続・大縄迷宮(十三)
「はい。これでおしまい!なんだけど、一つ。一つでいいんだ、私のお願いを聞いてくれないかな?」
そう言ってミカは、僕の胸を人差し指でそっとなぞりながら、まるで何かを見越しているようにクスクスと笑う。
彼女を見ていると、僕はなんだか胸騒ぎがする。ちぐはぐで、意味不明で、何か致命的な見落としみたいな。正体不明の胸騒ぎ。
「私はね、自由が好きなのさ!何者にも縛られず、何者にも奪われない。そういう自由を私は欲している。だから、キミには私の体を探して欲しい。」
「体...?それって一体どういうこと?」
「私はキミの中に閉じ込められてるんだよ?キミが僕の力から逃れられないように、私もキミの中から逃れられない。これってすごく、不自由な事だと思わないかい?」
そう言われてみればそうだ。彼女はただ力を持った神だというだけで、僕の中に閉じ込められた、言わば被害者。
となると、彼女の言い分にも正当性はある。僕はそう思って、彼女のお願いとやらを聞き届けることにした。
「本当かい!あぁ良かった!キミにも私への信仰心ってヤツが目覚めたのかな?ああ、それで体のことなんだけど。もう大体の目星はついてるんだ。どうも悪ぅーい狐が、私の体を盗み出したっぽいんだよねぇ。」
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契約は成立した。彼は今後、あらゆる困難に立ち向かっていくだろう。勇敢にも不撓不屈の意志を燃やして、全ての障害を乗り越えるだろう。
そうしてその際、彼は私を頼らざるを得ない。私という力を、ルーツも何もかもがデタラメな、正体不明の力を。
「いやぁ、実に名演技だったじゃないか。共犯者クン?」
「....。息子のためさ、アンタのためじゃない。それにアンタの方こそ、なんだいあれは。道化かと思ったよ。」
この神は中々に話のわかる神だ。元々この世界の住人ではないことを鑑みても、高々息子一人のために全生命を差し出すなんて。正気の沙汰では無い。
それに道化か。まさに私にピッタリな言葉だ。そこまで見越して言っているのだとしたら、彼女には物書きの才能がある。
「いいじゃないか、道化!好きだろう?元気で活発で!ちょっと弱みがあるけれど、そんなところがキュートな手の出しやすいオンナノコ♡人類ってのは四十六億年経っても変わらないねえ?」
本当にバカみたいだと、私はせせら笑う。見下し、嘲笑し、掌で転がしていると思っていた道化に、実は逆に転がされていたなんて。
とびきりのジョークだ。あー面白い。いつだって人類は面白い。核なんて作った日にはもうサイコー、思わず私が手を出して壊したくなっちゃうぐらいには。
「愚かな癖に生き残るのには知恵が回る。キミたちも随分しぶといけどね、私もしつこいんだよ?でもやっと四十六億年前、私がやり残した仕事をようやく終わらせられる。春水クン、彼には感謝しないとね。」
面白おかしく笑う私を端目に、狼の彼女は目を細めた。人に寄り添う神として、やはり生命の絶滅というのは思うところがあるのだろうか。
だが私とて、趣味で大量虐殺を目論んでいる訳では無い。悲鳴を上げた同胞を救うため、仕方の無いことなのだ。
むしろこれは、彼らの自業自得と言える。彼らは獣のまま、循環の中での生活に徹していればよかったのに。
されど、彼らはそれを良しとしなかった。比較し、奪い、争い、殺し、傷つけ、あまつさえ自らの星を穢し続けた。
そうして星を使い潰して得た結論が、他の星への移住と来たもんだ。自己中心ここに極まれり。霊長とか言う最低最悪の汚名。
だから滅ぼした。隕石を落とし、文明を潰して命を消した。はずなのに、彼らはまだこうして生き残っている。
驚いたのは、人間がほとんど同じ進化を辿って行ったこと。そうして隕石を落とした影響で長い眠りにつく必要があった私は、その醜い足跡をまざまざと見せつけられた。
一つ違う点があるとするなら、それは種としての強度が全体的に上がったことぐらいだろうか。これは人間だけでなく、動物たちも例外では無い。
絶滅を耐え忍び、それに対抗するために肉体が進化適応していったというのは理解出来る。
理解した上で、私はもののけという生命に感動を覚えた。高度な知能を持ち、人類とほとんど遜色のない技術体系を獲得出来る思考能力がありながら、彼らはそれを選ばなかった。
人類のように星を消費するのではなく、星の循環というルールに従ったのだ。そこには知的生命体故の傲慢さや、霊長などと驕る気すら存在しない。
ただひたすらに無垢で純粋な、完成された模範的生物。私は彼らに、酷く感銘を受けた。
「ま、それはそれとして滅ぼすんだけどね。だって仕方ないだろ?人間だけ滅ぼしてもののけは滅ぼさないなんて器用な真似、私にはできないんだもん。」
「クソ神が...!あの子だけは殺さないって約束は、本当に守ってくれるんだろうね!」
「勿論、それぐらいならやりようはいくらでもあるさ。キミは安心して、息子の行く末を見守るといい。」
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視界が段々と開けていき、僕はあの森から迷宮へと意識が戻ってきたことを把握する。
目の前にはあの白蛇が佇み、こちらを値踏みするようにじっくり観察していた。僕はそれを見てすぐさま起き上がり、戦闘態勢へと移る。
「終わったのかい?ならもういいのかな、始めてしまっても。」
「残念!もう始まってる。」
言葉の途中で僕は地面を踏み込み、白蛇へと蹴りを喰らさせる。狙いは当然眼球、生物の中で最も脆い部分。
(あの時は傷一つ付かなかった。だけど今は違う!見せてやるんだ!ここで、今!!)
蹴りが眼球へ迫った瞬間、白蛇は頭を下げてこちらの攻撃を回避してしっぽでの反撃を繰り出してきた。
対する僕もその攻撃を身を捩って避け、素早く着地し一度後方へ撤退する。お互いダメージ無く一瞬の攻防を終えたが、その中身にはぎっしり過去の累積が詰め込まれている。
「避けたな。避けただろ...!避けたよなぁ!!!次は絶対!当ててやる.....!!」
ギリギリと歯を食いしばり、口角を引き上げる。勝てるという確信が、僕にそうさせたのかもしれない。燃える闘志は尽きることなく、ただこの身を突き動かした。
体の調子がいい。いつもの数倍、スムーズに動く。魂の解放、脱却の賛美。軛が外れ、枷を失った肉体が魅せる、燦然と煌めく躍動。
「『未来測定・星詠唄』」
反応速度が上がる。いや、相手の行動全てを予め知覚できているため、最速最短の対応が可能となる。
(薙ぎ、突き、払い。そんで噛みつき。からのフェイントで本命は毒の発射。見える、全て見える!!)
蹂躙に次ぐ蹂躙。そこで行われているのはもはや、防戦一方と言う言葉が生温く感じてしまうほどのワンサイドゲーム。
攻撃の隙をついて背後に周り、背を駆け上がって頭を殴りつける。何度も何度も何度も、相手が肉ミンチになるまで殴り続けようとしたところで、僕は振り落とされてしまった。
「ぐっ...呑まれすぎだ。対話は失敗したのか?何が起こっている?」
脳みそをたのしいが上書きしていく。痛みも辛さも、もう何も感じない。今はただ、この感覚が心地いい。
「『魔天狼・甕星浮』」
《あ〜。慣れない力で完全にハイになってる。おーい!落ち着け〜!キミの神様が話しかけてあげてるぞ〜!》
・『魔天狼・甕星浮』
『魔纏狼』と天津甕星の力が合わさって出来たものです。
見た目は『魔纏狼』が黒基調になって、それにちらほら星の意匠が散らばっている感じです。
能力は特になく、全体的に性能がグッと引き上げられています。単純比較で言うなら、出力が『魔纏狼』の2.5倍ってとこですかね。
・『未来測定・星詠唄』
『未来測定』の発展系です。二秒先までの相手の動きを全て知覚することが可能。しかし性能が向上した分、持続力はあまりありません。




