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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
58/235

命は等しく輝いて(六)

 足に剣を突き刺されたことで動きの鈍ったこちらを襲撃すべく、少年は手に持っている剣を私の心臓目掛けて再び投擲した。


 それに私がレイピアで対応している間、少年は距離を詰めこちらの膝下にまで潜り込み、私の足に突き刺さっている剣を抜いた。そうしてそのままその剣で追撃。数度の剣戟を響かせた後、私が弾き飛ばした剣を器用に空中でキャッチし、双剣としての本懐を取り戻す。


 術式を持たぬ人間は、いつだってもののけに手数で劣る。しかし、この少年は創意工夫を凝らした技と駆け引きでそのディスアドバンテージを塗り替えてくる。いくらこちらが手負いとはいえ、眼前の少年は紛うことなく確かに強かった。


「しかし、こちらにも通さなければならない意地があります。もののけの時代に、鬼がいないのは些か寂しい。ですから、何としてもここは通してもらいます。『酔鯨銀嶺』」


 どれだけこちらが切り刻まれようと、一撃でも当たれば酩酊は必須。万が一それで勝利をもぎ取れずとも、せめて茨木さまだけは逃がせるように決死の覚悟を尽くす。そんな捨て身の特攻は、あまりに無惨な形で打ち破られた。


(この速度に着いてくるか...!近接戦の精度で言うなら春水さまよりも数段上。万全でない私には....荷が重いっ!)


「流石に速ぇな。受けるのだけで骨が折れる。」


「その若さでこれだけ打ち合えるなら上々でしょう。あなたとは、もっと若い頃に相対したかった。」


 決死の特攻も反撃こそされなかったが、全て受け切られてしまった。このまま相手に勢いをつけさせたまま戦闘を進めたくなかったため、一度引いて距離を開ける。


 防戦一方。と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実は完全に動きを見切られているということ。私がどうしたものかと頭を悩ませていると、今度は相手が動きを見せてきた。


「うねる白波、寄せる流木。数多を呑み込む母の声。遠く遠くの燃える山、掬い上げるは御霊(みたま)か祈りか。」


(長文詠唱...こちらに考える時間は与えないということか。だが十中八九罠。このまま飛び込むのも、見逃すものありえない。どうする...!)


「攫えよ命。奪えよ炎。これは我らが供物の祈り。母に届くことは無く。我らはただただ還るのみ。しかして、祈りは止められず。猛り、そして溺れっ?!」


「よおおおおおおおおおおおおらァ!!!!!おやっさん!!!あとは頼んだァ!!!!」


 いつの間にか位置を移動していた鬼熊が起き上がり、腹から大剣を生やして、血を吐きながら命を燃やすように最後の突進を繰り出す。それに少年は意表を突かれはしたものの、冷静に双剣を振り下ろすことで鬼熊の首を掻き切った。


「生きてたのか....しぶてぇな!」


「それだけがッ....!取り柄なもんでな....。」


(鬼熊くんが作った隙!決して無駄にはしません!)


 私は少年ににじりよって、全力でレイピアの突きを放ち、馬力をアピールし続ける。しかしこれも、どうせ対応されてしまうだろう。ならば、ここで使うべきは我がレイピアである魅孕(すだまはらみ)の真価。『白鯨弦髭(はくげいげんし)』の能力。


「芸がねぇんだよ、あんたの動きはもう見切った!」


「さて、それはどうですかな。【嵐を起こせ】『白鯨弦髭』」


『白鯨弦髭』は私が日本沖で討伐した、白き巨大な鯨の髭で作られたものだ。外の国から大嵐を引き連れてやってきたとされる鯨は、その髭を振動させることで低気圧を生み出し嵐を発生させることが出来る。


 一本の髭をレイピアに加工した都合上、巨大な嵐ではなくあくまで部分的なものでしかないが、それでも威力は据え置き。通常の人間程度の体なら、一撃で引き裂いてしまうような嵐を作り上げられる。


 私と少年を包み込むように嵐が発生し、互いが鋭い風に肉を引き裂かれる。私は武器を握っている間、ある程度嵐を軽減する効果が身にかけられるので平気だが、少年はそうともいかないはずだった。しかし、恐るべきことに少年は嵐の中でも地に足をつけて耐えている。


(まさか!そんなことが有り得るのか....!いや、だったら威力を上げればいいだけの事!ここが私の墓場だ!)


 死地を決め、軽減効果があっても耐えられないほどに嵐の出力を上げる。当然、過剰出力に武器が耐えられる訳もなく、刀身にヒビが刻まれる。


 その甲斐あってか、少年の体が微かに浮いて片足が地面から離れる。そうして宙に吹き飛ばされ、完全に嵐に呑まれたかに思えた。


「とちった....。あんたを甘く見すぎてたよ。だけどな、あんたの命だけはここで持っていく!!!」


 突如胸ぐらを捕まれ、少年が吹き飛ばされるのと一緒に私まで嵐に巻き込まれる。


「勿論そのつもりですよ。ですが、あなたもここで死になさい。」


 少年が嵐の中で私の心臓に剣を突き立てるのと同時に、私も少年の心臓へレイピアを突き刺す。少年はギョッとした顔でこちらを見たが、この手応えのなさが少年の生存を何よりも物語っていた。


「随分と....無理をさせましたからね。あなたも休みなさい。『白鯨弦髭』」


 私のレイピアは少年の胸に確かに突き刺さった。されど、ヒビが入った状態で心臓を貫くことは叶わなかった。刀身はボロボロと崩れ、私と共に大空へと散った。


「目的は達しました。せいぜい、もう逃げ仰せた茨木さまの影を追うことですね。」


「クソッ...。随分と元の場所から飛ばされた。全部作戦通りってわけかよ。」


 少年の悔しがる顔が、薄れゆく視界にはっきりと映る。それだけで私は、心の底から満足することが出来た。戦いに生まれ、戦いに生き、そして戦いに死んだ。これ以上ない、『唄鳥』として最高の散り様。


「茶釜....先に逝く。あとは、任せたぞ。」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「逃げなきゃ...!みんな、みんなが繋いでくれたんですもの....。わたくしが生き残らなければ、犬死にになってしまう....!」


 必死で船を漕ぎ、なんとか鬼ヶ島から脱出することが出来た。自分一人が生き延びてしまった罪悪感を胸にしまいこんで、自分こそがみんなの形見なのだと言い聞かせる。


 船を隠岐島の外れにつけ、倒れ込むように上陸する。ようやく逃げきれた。これでひとまずは安全だ。そう思っていた矢先、私は絶望に叩き落とされた。


「この辺で警護しとけって....あの人らがいればもう十分だろうが。なぁ?」


「別にこれも立派な仕事だろ。給料が出るならそれでいいじゃねえか。」


「違いねぇ。最近はもののけどもも大人しくてめっきり稼ぎがねぇんだ。俺ら下っ端はこんなんで稼がなきゃ食って行けねえのさ。」


「そりゃそうだな。あ?おい...。あれ、もしかして逃げてきた鬼じゃねえか?みんな!!こっちに鬼が出たぞ!!囲め囲め!!!」


 人間たちは用意周到にも、包囲網を敷いていたらしい。私に逃げ場所など、最初から無かったのだ。その後すぐに槍を持った雑兵がわらわらと集まってきて、私の周りを円形に囲んだ。


「わたくし....は....!最後まで戦いますわ....!それが鬼の誇り.....。もし...ここで倒れているだけだったら、みんなに....顔向けできませんもの......!」


 私が本当に死んでしまいそうになった時、いつも酒呑が助けに来てくれた。最初に綱に戦いを挑んだ時も、宮で胡散臭い僧侶に殺されかけた時も、いつだって酒呑がヒーローみたいにやってきてくれた。


 でも、酒呑はもう居ない。だったら、私一人でやるしかないんだ。そうじゃなきゃ、報われないじゃないか。


 私はフラフラと立ち上がり、酒呑のようにギラギラした目を見開いた。所詮は猿真似、だけど雑兵にはそれで十分だった。


「お...!お前ら!!刺せ!!早く刺せ!!!」


 何人かの兵士が尻もちを着いたが、他は恐れながらも私に槍を向けて突進してきた。私はもうそれらを避ける体力が無かったので、せめて心だけは折れぬよう、堂々と鬼らしく仁王立ちした。


「寄ってたかって。人間はほんま、気色悪くて敵わんわぁ。」


 刹那、全ての兵士が急に真っ二つに別れ、血を吹き出しながら倒れた。そうして、返り血さえ一切浴びていない。真っ白の姿をした狐の女が、私の目の前に立った。


「茨木ちゃんやろ?うちな、強い子ぉを探してんねん。協力してくれると嬉しいんやけど....どないする?」


「あなたに協力すれば...わたくしは酒呑の仇を取れますの....?」


「ふふ。それは茨木ちゃん次第やなぁ。うちの力、受け入れてくれるんやったら。きっと復讐できるはずやよ。」


 女はもふもふの二本生えたしっぽをゆらゆらと揺らし、扇で口元を隠しつつ私の言葉を肯定した。半分隠れた顔からは、どこか妖艶な笑みが覗いている。きな臭くはあったものの、結局この女によって助けられたことは事実だ。だから、私はそんな怪しい女の提案に乗ることにした。


「嬉しいわぁ。茨木ちゃんで八本目、そろそろいい頃合いやし。あとしばらくしたら初めよか、倭国大乱。人の世は、もうすぐひっくり返るでぇ。」


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