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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
52/235

嵐の前の静けさよ

 ヤスとの決闘があってから、今日で五ヶ月が経過していた。つまり、僕がこの屋敷に来てから一年経ったということになる。


 この五ヶ月間は本当に淡々としており、派手な任務も派手な事件も起こらず、ただただ日常が続いた。そうして今日も、またいつものように朝食をとって基礎訓練に励もうとしていたところ。僕は急に、貞光さんに呼び止められた。


「春水くん。ちょっと会議です。急いで来てください。」


 言われるがままに、僕は貞光さんに着いていく。そうして僕は広い一室に通され、襖を開けた。部屋の中には、真ん中に大きな机とどこかの島の地図。加えてそれを取り囲むように屋敷の面々が勢ぞろいしていた。


「はい!全員揃ったので会議を始めます。議題は勿論これです。私たちの悲願、鬼ヶ島の完全攻略です!」


 貞光さんの話の要点をまとめるとこうだ。まず、今まで見発見だったという鬼の隠れ家的存在。鬼ヶ島を発見したとの情報が入ったこと。


 そして、その鬼ヶ島の地図を入手することができたので、これでようやく鬼の大元を叩けるのだということだった。


 確かに、今までは鬼が出現してから退治するという、後手に回る対応しか取れていなかった。しかし、今回の作戦で大元を叩くことが出来れば、これから先、鬼の被害は一気に減る。


「ということで、鬼ヶ島攻略メンバーを決めました。まず、金時くんは自慢の速さで真っ先に敵の統領である酒呑童子を潰してください。次に、その右腕である茨木童子は綱さん。私と季武くんは他の中堅どころを狙います。春水くんと保昌くんは雑兵処理をお願いします。とは言っても、自己判断で構いません。まだまだ行けそうだと判断したなら、こちらのフォローもお願いします。」


 そのほかの頼光さんと道鏡は、屋敷の警護及びかぐやの護衛だそうだ。頼光さんはもう歳だし、道鏡は戦っている所を見たことがないので、まあ妥当な判断であると思う。


 ただ、この数ヶ月で理解させられたのが、道鏡は凄腕の僧侶であるということだ。断面が綺麗であるなら腕だってくっつけることができるし、浅い傷ならほぼ一瞬で消し飛ばしてしまうことが出来る。


 でもやはり、天は二物を与えない。恐らく道鏡は体術がからっきしのようで、僕は道鏡が走っている姿さえ見たことがない。そんな道鏡を前線に出すのは危険すぎるのだが、それでも尚、いてくれるなら心強いと思ってしまう。


「道鏡は来ねェのかよ。結構使えると思うぜ、こいつ。」


「その案も考えましたが...。やはりこれ以上屋敷の警備が薄くなるのは避けたい。仕方ないと割り切ってください。」


 その言い草に若干の違和感を覚えたが、僕は気に止めるほどでもないかと判断してスルーした。そんなこんなで会議が終わり、久々の任務に心を震わせながら自室へ戻る。


 明日の早朝に出発なので、荷物をまとめて明日すぐに発てるように準備を終わらせておいた。すると準備中に、織が首を傾げて話しかけてきた。


「どこかにいくの?おねぇちゃんもついて行こうか?」


「ごめんね。ちゃんとした任務なんだ。織にはお留守番をお願いしたくて...。」


 僕がそういうと織は不満そうに頬を膨らませた。それからぽかぽかと小さい腕で僕を殴りつけ、最終的には涙ぐんで僕に懇願してきた。


「織、この屋敷にいるかぐやって女の子のこと、知ってる?」


「うん....。わかる。それがどうしたの?」


「その子は僕の友達で、色んなもののけたちに狙われてるんだ。この前の土蜘蛛にだって狙われてたんだよ。だから、織には僕の友達を守っていて欲しいんだ。連れて行けないのは僕だって寂しいけど、でもかぐやを一人にもできない。頼めるかな...?」


 僕の言葉に納得したのか、織は自分の胸をどんと叩き、胸を張って僕のお願いを聞いてくれた。そんな一連のやり取りを見て、知ってか知らずか花丸がしっぽをぶんぶんと振って僕にジャンプして飛び乗ってきた。


「あ!わたしも!」


 それに負けじと織も僕に飛びかかってきて、二つの重さが僕を押し潰した。これから危険な任務に行くというのに、緊張感が無いことを自分でも危惧しつつ、僕はそのまま布団を手繰り寄せて三人で寝た。


 次の日の早朝、僕は荷物をまとめた鞄を馬に括り付けて早速屋敷を後にした。部屋を出る時、何故か花丸がどこにも見当たらなかったが、散歩にでも出かけたのだろうか。


 出雲国まで馬を走らせること約六日。所々休憩を挟みながらだが、ようやく馬での長旅を終えることが出来た。


 旅の途中、鬼が出たり蛇が出たりの紆余曲折があったが、このメンバーが強すぎるせいか。大体の敵は瞬殺で終わる。刀を抜こうとする前に戦闘が終了してしまっていることが大半だったので、僕とヤスはなんだか肩身が狭かった。


 この紆余曲折の中でも、最も驚いたのは旅の初日だ。僕が荷物から水を取り出そうとすると、荷物の中からガサゴソと動く何かが出てきた。


 荷物の中から出てきたそれは、なんと花丸だった。花丸は口に僕の非常食たちの食べカスを沢山つけており、何やら自慢げな表情をしていた。


 そんなアクシデントもあったが、事態はつつがなく進んだ。出雲国についてからは、船で隠岐島まで移動。隠岐島で一晩を過ごし、朝を迎えてからまた船で鬼ヶ島へと向かう。


 鬼ヶ島の発見が遅れたのは、その島が隠蔽に長けた結界に包まれていたからだ。この結界はきちんとした手順を踏まなければ姿を視認することさえできないという高度かつ厄介なもので、これこそが僕らにこんな面倒な手順を踏ませた原因である。


 これを発見できたのは本当に偶然。この隠岐島に寄った商人が海を眺めていた際に見知らぬ島を発見し、それを島の現地民に尋ねたところ、島の姿を見えてさえおらず、不審に思い通報した。とのことだった。


 この話からお上は調査に調査を重ね、あの島から鬼が大量に船を出していることを確認。それに加えて、隠蔽のための結界を貼っているということも調査により判明した。


 そして最も重要な点は、この隠蔽する結界がある時間帯に綻び、その島の全体像をそのままに映し出してしまうということ。


 島全土を覆う結界だ、それがいくら大量の鬼によって編み出された力だとはいえ、どこかに欠点はある。時間帯で言うなら午前十一時からの三十分間、鬼ヶ島はその結界を維持できない。


 故に、僕らは明日のこの時間に鬼ヶ島へ上陸して、鬼の殲滅を開始する。そんな久しぶりの大きめな任務に心が奮い、なんだか寝付けなかったので僕は夜風に当たることにした。


「奇遇だな、春水。お前も寝付けないのか?」


「うん。なんだかちょっと...。」


 金時はそんな僕を見て少し笑い、赤色の髪を風に靡かせた。その瞳が一瞬、憂いを帯びているように真っ黒な海を見る。


 金時は非の打ち所がない男だった。いつも爽やかに笑みを浮かべ、豪快な強さで周囲の人々を脅威から救う。こう彼を評価する僕もまた、彼の救われた内の一人だ。そんな紛うことなき真の英雄が、戦いの前に顔を憂いに染めている。


「春水...。俺たちは、正しいことをやってるんだよな?明日沢山の鬼を殺して。でも、殺した分以上の人を救うんだよな?」


「....?」


 僕は金時の言っていることが、よく分からなかった。正しいとか正しくないとか、そんなことを考えたことさえ無かったからだ。僕がそんなふうに呆けたような表情をしていると、金時はまたいつもの笑顔に戻って踵を返した。


「そう...だよな。明日も早いし、今日はもう寝るとするか!それじゃあ、また明日な!」


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