命は等しく輝いて(四)
「いるのよね〜、人里を襲うだけじゃなくて女まで襲っちゃうような見境のないバカが。もちろんそんな異端は身内であっても殺すんだけど♡」
ずっと、見ないようにしてた。孤児だった俺は小さい頃から力が強くて、今よりは弱いが雷だって使えた。それに加えて見た目のこともあった。赤髪の人間は俺以外におらず、穢れた血の色の子供だと言われ、俺は村の人に引き取られてすぐに追い出された。どこにも行き場所の無くなった俺は、それから逃げるように山へ籠り、動物たちと暮らすようになった。
でも、まだ俺は寂しかった。森の動物たちも、どんな生き物も、俺に比べてあまりに脆すぎたんだ。強すぎる力は俺を孤独にし、誰とも交わらせることはなかった。そんな暗い森の中、ひとりぼっちで泣きじゃくる俺を救ってくれたのが、爺さんだった。
俺は一人じゃない。俺の他にももっと強い奴がいて、俺を人から遠ざけるだけの忌々しかったこの力で、人を助けられるんだって。爺さんに屋敷へと連れてこられてから、そう思えるようになった。
かつて俺を遠ざけた奴らは、俺を村の英雄だと持て囃した。やや複雑ではあったものの、やっぱり嬉しさの方が勝った。でも時々、俺の中で薄暗い感情が顔を覗かせる。
今までに鬼を殺す時、手に違和感が走ったのはなんでだ。
あんなに強い屋敷の奴らでも、術式が無いのはなんでだ。
俺の髪がこんなに赤いのはなんでだ。
時々、夢を見るのはなんでだ。
人を食う夢を、見るのはなんでだ。
ずっと目を逸らし続けていた。直視してしまったら、きっと心が壊れてしまうと、そう思っていたから。でも、そうやって目を逸らし続けてきた俺の目の前に、ある男が現れた。
自分に意思に関係なく神の入れ物にされ、俺と同じ山の匂いのする男、春水だ。あいつは自分が神の入れ物であると知っている。自分が、人の神ではなくもののけの神であると、心底理解している。
神の影響っていうのは恐ろしい。何せ魂の半分も占領されるんだ、あいつが急に人を殺し始めて人間と対立したと言っても、何ら不思議なことでは無い。むしろ自然な事だ。
でもあいつはそんなこと分かっていて、人を救うために刀を振るう。普通、怖いだろ。自分の正体が恐ろしい化け物で、いつ人を襲ってもおかしくないなんて知ったら、発狂してもおかしくない。
ただそんな姿が、俺の背中を叩いた気がした。あいつが泣きながらも、俺の手を取ったあの日。俺は間違いなく救われたんだ。あの日俺は春水のことを強くするなんて言ったが、実は俺の方が強くさせられていた。だから、俺はもう迷わない。
「俺は!!!!俺なんだよ!!!鬼だなんだって関係ねぇ!!!!!それがなんだ!!!俺は救う!!お前を殺して、数多の人間を救う!!!俺は!!!坂田金時だ!!!!!!!!!!」
「知ってるっつの♡あんたの名前なんか!いちいち名乗りを上げないと攻撃も出来ないの?」
「はあああああああああ!!!!!!!!!」
雷が迸る。全身の筋肉が悲鳴を上げ、肉が焦げる不快な匂いが鼻に立ち込んだ。
(それでいい!俺はここで、限界を超える!)
明らかな過剰電流。普通の鬼であればまず助かることは無い威力の雷が、俺の体を埋め尽くす。視界が白けてもはや身動きひとつ取れない。ただそれは逆に言えば、今の俺の体は絶対に相手を近づけさせない無敵の壁となるということ。
「は?アンタ、合の子の癖に。なんだよそれ、なんなんだよ!!!!!!」
鬼にとって角というのは重要なものだ。最上位の力を持つ鬼ともなれば、角を媒介にして更なる力を引き出す秘術。『怒髪鬼神』が使用出来る。
俺に少しでも鬼の血が流れているって言うのなら、ここでそれを引き出してみせる。雷を集中させてひとつの形を作り、俺の頭の左側に角として固定させる。力の関係で一本しかできなかったが、それでも本物の半分ぐらいは効果を発揮するはずだ。
「ただの猿真似だけどよ。いい線行ってるだろ?お前が嫉妬するくらいの出来だもんな。」
「...........あっは♡いいよ、そんなに惨めに死にたいって言うなら見せてあげる♡アンタの偽物とは比べ物にならない、本物の鬼神ってやつをさぁ!!!!」
酒呑が頭の生えている二本の角をぐんぐん伸ばし、完全な形の『怒髪鬼神』を発動させる。こちらの擬似展開したものとは比較するのがおこがましいほどの圧倒的な角は禍々しい紫に輝き、その力を遺憾無く放っている。
それに呼応するように酒呑の大斧が戦慄きだし、その大きさを縮小させる。最終的に手斧サイズに変化して使いやすくなったであろうそれは、酒呑の角と同じ紫色の炎を轟々と纏った。
「これ、今までの鬼神たちが死後に遺していった角を加工して作った魅孕なの♡能力は、人間の寿命だけを焼く呪いの炎を立ち上げること♡アンタにももう分かったでしょ?勝ち目なんてはなっから、な!い!の!【怨みを忘れるな】『呪戒天角』」
俺の鉞の相手の手斧がぶつかり合い、数度極大の火花を散らす。速度と重さは以前向こうの方が上。だが、反応速度はこちらに分がある。右上からの袈裟斬りを相手の下前に出ることで回避し、それと同時に腹へ横に薙ぎを繰り出す。
酒呑は自分が攻撃を食らったことなど意にも介さず、こちらに向かい追撃の足蹴を繰り出そうとする。しかし、酒呑は体の動きを止めてその場に倒れ込み、全身を痙攣させた。
「お前ら鬼は傷が再生するからって回避がお粗末なんだよ。肉を切らせても、骨を断てなきゃ意味がねぇだろ?」
酒呑ともなれば、確かに俺の電撃は命を脅かすことがないかもしれない。だが、どんな生物だって脳から発せられる微弱な電気信号で体を動かしている。それをこちらの高電流で乱されれば、いかに鬼の統領とは言え数秒間動きは止まる。
「かしゅ...。かひゅ....。はぁっ...。はっ...かっ......。ひぅ....。ぐっ....!まだ....。一回当たっただけ....!」
酒呑はすぐに電撃から立ち直り、手斧をこちらへデタラメに構えた。麻痺から回復しきっていないのか、速さも重さもさっきまでとは雲泥の差だ。それでも、まだ確実にこちらを屠らんとする気迫が衰えていなかった。
だが結局、膂力を十分に発揮できていないため、手斧を振ろうとする酒呑の肘を下に押して牽制するだけで攻撃を未然に防げてしまう。
「まぐれでいい気にっ...!『羅生』!!!」
こちらが攻撃を叩き込もうとした刹那、足元から朱色の柱が五本出現し、俺を上空へカチ上げた。俺が宙で身動き出来なくなっているその隙に、酒呑は体勢を立て直して小休憩をとる。
(術式も出させた。血界はまだ要警戒だが、ここで押し切れば関係ない!一気に叩く!)
宙から降り立った瞬間に地面を蹴り飛ばし、できるだけ回復させないように追撃を繰り出す。しかし、酒呑へと向かう途中でまた地面から柱がせり上がり、動きを止められた。
なんとか柱の妨害を抜けて攻撃を繰り出そうとするも、やはり結局はこちらの攻撃すら柱が受け止める。それどころか、柱に防御を全て任せ、フリーになった酒呑が全力でこちらに手斧を走らせてくる。
雷を盾に防御したとはいえ、酒呑の一撃をもろに食らってしまった。俺ははるか後方に吹き飛ばされ、壁へと凄まじい勢いで向かう。
(問題ない、受け身を取ればまだ戦闘は続行可能だ。ここはひとまずっ?!)
後方の壁から柱が出現。柱は明確な悪意を持って俺の背中とめり込み、こちらが受け身をとることさえ許さなかった。
「痺れもそろそろ取れてきた。やっぱり、アンタみたいな半端ものがアタシにかなうわけないじゃ〜ん♡人喰ってから出直して来いっての!!!」
酒呑の手斧が、確実なトドメを刺さんとこちらの首へ向かう。その時、ドカンと金色の物体が、地面を下から上に貫いて二人の間に割って入った。
「金坊!昼寝の時間かぁ?!」




