さで圧倒される。僕は被弾を避けるため、空中への移動を余儀なく迫られた。


 だが翼を展開して空に逃げても、相手の手数の多さは変わらない。統率の取られた頭たちが、着実に焦ることなく一手一手こちらを追い詰める。


 攻撃手段が噛みつきしかないのがまだ救いだろう。僕は高速飛行をして攻撃を喰らわないように務めながら、『屑金星(くずきんぼし)』を発動させて追っ手の首を肉塊へ変え続けた。


 そんなことを三十分ほど繰り返し、僕はひとつの結論を見出した。


「まさか....無尽蔵に再生できるのか....?!」


 白蛇は攻撃の手を緩めずに、にっこりと残虐な笑みを浮かべた。それは無言の肯定であり、どんな攻撃よりも僕にダメージを与える最悪の一撃。


(いいや、この三十分。ただ適当に逃げ回ってたわけじゃない!見つけたぞ、司令塔!!)


 対刑部戦で学んだことだが、大人数での連携というのは中々に難しい。それは何十万だろうが、八本だろうが変わらない。


 脳が別々にあり、各々が思考していながらこの動き。確実に指示を出しているメインの頭がいるはずだ。


 その予想はどうやら当たりのようで、僕は八つの頭のうち、左から四番目の頭がやや攻撃に積極的じゃないことを発見した。


 試しにそいつに向かって隕石を発射してみると、その左右にある頭が完璧に隕石の軌道をブロック。明らかに守りの挙動を見せる。


(司令塔は見つけた。さてここからどうするか...。司令塔を吹き飛ばす?再生されるのがオチだな。あ.....!試してみるか.....!)


 もう一度作戦を練り直し、僕は今自分の持っている手札を再確認した。


 不動(ふどう)シリーズに『魔纏狼(まてんろう)』、加えて天津甕星(あまつみかぼし)の未来測定と隕石。この三つをフル活用し、無限再生する白蛇に打ち勝つ作戦。


 僕は覚悟を決めて、隕石を三つ生み出す。そうしてその影に、たった一つの光弾を白蛇にはバレないよう忍ばせて。


「随分、分の悪い賭けだけどね...!僕の想いを理想だと言ったな。じゃあ否定してみろ、理想すら持ち続けられなかった負け犬!!!!!!」


「.....ク。クフフフ。威勢だけは一丁前だ。言われずとも、理想に潰されて死ぬ前に、私は君をここで殺すつもりだ。遠慮しないでいい、ほら。早く撃ってきなさい。」


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