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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
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雨の日の線香

 


「我が王、朝です。起きてください。」


 雨の匂いが強く薫る中、僕はいつものように花丸から顔を舐められて起きる。隣には織がまだ目を擦っており、僕の腕を枕にして寝ぼけていた。


「おはよう花丸...。って、人の姿で顔舐めないでよ?!」


 眠気が色濃く残る頭では一瞬処理が遅れ、これをいつもの風景だと流してしまっていた。昨日の今日でまだ慣れていないとはいえ、早く朝の支度を済ませねばならないので、僕は急いで普段着へと着替えを始める。


「今日は雨ですからね。散歩はお休みですか?」


 そう言いつつも、花丸はいつも装着している首輪を手に携えて、無表情ながらもしっぽをブンブンと振り明らかに散歩を待ち望んでいるといった風だった。


「まあそうなるかなぁ...。そもそも、人の姿に首輪つけて散歩って...ダメじゃない?」


 耳をペタンと落ち込ませ、項垂れた花丸が少し可哀想だったので僕は何とか彼女をなだめてなかなか起きない織を起こす。そんなことをしているうちに、段々と朝の疎い頭が覚醒していき、色々なことが思い浮かんでくる。


(あれ...花丸が生きていることが頼光さんにバレたらマズイんじゃ...?どっかに隠さなきゃ...。でもどこに?)


 頼光さんは花丸を殺した。これに関して、僕はあの人のことをどうしても許せない。何か考えあっての行動だと言うことは分かっているし、曲がりなりにも僕のためを思った行動なのだろうということも察しがつく。


 ただそれでも、僕はやっぱり頼光さんを許せないのだ。しかし、だからと言って頼光さんが憎いかと言われたらそうでも無い。


 恩がある。情がある。思い出がある。薄いとはいえ、僕にとっては頼光さんもまた花丸と同じように屋敷で一年を過した仲間なのだ。そんな仲間を、簡単に嫌ってしまうことなど僕にはできなかった。


「花丸....。もし頼光さんに何か言われたら、僕のお姉ちゃんのフリをしてくれないかな...?ほら、やっぱり花丸が花丸だってバレたら....さ。」


「え〜!しゅんすいのお姉ちゃんはわたしだけなの!はなまるは違うの!!」


 この屋敷にまだ住む以上、生き死にがかかっているのだ。僕は織の膨らんだほっぺたを優しく掴み、弄りながら有無を言わせまいとする。織はそれが満更でも無かったのか、気持ちよさそうに僕に触られ続けていた。


「我が王、流石にそれは....バレるかと。心配なさらないでください。私は狼に姿を戻すことも出来ますし、こんなことだってできます。」


 そういうと花丸は僕の後ろに回り込み、とぷんと僕の影に沈んで行った。するとみるみる影の形が変わり、僕には無いはずの狼耳が影には生えた。


「これでひとまずは大丈夫でしょう。我が王は時々、年相応な所が出ますね。」


 花丸は影から顔だけを出して、ふふっと少し笑う。いつもは無表情だからか、彼女が少し笑っただけでなんだかこちらまで笑顔になってしまう。そんな時、急に僕の部屋の襖がガラッと開けられた。


「春水どの、弔事です。今朝、頼光どのが亡くなられたようでして...。読経を上げねばいけませぬ故、集まって頂けませぬか?」


 僕は耳を疑った。言葉としての意味は理解出来ても、どこかそれが本当だとは思えなかったのだ。僕はそのまま道鏡について行き、みんなが揃っている中で最奥に眠っている頼光さんへ目線をやった。


 傷一つない顔はただただ白く、昨日まであった生気が嘘のように消失していた。眠っているだなんてとんでもない。これは確実に死体だと、一目見ただけで分からせられる。


「どこにも外傷は見受けられませんでした。寿命でしょうね。」


「ハッ。この仕事で天寿を全う出来るなんざ幸せなこったろジジィ。......頼国もきっと、アンタを待ってるだろうさ。」


 用意された座布団に座り、道鏡が読み上げるお経に耳を傾ける。言葉の意味も分からないため、脳みそを文字が滑っていくだけではあったが、何となく聴き逃してはいけないと思った。


 短かったのか、それとも長かったのか分からない読経が終わり、その後はみんなで頼光さんを棺の中に入れた。それを綱さんと季武さんが運び出し、少し遠くの墓地に埋めてくると言って頼光さんを持ち去ってしまった。


 僕は相変わらず、まだ夢を見ているんじゃないかという心地で縁側に座り、空を眺め続ける。すると隣に道鏡さんが座ってきて、まるで独り言のように話を始めた。


「頼光どのは、きっと今日死ぬのが分かっていたのでしょうなぁ。死期を悟ってしまわれるとは、なんと恐ろしいことか。」


「道鏡さんも、やっぱり死ぬ事が怖いですか?」


「勿論!拙僧ほどの俗物でなくとも、普通の人間はそうでしょう!ですが、頼光どのは違ったのでしょう?実は昨晩、拙僧はあの場を最後まで見届けていたのですよ。」


 ドキッとした。道鏡さんの視線が、僕の心の内を全て見透かしているのではないかと思ってしまうほど、鋭く感じたからだ。動悸が早まり、僕は体裁なんて忘れてありのままの言葉を吐き出す。


「死ぬのは怖いです。死期が分かってたって言うんなら、どうしてわざわざ頼光さんは花丸を殺しに来たんですか。僕にはそれが.....分かりません。」


「そうですねぇ。時に、頼光どのはもののけとの戦いで息子を亡くしたと聞いております。私は子を持ったことがないので分かりませぬが、やはりもののけが憎かったんでしょうね。」


 憎しみの末に、自分では復讐が果たせないと悟ったから、後継を作った。きっとそうなのだろう。頼光さんは僕のことを本当に猟犬程度としか思っていなくて、情なんて無かったのかもしれない。


「そうだったとしても、僕は頼光さんのことが嫌いじゃありませんでした。だって、結局屋敷に僕を受け入れてくれたのは頼光さんじゃないですか。だからどんな思惑があれ、僕は感謝してますよ。」


「ほぉ。立派な心意気ですな!そうですね、春水どのであれば、きっとこの連鎖を終わらせられるのやも...しれませんね。」


 そう言って道鏡は立ち上がり、すぐさま屋敷の奥の方へと消えていった。僕はまだ空を見上げたまま、頭の中を感傷で引っ掻き回す。


(刑部も、人間が憎いのかな。)


「シュン!一回くらい試合やろうぜ。爺さんもオレたちが強くなった方が嬉しいだろうしよ!」


 後ろから急に木剣が飛んできて、僕の頭にボコンとぶつかった。それにより考えが一時中断され、僕はとりあえず近くに跳ね返った木剣を手に取る。


「先手必勝すぎるでしょうが...!いいよ、絶対に叩きのめすから!!!」


 雨が止み、曇天の下のどろどろな庭で僕達は剣を交わらせた。言葉はなく、いつもとは少し違った打ち合いが続く。僕達はきっと、これからもこうやって支え合って長い時間を過ごすのだろう。


 それから、僕らは一段と訓練に励むようになり、以前のようにサポートに回るのではなく任務にも二人で出ることが増えた。


 鬼の残党狩り、悪霊の掃除、その他もののけ被害の鎮圧など、様々な任務をどんどん二人だけで解決していき、気がつけばもう頼光さんが亡くなってから四年が経過していた。


 波のように押し寄せる怒涛の任務に日々を埋め尽くされていると、僕らは唐突に日常をひっくり返してしまう出来事に遭遇する。


「私、結婚するんです。知らない人と。」


 かぐやが、結婚するらしい。




少年篇!これにて完結です!いや〜長かった!そろそろようやく書きたいものがかけそうです...。ここまで読んで下さった読者さんたちには本当に感謝しかありません!どうかこれからも、拙作を末永くよろしくお願いします〜!!!

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