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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
83/235

続・大縄迷宮(十)

 

 二時間のお説教と、三時間のかぐや甘やかしタイム。計五時間の休憩を終えて、僕はいよいよ第四階層へと差し迫っていた。


 しかし特異なことに、他のメンバーを全員三階層へと残らせ、今こうして僕だけが単身で四階層に向かっている。


 その理由は単に、優晏と刑部に止められたからだ。彼女らが言うには、まず迷宮の作りとして、四階層からは複数人の立ち入りが禁止されているのだとか。


 実際、試しに僕とかぐやで手を繋いで第四層へ向かおうとすると、僕らは謎の見えない壁のようなものに阻まれてしまった。


 どのような理屈でルールを具現化しているのかは皆目見当もつかないが、それでもルールが強制力を持っていることだけは確かだ。


 と言うことで、僕はまた迷宮で一人になってしまった。階段を下るにつれてひんやりと冷たい風が頬に当たり、僕の孤独をさらに煽る。


「待ちマシたよ。春水サマ。....どうしたんデスか、そんなに縮こまって?」


 第四階層へと出ると、そこには墓地が広がっていた。そんな中、ぽつんと死装束を羽織った半分骸骨の女の子が一人。


(こっっっっっっわ。え?めちゃめちゃ怖いんだけど。いや、戦うんだけどさ。だけどもし、こんなのが夜中に出てきたらと思うと...たまったもんじゃないな....。)


「もしかして、ビビっちゃってマス?噂と違って、随分腰抜けなんデスね。」


 シニカはケタケタと笑い、傍から見ても分かるように僕のことを挑発した。けれどその実、目線だけは決してこちらから離そうとしない。


 シニカのだらりと下げられた二本の腕にはノコギリが握られていて、いつでも攻勢に出られるようギラギラと鈍い光を放っている。


 僕はそれを見て相手が臨戦態勢であることを把握し、それに負けじと刀に手を当てる。


 少しの沈黙が流れ、何も起きないままの睨み合いが続いた。相手の手札が分からない以上、下手に先手を取るのは避けたい。であれば。


「白く、広がりしものよ。天より降り立ち、地を覆え。深く、深く。木の根を覆え。消えることなく、大地を満たせ。」


 長文詠唱。相手に先手を打たせ、そこから対応するためのテクニック。屋敷にいた時、ヤスがよく使っていたものだ。


 当然、シニカは詠唱を中断させるためにこちらに仕掛けざるを得ない。そこを、詠唱ではなくカウンターに集中していた僕が刈り取る。


 シニカの攻撃よりも先に、僕の方が素早く彼女の脇腹を居合で切り抜けた。ただやはり、予想通り手応えがまるでない。


「骨の間をすり抜けたか。なら次は、骨を切り落とす。」


「できるもんならやってみればいいデスよ。『片翼野衾(かたよくのぶすま)』」


 その瞬間、右半分の視界が急に暗転した。恐らく術式の効果なのだろうが、だとすればシニカの体の半分が骨であることに説明がつかない。


 こちらに考える暇さえ与えず、シニカは僕の右側へと回って攻撃を繰り出してくる。なんとか首を捻ってある程度の姿は視認したが、シニカの右手までは見ることが出来なかった。


 相手の全体像が確認できない以上、こちらは後方に回避するしかない。されど、そんなことは読めていると言わんばかりに、僕の左手に投擲されたであろうノコギリが突き刺さる。


「お供え物に、あげマスそれ。」


「要らない....よっ!!」


 苦痛の顔を歪ませながら、僕は突き刺さったノコギリを腕から引っ剥がした。そうして地面へと投げ捨てて、再利用されないよう丁寧に踏んで砕く。


「あ〜あ。使えなくなっちゃったじゃないデスか。弁償代は、命で構いマセんけどね?」


 どこまでも余裕綽々な態度を見せるシニカは、言葉の途中で再び僕の方に襲いかかってきた。片目の視界が効かない以上、地上戦は無理と判断して僕は翼を展開。空へと駆け上がる。


(このまま『魔纏狼(まてんろう)月蝕(つきはみ)』で絨毯爆撃し続ければなんとかなるか。向こうには遠距離手段が無いっぽいしな...。)


 光弾をとにかく力の限り用意し、ある程度の狙いを定めて辺りに撒き散らす。すると、驚くべくことにシニカは僕の放った光弾全てに食らいつき、避ければいいものまでを律儀にノコギリや体で受けた。


「ぐっ....!それは、ダメっ!!」


 回避出来るはずの光弾から、そもそも避ける必要性さえない撃ち漏らしまで。彼女はその全てを、身一つで対応する。


 それはまるで、何かを守っているかのようで。ここまで考えが至ってふと、僕はここが墓地であるということを思い出した。


 僕は翼をしまい、不利を承知で地面へと舞い降りる。そんな僕の行動に、シニカもまた驚いている様子だった。


「なんでわざわざ、降りてきたんデスか。あのまま撃ち続けてれば....良かったのデハ?」


「別に、飛ばなくたって勝てるから降りてきただけだよ。特に深い意味はない。」


「....そう、デスか。ではこちらも、これで貸し借り無しデス。」


 右目の暗転が終了し、再度視界に光が差し込む。片手でノコギリを構え、晴れやかな顔をしているシニカを見据えて、僕も少し笑って刀を向けた。


 スッキリした気持ちで地面を蹴り上げ、僕は全速でシニカに突きの構えをして突進していく。


 それをシニカは闘牛士のようにヒラリと躱し、僕の背中目掛けて上から大振りの一撃を放つ。


 そこで僕はもう一度、勢い良く翼を展開してシニカの手首を思いっきり翼で強打する。


「飛ばないとは言ったけど、翼を使わないなんて言ってないからね。」


 すると予想外の攻撃に手元を狂わせ、シニカはそのままノコギリを宙へ投げ捨てた。その好機を見逃す道理は無く、僕はシニカへ渾身の肘打ちを繰り出す。


「かはっ...!」


 そしてダメ押しに、僕は彼女の腹へ蹴りをねじ込んで吹き飛ばした。肉が無いせいで思ったより軽かったのか、シニカははるか遠くへと飛んで行く。


 彼女を追いかけてトドメを刺しても良かったのだが、僕はどうしてかその気にはなれなかった。


 シニカの目の奥には、確固とした決意みたいなものが光り輝いていた。負けたくない、どうしても勝ちたい、こんなところで死にたくない。


 僕にも覚えのある、そんな強い意志を。僕は真っ向から、完膚なきまでに叩き潰す。それこそが、僕にとってのシニカへの向き合い方だ。


(立ち上がってくるよな。うん、僕でもそうする。倒れられない理由があるんだろ?勝たなきゃいけないわけがあるんだろ?)


「大縄迷宮、第四層守護者....墓守のシニカ。みんなの墓標を守るタメ、みんなの想いを繋ぐタメ...!オマエを、殺す!」


「春水。ただの春水だ。僕にも守りたいものがある、悲しませたくない人がいる。だからシニカには殺されてやれないよ。どうしてもって言うんなら、来い!シニカ!」


 腕の骨が砕けたようで、シニカは口にノコギリを咥えて向かってくる。死に物狂いで、されどヤケクソではなく冷静に。確実に殺すための突撃を、鋭く放つ。


 立派な覚悟に見上げた闘志。だが、実力が伴わなければそれはなんの意味もない代物。こちらの首元へ吸い寄せられるように向かうノコギリを、僕は無感動に切り伏せた。


 パキンと快音を奏で、真っ二つに折れるノコギリを、シニカは見つめ続ける。敗北を告げる己が獲物を、ただじっと、燃えるように見る。


 膝から崩れ落ち、それでも尚必死に倒れ込むまいとするシニカは、斬首刑にかけられた囚人のように俯いた。


「終わりだよ、シニカ。君の願いは、ここで終わりだ。」


 刀を首筋へそっと押し当て、いつでも首を切り飛ばせる状態で僕はシニカに話しかけた。彼女の最期の思いを、聞き届けるために。

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