それでも抗い、掬えたもの。
瞑目し、ただ月明かりの下に崩れ落ちる。思えば、最初に花丸と出会った日も、こんな夜だった。一年分の思い出が走馬灯のように脳内で流れ、全身の力がどんどん抜けていく。
恨めたらよかった。花丸をこうも無惨に殺し、一瞥だってくれない頼光さんに殺意を抱けたら、どれだけよかっただろうか。
憎しみよりも、悲しみの方が心を強く締め付けた。今の僕では、花丸の仇討ちをしてあげようなんて考えられない。
「ごめん....。僕はっ.....。花丸に何もしてあげれない...!」
月に雲がかかったのか、まぶたの裏がさらに暗くなる。それに加えて気のせいか、抱えているはずの重さが一切無くなったような感覚に陥った。僕は慌てて花丸の存在を確かめるために、両腕に力を入れて強く花丸を抱きしめようとする。
「いない....?花丸?花丸....!」
ようやく目を開き、自分の両腕に目をやった。そこで初めて、花丸の亡骸がどこにも見当たらないことに気がつく。そして、自分の目の前に一人見知らぬ誰かが立っていることにも。
「我が王。私の為に、そんなに泣かずとも良いのです。私は、ここにいますよ。」
灰色のウルフカットをした、硬い表情の女の人が僕の目の前に佇んでいた。その人は僕の方を見てゆっくり膝を折り、そっと包み込むように僕を抱きしめた。
僕は今、きっと夢を見ている。だって、こんな事は都合が良すぎるからだ。死んだ生き物はもう戻ることがない。これが世界の理で、そしてついさっき花丸は死んだんだ。だから、こんな事。あるわけない。なのにどうして、こんなにも温かいんだ。
「花丸....!花丸!花丸!」
「えぇ。貴方の眷属の花丸です。心配をかけましたね。」
花丸はそう言って、僕の頭を慈愛に満ちた手つきで撫でた。涙が止まらない。僕は花丸の大きな胸に顔を埋め、しばらく泣き続けた。
「僕のせいで...僕が弱かったから。花丸はっ!」
自分の弱さを直視して、強くなろうと励んでから一年の時が経った。それなのに、僕はまだこの場所から進めずにいる。
弱さが全てを奪っていく。頼光さんの言う通り、情に棹をさして流された結果がこれなのだ。だったら、これ以上失わないために、心を捨てた方がーー。
「私は、我が王の優しさが好ましい。最初に会った頃、弱りきった私に手を差し伸べてくれた貴方が、そんな悲しいことを思わないでください。貴方の優しさは、決して弱さなどではありません。貴方は、貴方のままでいい。」
迷い、鈍り、そして失った。僕のせいであれだけボロボロになったと言うのに、花丸はそれでも僕に、貴方は間違っていないと、そう告げた。
それでもまだ僕は、自分の弱さを肯定することができずにいる。僕に降りかかった出来事は奇跡のようなもので、きっと二度と起こりえないのだろう。だったら尚更、足掻いて足掻いて、失わないように強くならなきゃダメじゃないのか。
「情を捨てることは、強さではありません。貴方の強さは、手を差し伸べることが出来る。優しい強さなんですから。」
俯いていた顔が、突然花丸によって持ち上げられる。力で無理やり視線を合わせられ、鼻息が当たる距離までお互いの顔が近づいた。
花丸の瞳の中には、グズグズになった僕の酷い顔が写っている。情けなくて、弱っちい見た目の子供。僕はそんな自分を、まざまざと見せつけられ続けた。
「ん?!?!?!はなまっ?!」
突如、唇に柔らかい感覚が走る。温かくて、そして一瞬で。僕の初めてのキスは、涙のしょっぱい味がした。
あまりの出来事に思考が全て奪われ、ぼーっと惚けていると、花丸が僕を押し倒してさらに再びキスをした。
「起きる時、よくしていたでしょう?今更恥ずかしがることなど...。」
そう言ってキスを終えたあと、花丸は僕の涙をぺろぺろ舐め始めた。この時になってようやく、僕は花丸が生きていたことが実感できた。
(毎朝、よくこうやって起こしてくれてたもんな。ああ、よかった。本当に、よかった。)
僕は覆いかぶさってきた花丸をそのまま力いっぱい抱きしめ、今度は大きな声でわんわん泣いた。声を上げて泣けたのはこれが初めてで、僕はこんな自分を、少しだけ好きになれた気がした。
「うわああああああああああああああ!!!よがった!!!!よがっった!!!!!!死んじゃったんじゃないがって!!!死んじゃうんじゃないがって!!!!!!ずっとずっとごわがった!!!!!!」
「大丈夫ですよ、我が王。よしよし。私がいます。全く、泣き虫なんですから。」
グッと花丸に抱き上げられて、僕は自室まで抱っこで運搬された。花丸は完全に大人のお姉さんといったふうな見た目だったので僕よりも身長が高く、僕は年相応にあやされ続ける。
「どうしたのしゅんすい....?泣いてるの...?おねしょしちゃった?」
自室に戻ると、起こしてしまったのか織が目を擦って僕のお腹をポンポンと軽く叩く。完全におねしょをしてしまって泣いていると思われているが、訂正する気力も無く泣き疲れて眠ってしまった。
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我が王は、いつも戦ってばかりだ。あんなに小さい体で、いつも生傷を絶やさないで戦場に向かっている。私はいつもそれを、指をくわえて見ていることしか出来なかった。
たまに無理やり着いていき、力になろうとしたこともあったが、そんなのは微々たるものだ。我が王の幼い体が血を一筋流す度、私の心も血を流しているかのように傷む。
だから、せめて隣で駆け抜けようと思った。傷つく彼を癒すことができずとも、共に在ることは出来る。その一心で、我が王を支えてきた結果がこれだ。
「ああ、こんな姿の私を見て、そんなに泣かないでください。我が王を傷つけるつもりなど、無かったのに。」
悔しさに歯噛みをしてももう遅い。視界がどんどん薄れていき、完全にまぶたが持ち上がらなくなる。私は身勝手にも、主を残し自分が死んでしまったという不甲斐なさに苛立ちを覚えた。
「アンタ。死んでんじゃないよ!ほら、帰った帰った。」
聞こえるはずのないそんな声に驚き、目を開くとそこには雄大な森が広がっていた。私は訳が分からず、つい声の主である大きな狼に声をかける。
「ここはどこですか?そして貴女...一体どちら様で?」
「そんなことはどうだっていいだろ。アンタがここで死ねば、あの子が折れちまうかもだからね。それはアンタも本意じゃないだろう?」
狼はフンと鼻を鳴らし、寝かしていた体を持ち上げてこちらへと向かってくる。
「ほら、力を分けてやるから。さっさと戻んな。あの子にはアンタが必要さ。」
「戻れる...?私は死んだのではなかったんですか!」
「うるさい小娘だねぇ。どうしてあの子の周りにはこんなに娘ばかりが集まるんだい...。まあいい。アンタは死んだ。でもね、生き物がもののけに転ずるなんて話。ありふれているだろう?」
その後も説明は続いた。要するに、私が死んだ後に私の未練が澱となって現世にまだ残っており、それにこの狼が手を加えることで強制的にもののけへと変性させるという事らしい。
「血じゃないけどね、それに近しいものがしっかり加えられてるんなら話は早いのさ。ほら、これでアンタはあの子の眷属だ。さっさと戻って抱きしめてやんな。」
体がどんどんと薄れていき、その感覚で私は自分の黄泉がえりを確信する。これだけの事をやってのけた不思議な狼に、最後に感謝の言葉くらい述べておこうと思ったのだが、体の消失が間に合わずに私の意識は現世へと戻ってしまった。
「全く、手のかかる子だねぇ。まあ...しっかりやんな、バカ息子。」
眷属化をするには本来もっと手順を踏む必要があるのですが、春水くんの場合には他の者がやってくれているみたいなので省略が可能となっています。
それと生物がもののけに転ずるのはもう序盤で猩々がやっているので....ぽっと出設定じゃないです.....はい....。
(ヤス)「おい!この急に出てきた森ってのなんだよ!意味わかんねぇよ!」
(貞光)「ん〜。まあ所謂BLE○CHのホワイトさんと斬○のオッサンがいる所的な感じですよ。メゾンドチャン○チです。」
(ヤス)「なんだよBLE○CHって!知らねぇよオレそんなの!」
(貞光)「これがジェネレーションギャップですか...。よよよ...。」




