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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
57/235

命は等しく輝いて(五)

「茨木っ!!!!!!」


「ごめん....なさい....。また、負けてしまいましたわ...。」


「いい。いいの茨木。また次やればいいんだから。だから今は...くっ?!」


 地面を割って出てきたボロボロの茨木を、酒呑は優しく抱き抱えて急に現れた綱から距離をとる。しかし、相手が悪かった。茨木を守ろうと手斧を構える酒呑の腕を、綱は容赦なく切り落とす。


「次はねぇよ。ここでどっちも殺す。」


 茨木だけでも逃がそうと思ったのか、酒呑は茨木を後ろへ放り投げて大量の柱を生成する。綱は自分を妨げるそれに一瞬怯んだものの、すぐに対応して柱を全部切り倒した。その後も立て続けに柱を作り続ける酒呑に対して、柱の動きを見切った綱は全てを軽々と避けていく。


「化け物が....!」


「どっちがだよ、鬼。」


 小さな体が、斜めに赤い花びらを散らす。綱が現れてから今に至るまで、この間わずか一分以内。俺があんなにも苦戦した相手を、綱はこうも軽々と切り伏せてしまうのだ。全く、心強いことこの上ない。


 刀についた血を降って落とし、綱は倒れ込む酒呑に一歩づつゆっくり距離を詰めた。恐らくカウンターを警戒しているのだろう。綱は慎重に、かと言って相手に回復の時間を与えない程の絶妙なタイミングでトドメを刺さんと向かった。


「茨木、逃げて。ここはアタシが食い止めるから。」


「嫌....ですわ!わたくし、死ぬなら酒呑と一緒に...。」


「バカ言わないで!!!!アンタは生きるの、生きて生きて、生き延びて。いつかアタシのことをちょっとでも思い出してくれれば、それでいいの。」


 酒呑は血を吐き続けながら、それでもなお立ち上がった。再生もまだ終わっていないのに、気力だけで立ち上がる酒呑からは、どこか気高さみたいなものが溢れ出している。


 そんな酒呑の姿を見て、茨木は目に涙を貯めて心底悔しそうに歯を食いしばった。それから茨木は明後日の方向へ向かい、ボロボロの全身を揺らして走り出した。


「逃がすわけねぇだろマヌケ!先にあっちを殺せばいいだけの話じゃねぇか!」


「アタシを無視できると思ってんの?行かせねぇよ!ザーコ♡【血界侵蝕】『地獄戒羅生門妖鬼(じごくかいらしょうもんようき)』」


 こんな場面でも、綱の判断は迅速且つ適切なものだった。血界により茨木と他三人が分断されたため、まずは血界を破壊するために酒呑の首を即切断。それから崩壊しかけた血界に向かい斬撃を繰り出し、すぐさま血界を破壊した。それからまだ視認できる茨木の後ろ姿を確認し、地面を蹴ろうとしたその瞬間。


「ひかへないってひったでしょ。 (行かせないって言ったでしょ。)」


 首だけの酒呑が綱の足首を噛み、どうしても茨木を逃がそうと足掻く。そうしてその足掻きが功を奏し、綱が酒呑を引き剥がした頃にはもう既に茨木は見えなくなっていた。


「はっ♡アンタみたいな三下は、アタシの首ひとつで我慢しておきなさい。それもまだ取らせないけどね!」


 酒呑は最後の意地か、ここに来て脅威の再生速度を見せる。ついさっきまでは首だけだったのに、もう自分の胴体とくっつき合わせて完全な形になっていた。


 綱はそんな酒呑を、これから無感情に無機質に殺すだろう。それは酷く正当な行いで、傍から見ても賞賛されるべきものだと思う。けれど、俺はそれを心のどこかで許容できなかった。だから俺は、体をなんとか立ち上がらせ、もう一度戦いを望んだ。


「綱....。いや、綱兄。あとは....俺に任せてくんねぇか?」


「........。久々の、弟分の頼みだもんな。油断はするんじゃねえぞ。」


 綱はなんだか苦虫を噛み潰したような顔を一瞬見せたが、その後はすぐに刀を鞘にしまってその場を後にした。茨木はもう追えないし、雑兵狩りにでも向かったのだろう。綱の優しさに感謝し、俺は手斧を酒呑の方へ蹴り飛ばした。


 無言のままの酒呑はそれを手に取り、かつてない獰猛な笑みでこちらをギロリと見た。決して睨んではいない。悠久の旅路の果てに、ようやく落とし所を見つけたような、そんな鬼の笑みだった。


 お互い疲弊しきっている。勝負は一瞬、それも一撃で決するだろう。術式もない、小細工も武器の特異性もない。ただただ単純な力のぶつかり合いだけが、最後に残った。


 撃鉄の音。火花を散らす快音が辺りに響き、最後の一撃は繰り出された。


「アンタ、人を食べたことないでしょ。血の匂いが全然しないもん。」


「ああ。でもたまに食べたくなる。最悪な気分だけどな。」


「あっそ。じゃあアタシも、ずっと最悪だったのかもね。」


 酒呑の手斧が砕け、体が上下半分になった酒呑が地面に転がった。もはや死にゆくだけの存在である酒呑は、それでも言葉を吐き出し続ける。それはまるで遺言のようで、俺の心に深く爪を立てた。


「....生きるために食べてきた。悲鳴に耳を塞いで、こうしなきゃ死んじゃうんだって言い聞かせて。でも、あの子は違う。あの子の手はまだまっさらなままだ。」


「アタシが全部やってあげてたから....。小さい頃から可愛がって、妹みたいにアタシの後ろをくっついてきて。」


「アタシはあの子に、未来を託したの。人喰いでも、どれだけ汚くなっても。生きて欲しかったから。」


「あ......ぁ。アタシも、アタシもアンタみたいに。」


「綺麗に..........産まれたかったなぁ........。」


 後悔はない。たとえ眼下の少女が苦しみの末に人を喰い、罪悪感に苛まれながら懺悔するように死んで行ったのだとしても。俺は今、正しい側に立っている。


 そうだ、これでいい。人間の正義が数多の屍の上に成り立っていることなど、最初から分かりきっていた。周知の醜悪。誰もが目を逸らし、自分に言い聞かせている繁栄の言い訳。


 だからせめて、俺だけは目を逸らさない。鬼でもなく、人でもない半端ものの俺が。俺だけがこの地獄を直視し続ける。


 相手の正しさを否定し、殺す。どんな過去があろうが、どんな思いがあろうが、人に仇なすのであれば容赦なく殺す。俺は、そういう存在だ。覚悟を心に決め、俺は酒呑のまぶたにそっと手を添えて、虚に開いたままのその瞳を閉じさせた。


(安らかな死くらいの救いは、どんなやつにもあったっていいだろ。俺たちは、奪い合って生きているんだから。)


 俺はそう祈りながら、血に濡れた鉞をそのままに場を後にした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あちらこちらが生傷だらけになっている体には、潮風は毒だった。なんとか足に鞭を打って砂浜までやってこれたものの、船もなければ泳げる体力もない。これでは、いつかまた綱に見つかってしまう。そう惑っていたところに、思わぬ人影が差した。


「茨木さま。よくぞご無事で。」


「京極っ!酒呑が!あなたなら助けられるのではなくて?!」


「茨木の嬢ちゃん。そいつは無理な話だぜ。俺達も、もうボロボロだ。あそこに用意した船があるから、それで逃げな。」


「へぇ。いいこと聞いちまったなぁ。」


 聞き覚えのない声が鬼熊の後ろから響き、この場にいる全員がギョッとして声の方へ振り向いた。そこには小さな少年が一人、こちらと小舟を隔てるようにして立っている。


「その見た目....!綱から聞いたぜ。お前、茨木童子だろ!しかも相当弱ってる。綱からどうやって逃げたのかは知らねぇが、俺がここであいつの尻拭いをしてやるよ。」


 恐らく綱の弟子であろうその少年は、大剣を持ち上げて縦に構えて力を貯め、そのままこちらへと投擲してきた。自ら獲物を捨てる突然の自殺行為に対応できなかったのか、鬼熊の回避が一瞬遅れて大剣の餌食となる。


「奇想天外でしたが、こちらは三人。少々、考えが甘いと言わざるを得ませんね。」


 鬼熊が被弾をしている間に、回り込んでいた京極が少年へ詰め寄り素早い突きを繰り出す。当然、徒手空拳で対応できるわけが無い。少年は呆気なくレイピアの餌食になり、そのまま息絶える。はずだった。


「別に、武器がひとつとは言ってねぇよ。」


 突然、手品のように少年が服の中から双剣を取り出す。そのまま京極の不意をついてレイピアの連撃をいなし、双剣の片方を京極の足に突き刺してするりと安全圏まで飛び退いた。


 第一に、剣を上に構えることで視線を誘導。次はあの大きさの剣を投げることで意表を突き、鬼熊を削ってあえてフリーにしておいた京極に攻めさせる。そして最後に隠していた本命の双剣でカウンター。間違いなく、こいつは綱の弟子だと確信した。


「あと二人。すぐに終わらせてやる!!」


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