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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
73/235

続・大縄迷宮(二)

 

「あの男が!!!戻ってきた!!!!!!稀代のニュービー!五年前、チャンプを下した弱冠の天才!!!禍つ凶星、春水いいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」


 室内が揺れるほどの大歓声が沸き上がり、僕の名前を叫ぶコールが巻き起こる。かぐやたちはそれに理解が追いつかず、キョトンとした表情のまま、リングへと進む僕の後ろに着いてきた。


 すると途中で見覚えのあるネズミの男、ヒッキョー・マウスが声をかけてきた。彼は僕の持っていた刀を受け取り、かぐや達を席に案内する。


「あの....ここは一体...?」


「いいからいいから!嬢ちゃんたちはここに座っといてくれや。にしても、マジに待ったぜ兄弟!チャンプはまだ帰ってねえが....早く脱いでこっち来いよ、もうやりたくてうずうずしてんだ。」


 案内を終えて一足先にリングへと立ったヒッキョーが、審判の服を脱ぎ捨てその引き締まった肉体を余すことなく周囲に見せびらかした。


「久しぶりの試合だ!!!!!すぐに終わらせんじゃねえぞ!!!クソネズミ!!!」


「春水!!!!!!五年前からおめえのファンなんだ!!魅せてくれよぉ!!!!!!」


「がんばれ〜!!しゅんすいがんばれ〜!!」


「早く始めろ!!!!もう待ちきれねぇって!!!!」


 多種多様な声援が送られる中、僕は上着を脱ぎ捨ててリングへとロープをくぐる。ただでさえ眩しいくらいのスポットライトがギラギラと明かりを増し、観客は今か今かとゴングの瞬間を待っている。


 術式の使用不可。魔術の使用不可。己の拳だけを頼りに突き進んできた漢たちのオアシスが、ここにはある。


 ステゴロはいい。相手と拳で語り合えるほか、何より研鑽がそのまま重みとなる。積み重ねた筋肉こそが速度と威力を上げ、自分に向き合う真摯さが強さへと繋がるのだ。


 そうしてゴングが鳴り響いた瞬間、僕はもう走り出していた。ヒッキョーはすかさず腕を正面にクロスしガードの姿勢を取ったが、そんなことは気にせずガードの上から右ストレートをお見舞する。


 するとヒッキョーは後方のロープまで凄まじい速さで飛び、ロープの反動で再びこちらへと飛び帰ってきた。


 ガードをしていてもヒッキョー本体が拳の威力に耐えられなかったのか、だらんと無防備に投げ出される体はあまりにも隙だらけ。


 僕は飛んできたヒッキョーに、無慈悲なラリアットを喰らわせてその勢いを止める。数十秒にも満たない、そんな僅かなやり取りでヒッキョーは意識を失い、観客は大盛り上がりを見せた。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」」」」」


「おい!なんだよ今の!!威力はチャンプと張るんじゃねえか???」


「ガードの上からぶちかますって...。最高かよ春水!!!っっくぅ〜!イカすぜ全くよ!」


「どうです?我が王はすごいでしょう?えっへん。」


「なんでアンタが誇らしげなんだよ...。だが、まだヒッキョーも負けてねぇんだな。これが。」


 僕はなんだか、肩透かしを食らったような気持ちだった。もちろん、自分が強くなったのは嬉しいし、第一層をすんなり突破できて順調に事は進んでいる。


 だが、やはりどうしてもあの時程の高揚はない。どこまでも退屈なワンサイドゲームでは、拳の語り合いや漢の決闘など微塵も感じられなかった。


 溜息をつき、ロープの端っこに掛けていた上着に手をかけようとしたその時。背中側から、拳が素早く動く風切音が鳴った。


 音に反応し、反射のごとく後方から迫り来る拳を屈んで回避。すぐさま体を起き上がらせて伸びている腕を掴み、一本背負いでロープを束ねている隅の支点に思いっきり叩きつける。


「かはっ?!」


 僕を後ろから強襲したのは、当然ヒッキョーだった。あの気絶状態から不意打ちを繰り出す根性には目を見張るものがあるが、所詮それもこの程度。


 完全にノビてしまったヒッキョーを優しくリングに寝かせようと、ヒッキョーを支点から下ろしてリング中央へ視線を移す。


 すると、リング中央には既にヒッキョーが先程の状態のまま寝ていた。僕はそれに驚愕し、今自分が抱えているヒッキョーへと目をやる。


(どういうことだ....?ヒッキョーが二人?)


「何が起きてんのか分からねぇってツラだな兄弟。まあ、無理もねぇか。」


 突然、リングの外からわらわらとヒッキョーの群れが姿を現した。パッと見ただけで軽く五十匹はいるヒッキョーたちは、それぞれ同じ顔を携えてリングへと上がってくる。


「「「「「俺たちは百人兄弟なのさ。だから俺を倒したけりゃ、あと九十八匹倒さなきゃならねぇってわけよ。」」」」」


 僕は抱えていたヒッキョーをリング外にいたヒッキョーに手渡し、波のように迫り来るヒッキョーたちへと拳を向かわせた。


 まずは勢い余って特攻してきた二匹を軽く足払いで転倒させ、押し寄せる怒涛の勢いを少しでも軽減させるための障害物として機能させる。


 前方の二匹に足を取られて転んだ数匹を蹴り飛ばし、残ったヒッキョーたちを真っ当に正面から打ち破る。いかんせん数が多く、一撃で意識を刈り取れなければすぐに包囲されて物量に押されるだろう。


 脳震盪を引き起こすために顎狙いを徹底し、それが出来ないのであれば機動力を削ぐため足を砕く。そうやってヒッキョーたちを半数ほど減らすことが出来たが、結局数の暴力には勝てず僕は包囲されてしまった。


「文字通り、袋のネズミってやつかい兄弟?」


「それを言うならネズミがフクロじゃねえか?」


「違いねぇ。半分もやられるとは思ってなかったが、囲んじまえばあとは袋叩きにするだけ。観念しな兄弟、お前はチャンプの器じゃねえのさ。」


 ジリジリと距離が寄せられ、僕はリングの真ん中へと追い詰められてしまう。しかし、どうしてか僕は不思議と気分が良かった。


 受けたダメージは無し。息も特に上がっていない。そして、まだ僕はこの戦いを楽しめている。囲んだ程度でいい気になっているヒッキョーたちへと獰猛に口角を上げ、五年の日々を拳へと乗せる。


「この程度、何度だって乗り越えてきたさ。袋叩き?やってみろよ、ヒッキョー・マウス。」


「....!!ぐっ....!な、舐めるなぁあああああああああ!!!!!!!」


 ヒッキョーたちは僕の剣幕に一瞬押されたが、すぐさま勢いを取り戻して、こちらの挑発に乗り袋叩きを実行しようと向かってくる。


 深く呼吸を置き、静かに目を凝らす。一糸乱れぬ波状攻撃とはいえ、これだけの数だ。完璧にタイミングを合わせられるわけが無い。


 コンマ一秒のズレ。たった刹那の出遅れを、僕は決して見逃さなかった。


(右斜めのヒッキョー。ほんの僅かだが、ほかのヒッキョーよりも動きが鈍い。だったら!)


 後方のヒッキョーからがっしりと羽交い締めを受け、上半身の動きを封じられる。それでも下半身は十分動くので、後ろのヒッキョーに足を掛けて重心を崩す。


 それから崩れた重心を制御してくるっと百八十度回転し、前方からの攻撃をあらかた僕を羽交い締めしていたヒッキョーに肩代わりさせる。


 そうして緩んだ羽交い締めから抜け出し、一瞬タイミングが遅れていたヒッキョーの攻撃をカウンター。後ろによろめいたそいつの体を掴み、そのまま突撃のための壁として転用することで包囲網を突破した。


 一度包囲を抜ければ、待っているのは混沌。数が多い事がメリットになるのは、開けた場所があってこそ。狭いリングの上を埋めつくしてしまう彼らでは、僕を攻撃するために仲間への被弾は避けられない。


 一方僕は、適当に殴り続けるだけで誰かには当たる。そうやって回避と攻撃を続けて効率よくヒッキョーたちを減らしていき、ついにその数は一匹にまでなってしまった。


「マジかよ....。本当は百二十匹いたのに....。嘘だろオイ....。」


「そういうところだよっ!走り込みからやり直せ!!!」


 見事なストレートが最後のヒッキョーの頬を襲い、ヒッキョーははるか客席へと吹き飛んで行った。


「ホームラン!!!ホームラン!!!春水サイコー!!!!!!」


「あのクソネズミ....。また増えてたのかよ、俺らまで騙されたぜ。」


「囲まれた時はどうなるかと...。でも、無事に勝てて良かったです。」


 試合終了のゴングが猛々しく叫び、僕の第一階層突破を告げる。無傷の体に確かな成長を覚えながら、僕は昔を思い出すようにゆっくりとリングを降りたのだった。

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