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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
青年編
68/235

破戒僧、死をも恐れず

 

 自信満々にバチを振り回し、こちらを見据えている道鏡を見て、僕はつい思わず頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまった。


「え?道鏡さんって戦えたんですか?」


「ん〜!これまた手厳しい...。春水どの、せっかく拙僧が作りあげた雰囲気が台無しでは無いですか。まあ、表舞台に名が売れるような活躍はしておりませんゆえ、その疑問は至極真っ当なものなのですがね?」


 さっきまでとは打って変わって、道鏡はいつものような薄ら笑いに表情を戻した。しかし、依然その殺気は保ったまま静かにこちらへ擦り寄ってくる。


「春水どの、見知った者同士とは言え、ここは戦場です。気を抜けば死ぬ。それをどうか、お忘れなきよう。【弔え】『木魚砕き』」


 不意打ちのバチがこちらへ縦に振り下ろされる。それを右に回避し、そのまま道鏡の横頬をぶん殴る。一応手加減はしたのだが、それでも道鏡ははるか遠くへ吹っ飛んでいってしまった。


「あ、ごめん!やりすぎた....かもっ!?」


 砂埃が落ち着きその中から姿を現したのは、なんと無傷の道鏡だった。道鏡はコキコキと首を捻り、まるで何事も無かったかのようにニヤニヤとこちらを見ている。


「御安心を。拙僧、生涯無敗、万夫不当の最強僧兵ですので。あの綱どのにだって、負けたことがないんですよ。」


 その言葉に驚愕し、警戒のレベルを一気に引き上げる。道鏡が一体何を目論んで僕をここに誘ったのかは知らないが、そもそもここに休憩するという情報を教えてくれたもの道鏡だ。


 なのでおそらくは道鏡もかぐやの扱いに思うところがあり、僕がかぐやと会うための手伝いをしてくれるものかと思っていたが、今の状況から察するにどうやらそれだけでは無いらしい。


「何が目的なんですか?見たところ、城の護衛を下がらせたのも道鏡さんだ。なのに僕の前に立ちはだかるって、本当に意味がわからないです。」


「目的....ですか。そうですねぇ。強いて言うなら、試してみたくなったのですよ。あなたという、次代を担う神が、かぐや様を救えるのかを。」


 完全には理解しきれていないが、何となく要領は得た。何も難しく考えることなどない。つまり道鏡を倒さなければ、かぐやを救いに行くことが出来ないという事だ。ひとまず、これさえ分かっていれば後はどうでもいい。


「人の業は深い。自らの利益のために他者を犠牲にすることになんの躊躇いも持たず、それ故に仄暗い影が誰しもに差す。そんな影に塗れ、囚われてきた。奪われ続けてきた少女を、それでも救いたいと宣うのであれば。拙僧、全力で潰します。」


 先程までとは速さも鋭さも比べ物にならない突きが、こちらを強襲する。僕は身を捩って回避しようと試みたが、ギリギリのところで間に合わずに一撃を腹部に貰ってしまった。


 しかし、その刺突はポクという木魚を叩いたような間抜けな音を上げただけに終わり、攻撃を貰ったはずの僕には一切のダメージが無かった。


(明らかにおかしい。攻撃音がバカみたいなのはそうだけど、それ以上にダメージが全くないのが不気味だ。....何かあるな。)


 道鏡の持っているバチは魅孕だ。その能力が分からない以上、ノーダメージだからといって攻撃を貰いすぎるのは得策じゃない。


(慢心は無い。目指すは武器の破壊だ、道鏡と言えど流石に純人間。その後のことはスペック差でどうとでもなる。)


 刀を抜き、まずは速さで翻弄する。攻撃の発射地点を予測させないように道鏡の周りを円を描いて走り、目で追いきれなくなった隙を突く。


 道鏡はピクリとも動かない。目で追えていないのか、そもそも最初から追う気などないのか。僕はこの好機を逃すまいと、道鏡がバチを持っている右腕を肩から切り落とさんと刀を走らせる。


 道鏡程の回復術の使い手であれば、綺麗にスパッと切り落とした傷なら後から接合することは難しくないはずだ。そんな打算も含めて、僕は全力で道鏡の腕を完全に切断した。はずだった。


「すり抜けっ.....!」


 斬ったはずの腕でバチを操り、僕は再び道鏡からの攻撃をもろに喰らった。依然、ダメージは無く。ポクと音を鳴らすだけだったが、僕の脳内は一気に疑問で埋め尽くされた。


「密教の教えのひとつなのですがね。魔術でもなければ、術式でもない。丁度その中間あたりに籍を置くのが、拙僧の誇る『法術』なのですよ。」


「攻撃のすり抜け...!そんな大層な虎の子を隠してたって訳か!」


「違いますよ。拙僧の法術、『阿頼耶識法術(あらやしきほうじゅつ)』の能力はあくまで傷の治癒にすぎません。」


 詠唱無し、発動条件もおそらく無し。そんな破格の条件で、道鏡は腕が切り落とされる前に切断面を癒して接合するといった反則的な回復術を使用しているというのだ。


(受けた傷に対する完全オート治癒?しかもあのレベルの?もしそうなら確実に人間を辞めてる。それこそ僕と同じような神の力の領域だ。)


「いやぁ、この術を得るのには相当苦労しましたよ。密教の山篭りは辛い辛い。春水どのにも心当たりくらいあるでしょう?あなたも使ってはどうです、拙僧のとは似て非なるものではありますが。六神通。ひとつくらいは使えるのでしょう?」


「全て、お見通しってわけですか。」


 山伏や修験道を会得した僧侶が、山や森に一生をかけて籠ることで常人的な力をひとつ得れるという。その力には六つの種類があり、これら全てを総称して六神通と呼ばれている。


 そのうちのひとつ、神足通(じんそくつう)を前世での暮らしによって僕は会得していた。この神足通の能力は鷹の翼を生やすというシンプルなもので、僕はこれのおかげで大空を舞い、自由に駆けることが出来る。


 しかし、それがこの場においてなんの意味を持つのだろうか。仮にこれで天守まで逃げたとしても、追われて元の盤面に戻されるだけだ。何の戦術的アドバンデージもない術だが、どうやら道鏡はこれを警戒しているようだ。ならば、これを利用しない手はない。


「僕が使えるのは未来を見れる天眼通(てんげんつう)ですよ。道鏡さんがこの後、僕に倒される未来が見えます。」


「........。ほう。それはそれは、ではどうやって拙僧は倒されるのですかな?」


「こうやってですよ!!!!『不動(ふどう)煉獄迦楼羅炎(れんごくかるらえん)』」


 燃え盛る焔を道鏡へと向かって放ち、視界を焔で覆い尽くす。当然道鏡はこれを警戒し、受け切れるはずだった焔を嫌って上空へと回避した。


 この時点で、僕は『魔纏狼(まてんろう)』の更に発展した能力、『魔纏狼(まてんろう)月蝕(つきはみ)』を用いて光の玉を三発練り、一発を地面に、もう二発を道鏡へと投げつけた。


 それと同時に翼を展開、宙で身動きが取れなくなった道鏡を飛んで追い抜かし、地面へとたたき落とす。光の玉をもろに浴び、その上たたき落とされた道鏡はそれなりにダメージを負っていた。だが、そんなものはすぐに回復されてしまうだろう。


「ぐっ...。無駄ですよ。いくら攻撃したところで、拙僧には効きません。ほら、こうして勝手に治ってしまいますから。」


 地面に落ち、バチを支えに立ち上がった道鏡が空に居るこちらを見上げた。こちらの所有している六神通が天眼通ではなく神足通だと理解し、先程までのはブラフだったと気が緩んだ。この瞬間。


 四年間を一緒に過ごし、僕の基本的な能力は全て道鏡に知られてしまっている。しかし、道鏡が屋敷に来るまでのことは当然、彼は知らない。


 だったら、まだ屋敷に道鏡がいなかった頃。僕が初めて『魔纏狼(まてんろう)』を使った時に暴走したことは、知らないんじゃないか。


 はっきり言って、あの暴走形態は未だ使いこなすに至っていない。しかし、あの時使っていた技の感覚を思い出し、何とか再現することはできるはずだ。


「『魔纏狼(まてんろう)月蝕(つきはみ)』、即席で作った技にしては、結構上手く行ったんじゃないですか?」


 地面に投げた光弾の一発が影を落とし、それは狼の形となって道鏡へと襲いかかる。もっと詳しく言うなら、影の狼は彼の持っていたバチへその鋭い刃を向けた。


「なっ?!花丸どのまで?!いや、これは別物!」


 空へと向けた視線誘導に、二重構造となっていたブラフ。この全てがピッタリと絡み合い、影の狼は見事道鏡からバチを奪うことに成功した。

ちなみに春水くんの暴走状態の時、もう既に神足通は使ってたんですよねぇ...。じゃあ翼と一緒に生えてきたあの時の棘はなんだったのかって?なんだいそれは、知らない子だね。

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