続・大縄迷宮(十二)
少しの睡眠をとってから、僕は覚えのある階段をコツコツと音を立てて下る。そうしてたどり着いた階段の終着には、目に悪い血の色をした鳥居がいくつも並んでいた。
足取りが重く、吐く息は鉛のように沈んでいく。されどその歩みが止まることはなく、僕は遠くからこちらをじっと覗いている大きな二つの目を見返す。
「やぁ。真に迷宮を踏破し、この場に立つに相応しい者よ。久しぶりと、言っておくべきかな?」
「....そうだね。久しぶりだ。挨拶はもう十分だろ、こっちは早く終わらせたいんだ。始めるぞ。」
白蛇は嬉しそうに目を細めて、舌をチロチロと踊らせる。その仕草には余裕がたっぷりと染み込んでいたが、僕はそんなことどうでも良かった。
過去の精算。弱かった自分と決別し、敗北を乗り越えるためにここまで来た。だから、相手がどうだろうが関係ない。僕はただ、白蛇を全力で潰すだけだ。
「なぁに、焦ることは無い。まずはここまで来た君を称えて、枷を外してあげよう。」
僕の力を縛っていたしめ縄が、急に切れてぽとりと地面に落ちた。刹那、胸にせり上がってくる熱い感覚が僕を襲う。
力の奔流。星の軌跡。迸る血脈に星屑をそのまま流し込まれたような、凍てつくほど寒くて焦げるほど熱い何か。
あまりの衝撃に僕はその場に蹲り、目の前の白蛇なんて忘れて自分の中で蠢く何かを探った。
「ふむ...。まずは対話が先のようだね。いいとも、その場を整えてあげるくらいなら、こちらとしてもやぶさかでは無い。『土室託綱』」
意識が遠のく。瞼は確かな重みを持って閉じていき、体はピクリとも動かない。
「ぐっ.....!また....僕は負けるのか...?何も...何もまだしていないのに.......!」
必死に足掻き、なんとか這いずって白蛇のところまで行こうとするも、僕は途中で完全に意識を失ってしまった。
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「え?何ここ...。森....?どっかに飛ばされたのか?」
脳みその処理が追いつかず、僕は混乱の渦に叩き落とされる。当然だ。さっきまでは迷宮にいたのに、目が覚めたらいつの間にか森にいたなんて、誰だって混乱する。
(空もある...。地面だって、地下のものだとは考えにくい...。幻覚って可能性もあるのか。う〜ん、ますます分からない...。)
「起きてすぐ考え事なんて、偉いねぇキミは。」
ポンポンと急に肩を叩かれ、後ろから聞いた事のない声が聞こえてくる。僕はそれに驚いて反射で前進し、くるりと声の主の方へ向き直った。
するとそこには、肩まで伸びた金髪をクルクルと指で弄り、悪戯っぽく笑っている胡散臭い女の人が立っていた。
「ああ、驚かせてしまったかな。ごめんごめん。そんなつもりは無かったんだ。許してくれると嬉しいな?」
親しみやすそうな声に、整った目鼻立ち。飛び抜けた美人というわけでは無いのだが、どこか目を引くような雰囲気を持っている人だ。
しかしそれが、異様なまでに胡散臭い。一見立ち振る舞いは自然で、どこにもおかしい部分はないように思える。
(なんだ.....?この違和感。人でも、もののけでもない気配....。もっと海とか山とか、そういう自然に近い感じがする。)
「そんなに警戒しないでくれよ、悲しいなぁ。私はいつだって、キミを見ていたっていうのにさ。」
「.....。ストーカーってやつですか?」
「酷い言い草だな!全くキミってやつは!私のありがたみをもっと思い知った方がいいよ!」
ほっぺたを膨らませて、プンスカ怒る彼女の姿は、なんだかどこにでもいる普通の女の子みたいだった。致命的に、雰囲気が異様であることを除けばの話だが。
「ふん!まあいいさ、自己紹介もまだだったしね。聞いて驚くなよ!私の名前はミカ。キミの力の大元、天津甕星本人さ!」
そこで初めて、僕は彼女の異様さに納得がいった。人でももののけでもない、もっと大きな威圧感。それの原因が神だったということなら、十分説明が着く。
「どう?ビビり過ぎて声もでないのかな?まあ仕方ないことさ、なんたって神様なんだ!ほらほら、今からでもさっきの非礼を詫びて頭を下げていいんだよ?」
くいくいと人差し指を上げたり下げたりして、彼女は僕にゆっくり近づいてきた。
僕はそんな彼女にまだ多少の違和感を感じていたが、ひとまずこちらを害する気は無いようだったので、僕は対話に応じることを選択する。
「なんか...ごめん。それで、ここってどこなの?」
「え〜謝罪短くない?敬いが足りないんじゃない?神様だぞ〜、一応強いんだぞ〜。賽銭投げろ〜!」
機嫌を損ねてしまった彼女への対応をどうしようかと考えているうちに、またもう一人。いや、もう一匹の影がぬっと現れた。
「バカ息子。中々、元気でやってるみたいじゃないか。それで孫はいつできるんだい?」
見覚えのある狼が、そこにはいた。何故か記憶よりも随分体が大きくなっているが、それでもあの面影を僕が忘れるはずがない。
前世で僕を産んだ母さん。今世で僕を産んだお母さん。そしてもう一人、前世で僕を育てたお母ちゃん。
「お母ちゃん!!!!!!!!!」
「うわっ!なんだい、そんな歳にもなってまだ母親にベッタリなのかい?いい加減親離れしな!」
久しぶりの感動の再会のはずなのに、お母ちゃんは僕にそう言い放った。けれど、その顔はどこか嬉しそうで、僕はそんな小さな表情の変化を見逃さなかった。
「え?なんで私が無視されてるの?私神様だよ?すごい偉いんだよ?色んなもののけが私の力を借りたくてペコペコしてくるんだよ?ねぇ〜!!ねえってば!!!なんで無視するのさ〜!!!!!」
ポカポカと背中を殴りつけてくるミカが段々可哀想になってきたので、僕は彼女の話を真剣に聞いてみることにした。
すると彼女は晴れやかな笑顔を見せ、僕に意気揚々とこの場所のことを語り出し始める。
「こほん!まず、ここは春水!キミの精神の内側。魂の原風景と言っていい。そして次に、なんでここに呼ばれたか!それはね!」
「こいつの封印が解かれただろう?そんで封印されてた期間、溜まり続けてた力が体内で暴走。そいつを抑えるために、こうしてここまで引きずり込んだってワケさ。」
「あぁ〜!私が言いたがったのに........!」
しくしくと涙を流し、ミカはその場に体育座りしてしまった。まあでも、何となく話の概要は掴んだ。
でも、ここで問題になっているのはそれだけじゃない。過程と原因は分かった。なら後は、どうやったら戻れるかだ。
「力を抑えるのに、僕は一体どうしたらいいの?....ミカ?教えて貰っていいかな....?」
「さん....。」
「え?なんて?」
「ミカさん!それか様!これ絶対だから!じゃないと教えてあげないから!!」
感情の起伏が激しい。僕は胃もたれしそうになりながら、何とかミカに教えを乞うため、さんをつけることを決意する。
「ミカさん。教えてください...。」
「....。なんか思ってたのと違う。さっきのはこう...他人行儀だ。やっぱミカでいいよ。」
「めんどくさい女だねぇ〜!アンタは!そんなんで神様やっていけるのかい?!」
お母ちゃんの発言がミカにクリティカルヒットし、彼女は地面に伏せたまま動かなくなってしまった。
「うぅう.....。私が力の循環を手伝えばすぐに終わるから.....。だからめんどくさいって言わないで...。」




