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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
76/235

続・大縄迷宮(五)

 

 右手にかぐや、左手に優晏。僕はさながら、子争いの大岡裁きのように二人から両方の腕を引っ張られていた。


「春水は私の夫なんですよ!?だから早く離してください!」


「はぁ?!なにそれ!あなたみたいになんの力もない人間が、春水を守れるの?」


 優晏の言葉にかぐやが力を弱め、僕は一気に優晏の方へと引き寄せられる。僕は現状、どうすればいいのか全く分からなかった。もちろんかぐやのことは好きだし、妻としても十二分に認めている。


 けれど、優晏もまた僕にとって大事な存在のひとつだ。僕は両者の諍いに口を挟むタイミングを見失い、何を言っていいかさえ見当もつかなかったため、ただなされるがまま状況を俯瞰していた。


「あなたはきっと、強い春水しか知らないのよ。だからそんなに、自分の弱さに無自覚でいられるの。」


 そう斬って捨てる優晏の物言いからは、冷たさとその裏に隠れた力強さが感じられる。おそらく優晏も僕と同様に、相当の修行を積んだのだろう。見るからに力が練り上げられている。十中八九、そんじょそこらのもののけでは相手にさえならないはずだ。


 優晏が僕を離し、つかつかとかぐやの元へ近寄っていく。そうしてかぐやの胸元へ人差し指を突き出して、覇気のある声で宣言を上げる。


「かかって来て。三対一でもいいわ。もし手も足も出ないようなら、春水のことは諦めて。」


「優晏...流石にそれは僕が呑めない。優晏たちもそうだけど、かぐやたちも大事な仲間なんだ。そんなみんなが争うところなんて...見たくないよ。自分勝手でごめん。」


 沈痛な面持ちで僕は言葉を絞り出し、ようやく二人の間に割って入ることが出来た。しかし、僕の言葉に優晏は納得していないようで。彼女は少し天を仰いだ後、再び新たな提案をした。


「......ごめんなさい、性急すぎたわ。じゃあこうしましょう。私は反撃しないから、三人で私にかすり傷ひとつでもつけれたら、私はあなたたちのことを認める。それでどう?」


 言いたいことが無いわけではなかったが、これでも大分譲歩してくれた方だ。僕は優晏に感謝しつつ、その提案を受け入れる。


 かぐやと花丸、それに織もこの条件に納得したようで、店で戦う訳にも行かず僕達は店外の廊下へと出ることにした。


 屋敷チームの三人が少し作戦会議の時間を取り、大まかな陣形を決める。内訳は前衛が花丸で、中衛が織。そうして若干離れた後衛にかぐやを置くと言った、極めて合理的な形を彼女らは取った。


 しかしその事に優晏は呆れたのか、ため息をついてかぐやを睨みつける。


「それじゃあうちが審判やるわぁ。ほな、始めちゃって〜。」


 刑部が試合開始の合図を告げた途端、花丸が即仕掛ける。『影狼送り(かげろうおくり)』を発動させて影を人型に整え、本体と影の二人で優晏へと迫った。


 攻撃タイミングは影の方が早く、影は爪を伸ばして優晏の首元へと襲いかかる。だが、優晏はそんな影に一瞥も送ることなく、ただ一息遅れて向かってくる花丸を見つめているだけだった。


 そうして影の爪が優晏に突き立てられそうになった瞬間、影はその動きを止めた。完全に静止した影は、その後すぐにパキッと音を立てて瓦解する。


「影が戻らない...!凍結ですかっ!!」


「そうよ。あなたは偉いわね。実力差が分かりきってても向かってくるんだもん。その勇ましさは褒めてあげる。」


 影を回収することさえ叶わず、ただ素手で向かっていった花丸が拳を放とうとするも優晏に軽く片手で止められてしまう。


 花丸が次手を打とうとするよりもずっと早く、優晏が凍結させた地面をスケートのように滑って花丸の背後を取り、首に氷のナイフを寸止めでそっと近づける。


「まずは一人ね。あなたも文句ないでしょ?」


「はい....。悔しいですが、完敗です。」


 目を細め、歯を食いしばった花丸が拳を握ってとぼとぼこちらへ歩いてきた。そして僕の隣まで歩を進め、申し訳なさそうに跪いた。


「私は、我が王の眷属失格です。いかなる処分でも受け入れましょう。ですがどうか、せめてお傍に.....置いていただけないでしょうか....。」


「全然!もちろんだよ。花丸も動きは別に悪くなかった。ただ単純に、優晏が強すぎるだけ。だからそんなに落ち込まないで。」


 無策で突撃するのではなく、小手調べの尖兵として影を使い、相手の術式を暴いてから本体で叩く。この策自体は、先鋒として非常に優秀な動きだ。


 それを鑑みても、優晏のスペックが段違いすぎる。特筆すべきはその技量。先程も花丸の背後を取る際、無駄に広く地面を凍結させるのでは無く、自分の足元に合わせて要所要所を細かく凍結させていた。


 正直に言って、僕が全力で戦っても勝てるかどうか分からないほどに、彼女は研鑽を積んでいた。細かな足運びから、術式の使い方まで。その全てに、彼女の過ごした五年間の努力が息づいている。


「かぐや。ちょっと離れててね。大丈夫!おねえちゃんが頑張ってくるから!」


 織がかぐやを後ろに下がらせ、自分は花丸の仇を取るため特攻する。しかしどうやらただの突撃でも無さそうで、織の右手は緋色の焔を纏い、チラチラと花弁を散らしていた。


「しゅんすいがあんまりにいっぱい使ってたから見て覚えたの!『焱立燈華(えんだちとうか)』!!」


「あ!!織やめて!!!!!!それ!!!!めっっっっっちゃ恥ずかしいから!!!!!!!!!!!!」


 僕が考案したオリジナル魔術を、おそらく花丸の突撃時に詠唱を済ませていた織は、容赦なく優晏の前でそれを披露した。例えるなら、ずっとひた隠しにしてきた好きな人への恋文を、本人の前で朗読された時の気分だろうか。


 僕は顔を真っ赤にして硬直し、その場に倒れ込んでしまった。そんな僕をつんつんと刑部がつつき、本当に楽しそうな顔で虐めてくる。


「なぁ、ご主人様?あれ、優晏ちゃんの術式っぽいなぁ?なんでやろなぁ???」


「ハイ......。タニンノ.....ソラニ.......。デス。」


「やっぱ寂しかったんやなぁ〜!うちも寂しかったよぉ〜!ほら、こっち見てやぁ〜。優晏ちゃんも、ご主人様に劣らず顔真っ赤っかになっとるよぉ。」


 のたうち回りながら、僕はチラッと片目で優晏の方に視線をやる。すると一瞬、互いの目が合ってしまった。僕はすぐさま身を翻し、端っこで蹲りながら顔を手で覆ってその隙間から試合を見届ける。


 織が自信満々にも『焱立燈華(えんだちとうか)』を振り回そうとしたが、それを優晏は焔よりも赤い耳のまま熱を奪って受け止める。


 優晏の術式を知る由もない織が見れば、彼女の術式は氷を操るものに見えたのだろう。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、織は優晏の氷ナイフが眉間に寸止めされるのを見続けた。


「あの....。織...ちゃん?春水ってその技、どのぐらい使ってたの?」


「週に五回は使ってた!任務がない日もね、修行だ〜って言って使ってたよ!」


「ふっ....。ふぅ〜ん...?そうなんだ。そう....なんだ....。」


 モジモジとなんだか言葉に詰まっていた優晏は、ブンブンと頭を振って雑念を放り出し、最後の一人に向かって冷たい表情を向けた。


 かぐやはそれに怯え、後ろへ後ずさりしようとして尻もちをつく。無理もない。今の優晏が醸し出している雰囲気は、僕が今までに見たことがないほど冷え切っている。


 それは先程まで優晏と歓談していた織が全速力でこちらに逃げてくるレベルのもので、僕でさえ一瞬優晏の表情に気圧されてしまった。


「あなたはやっぱりダメ。あなたが春水の隣に立つことは、私が許さない。」

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