夜戦攻城
「我が王、ここで一旦ストップです。何か、異様な気配がします。」
狼形態の花丸の背に乗って出発し、僕らはわずか四時間ほどで近江の城付近の森まで辿り着くことが出来た。屋敷からここまでは結構な距離があるのだが、ノンストップで僕と織を乗せて走ってくれたおかげだろう。まだかぐやが城に滞在している間に到着することが出来た。
「しゅんすい、ここら一帯に探知用の結界が貼られてるの。このまま入ったら、たぶん見つかっちゃう。」
織がそっと花丸から降りて、城の方へと指を指した。白亜の巨大な城は、ここから見ても立派であることが分かる大天守を構えており、美しい月が映る湖に隣接されて作られている。
「わたしが術式で結界に少しの穴を開ける。壊しちゃわないようにするのは難しいけど....頑張ってみるね...!」
戦闘能力を一切持たない織は、一見、今の僕らの中では足でまといだと思われるかもしれない。だが、戦力にならないというマイナスをひっくり返す、とんでもない術式を織は持っている。
『天衣無法』これははっきり言って、最強の術式だ。この世に完全なものなど存在しないという、あらゆる法則の否定。織の前では時空さえ歪み、ほとんどの当たり前や自然の理は意味を成さない。
簡単に言ってしまえば、例外を作り出す術式だ。だから今現在のように、結界を破壊せずに穴を開けるなんて有り得ない芸当が可能となる。
しかし当然、これだけのメリットに見合ったデメリットもまた存在する。それは単純に、体力消耗が激しくなるというものだ。
今回のケースの場合、結界を破壊せずに穴を持続せねばらなず、それ故に織は結界の外壁に付きっきりになる必要がある。
術式を発動している間、もちろん織は無防備だし、体力が尽きて術式を解いてしまえば最後。空いた穴の辻褄を合わせるように決壊が崩壊し、僕らの侵入が呆気なくバレることになる。
体力の限界を多めに見積っても約二時間。つまり僕はその短い間に城へと侵入し、かぐやを奪取して戻ってこねばならないのだ。
「やってみせるさ...。『魔纏狼・纏身憑夜鬽・改』」
月光を溜め込み、過剰に溢れ出す光を身の内へと浸透させて体力を回復させる。この四年で更なる進化を遂げ、今までよりも遥かに性能が向上した『魔纏狼』は身体強化の能力だけでなく、継続的な回復効果などを会得するに至った。
ひとまず、僕は織の作った穴をくぐり抜けて結界を突破。それからすぐに城の方へと足を進めるべく、『盛馬千』も並行して発動させる。
「かぐやはいい子なの。でも溜め込んじゃう子だから、おねーちゃんの代わりにかぐやを助けてあげて!頑張ってきてね。しゅんすい!」
「我が王、着いていくことは叶いませんでしたが、この心はいつでも貴方の傍に。どうかご武運を。」
「うん、行ってくる!!!」
全速で地面を蹴り上げ、湖を背にこちらを向いている城の正門へと走り出す。瞬発力を求め、短距離の移動であるならば瞬歩は効果的だったのだが、城まではそれなりに距離が空いているので術式頼りの移動を選択する。
城の正門には門番が二人と、それに月見櫓で辺りを見渡している監視が一人。それから、城を囲んでいる堀を渡るための橋が一本通っていた。
(櫓のやつを最初に処理、ほかの門番は最悪後回しでいいな...。いや、違う。)
橋の全長は約十メートル程。であるならば、橋を渡ってから櫓を捌くのは門番に見られる可能性が高いため現実的じゃない。そして僕は櫓にいる男が欠伸をした一瞬を、決して見逃さなかった。
ナンバ歩きという手法がある。元来忍びなどが多用したその技は、正しく音を殺し忍び寄る暗殺術の歩法。速さを犠牲にするという点を除けば、最も侵入に適している技と言っても過言では無い。
だがこの状況、一瞬でさえ命取りになる場面で速度を殺すというのが果たして的確であるのかどうか。答えは否だ。
だったら、速度を別の方法で補えばいいだけの話。ナンバ歩きと瞬歩を掛け合わせ、十メートルという絶妙な距離を欠伸のうちに渡り切る。
結界があるからと油断していたのか、やや緩んでいた門番たちの首を締め上げ、声を上げさせないよう喉を潰した。
脳まで酸素が行き届かなくなり、気絶した門番をゆっくり地面へと置き、そのまま孤軍となった櫓まで跳躍する。
「しっ!侵入もごっ?!」
櫓の番が警報として銅鑼を叩こうとしたのでそれを制止し、ほかの仲間に知らせないため口を掴んでつぐませる。そうして先程のようにまた気絶させ、なんとか城の内部へと侵入することが出来た。
とは言ってもまだまだ第一陣を突破したに過ぎない。この先には通路が限定されている石垣が三重にもあり、そうしてまた見張りの櫓を打破してやっと天守に到達できるのだ。
そう思って気合いを入れ直し、僕は次の石垣へと向かった。途中で何人か徘徊している武士と遭遇したが、全員そこまで強くなかったので一撃で処理。特に危なげなく石垣へ到着することが出来た。
そこで僕は石垣の裏手へ周り、丁度湖が見える位置へと移動する。そうすると、驚くべきことに裏手側の警戒はとんでもなく薄いことに気づいた。
(結界まで貼るレベルの警戒なのに、ここだけ警備が薄い。単に後ろが湖だから油断しているだけ?まさか、そこまで馬鹿じゃないはずだ。だったら、誘われてるのか...?)
ここの石垣をよじ登れば、全ての障害をスキップして一気に天守まで駆け上がることが出来る。だが、たくさんの武士が戦いを繰り返した長い歴史を持ってして、本当にこんな見落としをするのか?
確実に罠だ。しかし、乗らない手は無い。真正面から攻略して丁寧に時間を使うより、相手の作戦に乗って素早く攻略した方が圧倒的に時間切れのリスクが少ないと判断したからだ。
最も恐ろしいのは、結界が崩壊して侵入がバレ、まとまって物量で押し切られること。流石に実力差があるので逃亡は容易だろうが、そこまでの警戒状態では、かぐやと会うことさえままならない。
石垣を登りながら考えるのは、かぐやのことだ。あの表情を思い出す度、今にも胸が張り裂けそうになる。胸に鈍痛を走らせる笑顔。少女がするには、あまりにも悲しすぎる仮面の笑顔。
日の目を浴びたことの無い、夜の世界にだけ住み続けた彼女を、僕だけじゃなくヤスも救おうとしたんだ。それでも、ヤスじゃあダメなんだ。想いだけじゃ、人は救えない、守れない、助けられない。それは僕が、もう五年前に味わった涙の味だ。
失ったものを取り返す。今度こそ、僕の力で打倒する。この先に待ち構える敵を、この先の未来に待ち構える白き蛇を。
登り切るまであと少しというところで余念が混じったことを自覚し、頭をブンブン振って雑念を取り払って頭をクリアにする。すると、渦を巻いていた疑問が再び浮かび上がってきた。
(と言うかそもそも、誘われてるってことは侵入がバレてなきゃ成り立たないよな。あれ?なんかおかしくない?色々と辻褄が合わない...。)
全ての石垣を登り終え、天守まで到達した時点でそんな疑問が頭を掠める。そして、その疑問はすぐさま氷解することとなった。
「いやはや。遅かったですな。いや、早い方でしたかな。春水どの?」
ニヤニヤと笑う生臭坊主が、物干し竿程の大きさをしたバチを一本携えて、堂々と天守の前に仁王立ちしていた。
着用している袈裟ははだけており、半分露出した上半身からはまるで僧侶とは思えない歴戦の傷を付けた筋肉を覗かせている。
「拙僧こそがかぐや様を守る最強の僧兵、『法皇』道鏡にてございます。さぁ、我らが月を穢さんとする愚かな神よ。かかってきなさい!」




