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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
74/235

続・大縄迷宮(三)

 

 試合を終え、意識を失ったヒッキョーたちの山を眺めながら僕らは次の階層へと向かった。途中、VIP室を通った時に休んでいこうかなんて話も出たが、そこまで疲労もしていなかったのでそのまま直進。


 案内役のヒッキョーをボコボコにしたせいで記憶を頼りに降りることにはなったが、それでも何とか第二階層へと辿り着くことが出来た。


 第二階層の扉を前に、僕は『不動(ふどう)煉獄迦楼羅炎(れんごくかくらえん)』を発動して扉を焼き払う。


 前回は扉を開けた瞬間術式が発動し、そのまま意識を失ってしまった。それと同じ轍は踏むまいと、対策を講じて扉の奥へと目をやる。


「あら♡随分と手荒いノックなのね、春水チャン♡」


 湿っぽい部屋に、ぽつんと一人のオカマが堂々とした佇まいで立っていた。その姿はどこか雲海を想起させる雰囲気を醸し出していて、僕はなんとなく一歩後ずさりをしてしまう。


「花丸、援護をお願い。織とかぐやは下がって。」


魔纏狼(まてんろう)纏身憑夜鬽(てんしんつくよみ)(あらため)』を起動。全身を金色の具足に包み、花丸を僕の右側に配置する。


「我が王、私の術式は如何様になさいますか?」


「基本は後ろ二人の防御。僕の火力で足りなそうなら、少しだけ頼むかも。」


「御意のままに。『影狼送り(かげろうおくり)』」


 墨汁をぼたりと垂らしたような、黒い塊が花丸の周囲に三つほど浮かび上がる。それら三つが蠢き、そのうちのひとつがゆっくりと形を変えて、人のような姿となった。


『影狼送り』は自らの影を材料とし、質量を与えた影を自由自在に変形させられる術式。もちろん、自分の影以上の体積のものは作れないという制約はあれど、そこの点にさえ気をつければある程度の自由は利く。


 花丸が生み出した影人形に影で作った短剣と盾を持たせ、花丸と二人で後方の護衛を任せる。一方僕は刀を抜き、こちらを興味深そうに眺めるオカマへと構えた。


「ふぅん。春水チャン、中々強いのね。立ち姿だけで分かるわぁ♡これなら、お姉様が負けたのも納得♡」


 オカマは腰から異様なオーラを放つ蛇腹剣を取り出し、だらりとぶら下げて舌なめずりをした。その姿はやはり、僕の脳内に強くこびりついているあの雲海を思い出させる。


「お姉様...?雲海の敵討ちってわけか?」


 僕の言葉を聞いて、オカマはほんの少しだけ目を伏せた。その瞳はどこか潤みを帯びていて。懐かしむような、悲しむような口調でオカマは天を仰ぎ、それから言葉を紡いだ。


「お姉様....。雲海お姉様は、可哀想な人なの。だから春水チャンがお姉様を殺したことも、恨んじゃいないわ。むしろ、感謝すらしてる。」


 コツコツとハイヒールを鳴らして体をくねらせ、オカマはこちらに擦り寄ってくる。その姿からは攻撃の意思が全く感じられなかったのだが、それでも不意打ちに備えて最小限の警戒は切らさずに保つ。


 そうしてオカマは拳の届く位置まで近寄り、僕の肩にそっと優しく手を置いた。なんだか首筋がゾワゾワしたが、重要そうな話をしているのでとりあえず我慢して聞き続ける。


「お姉様もね、昔はいい人だったのよ。姉御肌で、厳しかったけれど、その裏にはいつも思いやりみたいなものがあったわ。でもね、そんな優しかったお姉様は。あの男に殺されてしまった。」


「あの男....?」


「脳を、破壊されたの。」


 それからオカマの口からつらつらと語られたのは、壮大な雲海の恋愛エピソードだった。とてつもなく長かったので、三行に要約するとこうだ。


 雲海には人生を捧げた彼氏がいた。

 その彼氏があっけなく寝盗られた。

 そのせいで人格が壊れ、寝取り性癖に目覚めた。


 オカマは涙を宙に飛び散らし、僕から離れて最初にいた位置へと踵を返した。そうして手に持っている蛇腹剣を構え、雰囲気が一気に緊迫したものへと移り変わる。


「でもそれとこれとは別よね♡感謝はしてるけど、アタシも一応階層守護者。刑部と優晏チャンに恨まれるかもだけど...全力でイかせて貰うわねん♡♡♡【高鳴れ】『怒気怒気羅武羅武(ドキドキラブラブ)』」


「なっ?!」


 オカマの言葉に動揺し、一瞬対応が遅れたせいで防御が甘くなる。それでも何とか、全ての刃を刀で受け止めて相手の攻撃を凌いだ。


「あっはん♡ダメよぉ♡アタシの攻撃を受けちゃ♡恋の衝動に武器が耐えられないもの〜♡♡」


 刹那、刀が内側から破裂し刀身が辺りに弾け飛んだ。そんな状況に僕が驚いている間にも、オカマは追撃を止めずに襲いかかってくる。


(一撃で攻撃対象を破壊?!いや、絶対何かカラクリがあるはず...。ひとまずは回避っ!!)


 振り下ろされる袈裟斬りに対し、躰道の卍蹴りを繰り出すことで回避と攻撃を両立させる。しかし相手も中々手練。こちらの攻撃が届くすんでのところで後方へ引き返し、再度距離を取って攻撃を開始してくる。


「花丸!!アレ!!」


「言葉が足りませんよ、全く....。まあいいです。中距離の相手にはこれですよね、我が王。」


 花丸が影人形を解除し、その影を再利用して新たな形を作り出す。最終的に影はハルバードの形を成し、花丸はそれをこちらの足元へと投擲した。


 長物でありながら、武器の切っ先に大きな斧が着いているハルバードは、その偏った重心により絶大な火力を生み出すことを可能としている。


 相手が中距離を得意とする手合いならば、相手よりも長い射程で高い火力を出せれば完封できるはずだ。


「春水チャンって、もしかしておバカさん?そんな長物、『怒気怒気羅武羅武』に壊してくださいって言ってるようなものじゃな〜い♡」


 大量の火花を散らし、ハルバードと蛇腹剣が接触する。当然ハルバードは破裂し、墨汁の如き影が爆発。オカマはそれを見て得意げにニヤリと笑ったが、既に相手はこちらの術中だ。


 花丸の影はいくら細かく割かれようが消滅することなく、最終的に花丸の元へ戻ってくるようにできている。それはどこまで行ってもこの墨汁が花丸の制御下にあるということを示しており、爆発した今現在も例外では無い。


 蛇腹剣を完全に振りかぶった後隙を利用し、一気に相手へと距離を詰める。そうして、飛び散った影から花丸が宙に生成した片手剣を取り、そのままオカマの右腕へと斬りかかった。


 斬り飛ばされた右腕がぼとりと地面に落ち、それでもなお、残る左手で落ちた蛇腹剣を拾おうとするオカマの手を僕は踏みつける。


「投降するなら、殺しはしない。刑部と優晏の友達なら、やっぱり殺したくないから。」


「.....はっ!優しいわね。その甘さ、嫌いじゃないわよ。だけどね、こっちも誇り持って守護者やってんの!!!ここで下がっちゃ、大縄様に義理が立たないでしょうが!!!」


 覚悟を決めた、戦士の目だった。決して死にゆくものの哀れな目ではなく、その瞳には力強い光が確かに宿っている。


 僕は遠慮なく、オカマの顔面を蹴り飛ばして武器を奪った。蛇腹剣は得意では無いので、ひとまず奪い返されないよう後方にいる花丸たちへ預かってもらう。


 そうして土埃の立つ方へと向かい直り、立ち向かってくるという確信を持って僕はひとつオカマに尋ねた。


「あなた、名前は?」


「海峡....。雲海お姉様の妹分にして、進むべき道を!義理人情を教わった...ただ一人の(おとこ)!守護者の誇りにかけて!ここは決して通さない!!来い!!春水!!」


 歯を食いしばり、血を吹き出しながらも気高く立ち向かってくる海峡。僕はそれを、断腸の思いで殺す覚悟を決め、片手剣を強く握り直した。


怒気怒気羅武羅武(ドキドキラブラブ)』の効果は二つあります。


一つ目は触れた相手への心拍強制上昇。これにより攻撃を受けた対象は心拍が格段に跳ね上がり、最終的に心臓が破裂します。


二つ目は心拍という概念の付与。触れた対象が無機物であったとしても、それに心拍があるという概念を付与することで無理やり能力の対象内に引きずり込む。


仮に『怒気怒気羅武羅武(ドキドキラブラブ)』が人体に当たったとしても、よっぽど心臓が弱くなければ一度で破裂はしません。無機物はその体積により効果が変動するため、極端に大きいものだと一度では破壊しきれない場合があります。


この魅孕は雲海の元カレ (もののけ)を殺してその骨から作り上げた武器です。


心は忘れてしまったとしても、体はその恋を忘れない。呪いのような想いの残滓が、その骨身に力を与えるのだ。

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