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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
72/235

続・大縄迷宮(一)

 

 長かった帰路も終わり、僕らはとうとう常陸国に帰ってくることが出来た。とは言っても、僕だけはちょくちょく実家に帰っていたので、せいぜい約一年ぶりの帰省だ。


 雑木林を抜け、見覚えのある庭へと出る。そこには懐かしい木の匂いと、古ぼけた炉のある離れがあった。それらを一通り見て感傷に浸った後、僕はみんなを連れて実家の扉をコンコンと叩いた。


「ただいま。帰ったよ、母さん。」


「あら、おかえり春!その方々は....?お知り合い?」


 扉はすぐに開き、中からおたまを携え、割烹着を着た母がいそいそとやってきた。母は僕以外の三人を見て戸惑いつつも、やっぱり息子の帰りを喜んでいたようだった。


「お兄ちゃん...。久しぶり。」


 母の後ろから、もじもじ恥ずかしそうに雨音が顔を出す。久しぶりで僕に慣れないのか、それとも初めて見る人達に人見知りしているのか。どちらにせよ、雨音はすぐに家の奥へと去ってしまった。


「春水の妻の、かぐやと申します。以後よろしくお願いしますね、お義母さま。」


 突然かぐやが僕の腕に両手を絡め、頭をこちらに預けて話し出す。そんなかぐやの急な発言に母は一瞬呆気を取られ、そのまま動きを止めた。そうしてしばらく静止し続け、ようやく状況を飲み込めたのか、母はニコニコと笑みを浮かべて僕らを家の中へ手招いた。


「あらあら、まあまあ。春?あなたこんな綺麗なお嫁さんを貰ったのねぇ。お母さん、鼻が高いわぁ。ほら、どうぞ皆さまも入って入って。」


 僕はむず痒い心地で母に着いていき、居間へと足を向かわせる。僕の後ろにはかぐやと織、それにいつの間にか人の姿になっていた花丸が着いてきていた。


「我が王の家に来るのはこれで二度目ですね。あの頃は私もまだまだ、ただの犬っころでしたから。」


「私は初めてです...。夫の家に初めて訪れるというのは...やっぱり、少し緊張しますね。」


 胸を抑える仕草をしたかぐやが、上品に畳へと腰を下ろす。そんな動作を見た母が、何を思ったのか僕にこっそりと耳打ちで声をかけてきた。


「あの子。すっごく身分の高い方なんじゃないの...?気品みたいなものがすごいわ。春、失礼のないようにしなさいね。」


「....帝とその中宮の子らしいよ。」


 僕がイタズラ半分でそう答えると、母は有り得ないほど引き攣った笑顔を貼り付けながら、僕らに超高速でお茶を差し出す。


「もう!春水ったら。お義母さんも、そんなにかしこまらないでください。そのような大層な身分では、決してありませんから。」


 プクッと頬を膨らませ、かぐやが僕のほっぺをつねる。そんなやり取りを見て母も緊張がほぐれたようで、再び僕のよく知る母へと態度を戻した。


 それから、僕は母に今まで歩んできた僕の軌跡の話を語った。それは、今まであまり触れ合うことの出来なかった五年間を埋めるようで。僕は随分と長い間、とくとくと自分語りを話し込んでしまった。


 それを母は少しも嫌な顔せず、むしろ楽しそうに聞いている。途中で雨音も気になったのか話に混じってきて、僕が全てを語り終える頃にはもうすっかり日が暮れてしまっていた。


「あら、もうこんな時間。織ちゃんと花丸さんはもののけ....。なんでしたよね。好き嫌いとか、無いかしら?」


「はい、なんでも食べれます。」


「わたしも〜!」


 母はこれが普通のことだと言わんばかりに、台所へと発った。花丸と織がもののけだという事実を知って尚、母は彼女らを僕の客人として受け入れてくれている。


 通常、もののけは人から恐れられるものだ。実情としては人を襲うもののけなど少数派で、人を喰うものなどそれこそ鬼くらいしかいない。


 しかし、悪質な少数派とは得てして目立つもの。現在の倭国では、もののけは人を襲い、喰らい、そうして殺す。非常に恐ろしい生き物として人間から周知されてしまっている。


 はるか昔はそうでもなかったらしいが、今ではそんな偏見が蔓延り、もののけを見たら即殺害なんて御触れを出している国もあるぐらいだ。


 それほどまでに、人ともののけの対立は激しい。だからこそ、こうして母とみんなで和気藹々と過ごせている事実が、何よりも嬉しかった。


 一方、雨音はやっぱりまだ織や花丸が怖いみたいで、ずっとかぐやの隣にちょこんと座っている。かぐやは雨音に懐かれたのが満更でもないのか、雨音に膝枕をして頭をポンポン撫でている。


(あれ....?雨音、なんか僕よりかぐやの方に懐いてない?え?僕お兄ちゃんなのに?)


 兄の威信にかけて、僕はかぐやに負ける訳にはいかない。そう思い、僕も雨音の頭を撫でようと手を近づけたところ、なんと雨音自らの手によって僕の手がはたかれてしまった。


「お兄ちゃんの手ゴツゴツしてるから嫌!かぐやさんがいい!」


「???????????」


 普通にショックだった。その後も、雨音の言葉がフラッシュバックしたせいでどこか上の空なまま夕食を終え、僕は寝込むように布団へと入った。


 客間には三人、僕と織と花丸。寝室には母と雨音、それにかぐや。部屋の大きさと人数の関係上、こう分けざるを得なかったのだが、僕は本当に。本当の本当に少しだけ、納得がいかなかった。


「しゅんすい...。かわいそう......。」


「我が王、ああいう時期は誰にでもあります。きっと恥ずかしいのですよ。」


「そうかなぁ.....。そうだと、いいなぁ.............。」


 僕は沈むように、深い眠りへと落ちていった。なんだか枕が少し湿っていたような気がしたが、きっとそれは気のせいだろう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「もう少し、ゆっくりしていってもいいんじゃない?まだ丸一日もだってないじゃない。」


「すぐに帰ってくるから大丈夫。それじゃあ!行ってきます!!」


 次の日の朝、僕は早々と準備を終わらせて家を発とうとした。すると雨音がツンと僕の袖を引き、上目遣いで僕に何かを言おうと口をもごもごさせている。


 そんな雨音を見兼ねたのか。かぐやが雨音の背中を押して、優しく僕の方へと突き出してくる。


「おっ....お兄ちゃん.....。行って....らっしゃい。」


「ふふ。ちゃんと言えたじゃないですか。偉いですよ、雨音ちゃん。」


 僕はこの時、心の底からほっと安堵のため息が出たのを感じた。五年も家を開けていたのだ。妹から嫌われていても仕方がない。むしろ忘れられていないだけありがたいとさえ思っていた。


 実際は、雨音は僕のことをちゃんと覚えていたし、嫌ってなどいなかった。久しぶりに会った兄に、どう接していいかきっと分からなかったんだろう。


 僕は内心の安堵を悟られぬよう、少しばかりの見栄を張って雨音の頭を撫でようと再び手を伸ばす。


「もう子供じゃないから....。そういうのいい。」


 今度ははたかれなかったものの、雨音は難しい顔をしてこっちを見た。あんまり長く撫で続けると嫌がられそうだったので、短めに切り上げて僕は狼形態の花丸の背に飛び乗る。


 振り返ることも無くただ一点だけを見つめ、僕は雪辱を晴らすためにあの場所へと全速で向かった。林を抜け、海を通り。そうして辿り着いたのは、酷く魘された夢にいつも出てくる洞窟。


 そんな洞窟の中に入って、花丸から降り薄暗い道を自分の足で一歩進む度に動悸が早くなる。脚や腕が震えだし、トラウマがフラッシュバックした。


「我が王、震えてますよ。今ならまだ、引き返せますが。」


 怖い。また失うのかもしれない。まだ力が足りず、あの日の夜みたいに地面に転がされるのかもしれない。震えた右手首には、僕を強く縛り付けるしめ縄が未だきつく結ばれている。


 だから、尚のこと立ち向かわなきゃいけない。今ここで進まなきゃ、僕はもう前には進めない。僕のこの五年は、決して無駄ではなかったとそう白い蛇に叩きつけるために。


 震えはもうない。確かな覚悟と思いを胸に、僕は白亜の扉のドアノブに手をかけ、そうして奥へと一歩を踏み出した。


「さぁ行こう!リベンジマッチだ!」


 試合のゴングが、鳴り響く。

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