命は等しく輝いて(三)
戦いを楽しむ心、知り合った相手を殺したくないと思う心。そのふたつがせめぎ合い、僕は結局二人を殺すことが出来なかった。
最低限、結界を作り出していたであろう蛇は斬ったが、どうしてもそれ以上は出来なかった。明らかな矛盾。鬼熊の言う通り、沢山殺してきたはずなのに。
生きるためでも、守るためでもない。ただ欲望のために殺してきた。試験を受けるような気持ちで、命を踏み躙って屍を築き上げてきた。
それは正しいことなのか。今になって、昨晩の金時の言葉がフラッシュバックしてくる。僕は、今正しい側に立てているのだろうか。立てていたとして、その正しさは本当に僕の本心から生まれているものなのだろうか。借り物の言葉、偽りの大義。
僕は全く知らない人が鬼に食われていたとして、心の底から怒れるだろうか。目の前の醜悪に心を燃やし、義憤を胸に刀で誅すことが果たしてできるのか。
これらの問いの全てに、確信を持って答えることが今の僕にはできない。前世ではこんなもの、考えようとしたことさえなかった。僕は色々な人と関わるようになってから、弱くなってしまったのかもしれない。
「わん....わお!」
ボロボロの花丸が、僕の腕の中で励ますように吠える。僕はそれを見て、少し頭の中が晴れた気がした。花丸の頭を優しく撫でて傷が開かないように穏やかに労う。
(ひとまず考えなくていい。花丸をきちんと守れたんだ。今はそれだけで、いい。)
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「また生き延びちまったなァ、おやっさん。俺もあんたも、ボロボロだけどよ。」
「そうですね、あの子は強くなった。欲を言えばここで殺された方が後々良かったのですが、まあ強さを見れただけでひとまず良しとしましょう。」
そう言って腕を上げようとしたおやっさんだが、もう肘から上は自由に動かせないようだった。それもそのはず、坊主の炎に無理に突っ込んだせいだ。一時はそれで捌いたものの、火傷が酷い。あれだけ余裕ぶっていてその実は、逆におやっさんの方がピンチだったって訳か。
「でもあんなに焦んなくたってよ。火が消えるまで待てば良かったじゃねェか。」
「私とてもう歳なのですよ。あれ以上戦闘を継続していてはバテてしまいます。それに、ああいう手合いの若さをこうも見せられては、先人として喝も入れたくなるでしょう?」
春水は紛うことなき神だ。ただの人間が、一年たかだかであれだけの力を持てるはずがない。まつろわぬ神と大口真神のブレンド、あいつは確実に最強になる。
人の形でありながら、中身は人ならざるもの。これから消えゆく運命にあるもののけたちからしたら、そんな藁でもすがりたくはなるか。俺からしたら心底理解できないが、未来への希望っていうのは、そんなに大事なものなのかと思いに耽ける。
「年寄りどもは未来のためだなんだって殊勝だなァまったく。いいじゃねェか、滅びるも滅びないも。俺たちには関係のねェ話さ。」
「そうでもない...ですよ。あの子がもし、神としての本領を発揮するようになれば、望もうがそうでなかろうが、確実にもののけの時代が来る。今までのように穴蔵で暮らす必要も、人に怯えて生きる必要も無い。それは、素晴らしいことだと思いませんか?」
「老い先短い爺さんがそんなに手を尽くしたって、楽しめる時間は少ないぜェ?まあ、そいつァ結構ワクワクするがな。」
おやっさんは満足そうに腕をだらりとぶら下げながらレイピアを探し、口でたすきを結んで腕に無理やり獲物を固定した。そうして若々しい笑みを見せてから、俺を起こして再び歩き出した。
「さぁ、生き延びたなら仕事をしましょう。私たちの旅路は元々、死にゆく運命にあるもの。唄鳥は、鳴いて死ぬから唄鳥なのですよ。」
おやっさんは、かつての旅路を思い出すようにそう呟いた。数を減らしていく同胞たち、日々痩せこけていく仲間たちを救うため、人間に反旗を翻し戦った、革命の旅路。
『唄詠』を筆頭に、おやっさんや『分福茶釜』その他五人のメンバーで組織された部隊。名を『唄鳥』と言い、死ぬまで敵を屠ることを諦めない。正に死ぬまで歌い続ける鶯の如き姿勢から人間たちに非常に恐れられた。
現在は人間の手によってメンバーのうち半数が討ち取られ、もはや伝説は遠く薄れていった。部隊が解散された後、おやっさんは革命よりも保守を優先し、階層守護者となってまでもののけ達を数十年守り続けた。そんなおやっさんが、死に際にひとつ種を残そうって言うんだ。手伝ってやらない理由がない。
「腹が痛むが、まだ多少は動けるぜェ。うっし!肉壁にでもなってやらァ!」
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雷を身に纏い、秒速三百四十メートルの速さで要塞を駆け上がる。そしてそのまま壁や雑魚敵その他諸々を無視して最短距離で島の中心まで突き進むことで、三分と経たずに大将首との会敵を果たした。
「あっは♡常識とか無いわけ?ほんとあんたらってキモーイ♡」
「金時、貴方に用はありませんの。綱はどこにいるのかしら?」
ピンク色のツインテールを靡かせ、小さなその身の丈に合っていない巨大な斧を担いでいる酒呑童子と、金の縦ロールを揺らしこちらには目線さえ向けない茨木童子が堂々と俺の前に立った。
(流石に今の状況で二対一になるのはまずい。まあ作戦通り、茨木は綱に任せてこっちは酒呑に集中するか。)
「綱なら下だ。行くなら早く行け。」
「素直なのはいいことですわ。それに免じて、酒呑。優しく殺してあげてあそばせ。」
茨木は俺の言葉を聞いてそうそうにその場から退場。残るはニヤケ面を貼り付けた酒呑だけになった。酒呑は腰に挿している瓢箪から酒をぐびぐび飲み、余裕だとでも言いたげな風に隙を見せている。
童女のような見た目のくせに酒を煽る姿がなんとも異様に映り、集中力を削がれる。見た目に惑わされぬよう、深く呼吸をして酸素を脳みそに回し、全身の血管の流れを早めた。
「そんな必死にならなきゃアタシにも勝てないの?だっっさ♡ザーコ!ザーコ♡」
挑発に耳を貸すことなく、『雷々落落』を発動させて全速で酒呑の体へと鉞を叩きつける。しかし、俺の鉞はこちらよりもはるかに大きな斧で弾かれ、呆気なく後ろへ後退させられた。
「やっぱちょー弱いじゃん♡筋肉の割に全然強くなーい♡」
軽い言葉とは裏腹に、酒呑の放つ攻撃はどれもこれもが即死級の威力を誇る大技だった。その鉄の巨躯から繰り出される単純なぶんまわしが空を裂き、風圧だけで壁にヒビを入れる。かと言って動きがのろいかと言われればそうではなく、酒呑は雷を纏って速度を強化した俺と同等に打ち合える速さだった。
攻撃が止んだ一瞬の隙を見てこちらが攻勢に転ずるも、大斧は攻撃だけでなく防御もこなした。酒呑本体が小さく、獲物が大きいというミスマッチは防御の面において最もその利点を見せた。
斧を遮蔽にこちらの攻撃を全て軽く弾く。当然、重さは向こうの方が上なのでよろめくことや怯むこともない。
(防御に回られた方がやり難い...。カウンターでも狙うか?ナシじゃねぇが、ちょっとでもミスれば即ミンチだな。)
覚悟を決め、術式を体の外側だけでなく内側にまで浸透させる。人間の電気信号の速度を無理やり引き上げて、反射神経を活性化してあらゆる攻撃に対応できるよう構える。
こちらがカウンターに目的を切り替えたことを察知したのか、酒呑は一向に動く気配が無くなった。だがそれにしては少し妙だ。酒呑はこちらの動きを警戒しているというより、こちらを訝しんでいるように首を傾げた。
「今気づいた。アンタ、なんで術式使えんの?マジ意味わかんない。.....あ〜!わかっちゃった♡その赤髪、明らかに人間じゃないもん♡アンタ、鬼と人のハーフでしょ♡」
反乱革命ゲリラ『唄鳥』の構成メンバーは八名。
・唄詠
・酔鯨吟麗
・分福茶釜
・問法師
・羅刹雪牡丹
・凰団扇
・雨守白鱓
・黒縄大皿横綱
今後出てくるかもしれないので設定だけでも出しておきます......。あと受験近いので応援してください...。




