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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
51/235

強さを求めて

「ぐっ....ぐすっ....ううっ....。」


「なぁに泣いてんだよ。お前らしくもねぇし、それにみっともねェ!」


 体はボロボロで、走る元気なんて無かったはずなのに、気づけば俺は走り出していた。それは綱の言う通り、自分でさえ俺自身がみっともないと思ってしまったからだ。


 俺はぐしゃぐしゃの顔を必死に隠そうとしたが、綱に頭をがっしり掴まれて強制的に泣き顔を晒される。どうせまた綱に笑われるんだろうと思い歯を食いしばったが、俺の予想とは裏腹に、綱は今までに見たこともないような真剣な表情になっていた。


 真っ直ぐな眼差し。いつも飲んだくれて、遊女相手に鼻の下を伸ばしているとは思えないほど、澄んでいる瞳。俺はそれを見て、余計に涙がこぼれた。


「綱....。悪ぃ、せっがぐ...。色々教えでぐれだのに...。」


 綱は複雑そうな面持ちになり、頬をぽりぽりとかいた。何も言わずにただこっちを見つめるだけの綱に、俺は更に涙腺が崩壊。堰を切ったように言葉が口から溢れ出す。


「俺....。強くなったって....そう思ってた。でも違った....。俺の何倍も、シュンは強くなってたんだ。俺は何も出来なかった...!強い術も、特殊な技も...俺には無い...!俺は.....弱い.............!」


 刹那、俺は左頬に強い衝撃を感じ、横に吹き飛ばされた。何が起きたのか全く分からなかったが、地面に衝突し、ようやく自分が綱に殴られたということを理解する。


「ヤス!てめぇ!」


 綱は俺の胸ぐらを掴み、宙へと持ち上げる。俺は一連の流れの意味がわからず、綱の怒りの表情をただ愕然と眺め続けることしか出来なかった。


「自分が弱いだァ?甘えんなクソガキ!高々一回負けただけじゃねェか!泣いたっていい、逃げたっていい。だけどな、自分を弱いだなんて!死んでも言うんじゃねェ!」


 綱が手を離し、俺は地面へと放り出される。地面に這い蹲った俺を綱は見下ろすことなく、目線を合わせて俺の頭を撫でた。


「強ぇんだよ、お前は。だから諦めんな。女も、強さも。」


 その言葉には、確かな重みと哀愁があった。俺はその言葉で涙を拭い、ガクガク震える膝を叩きつけて気合いを入れ、立ち上がってから今持ちえる全力で叫んだ。


「押忍!!!師匠!!!!!!」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 強さだけが、全てだった。ゴミ貯めの町、食い物よりも死体の方がそこらに転がっているこの町では、強さ以外に価値のあるものは無かった。


 強くなければ死ぬ。何よりも純粋で、単純明快な自然の摂理。腹が減ったら奪って、気に入らない奴がいればぶっ飛ばす。そうやって世界は回っていて、こんな生活がずっと続くものだと思っていた。


 血に塗れていた日常は、それ以上の血と炎で掻き消されることになる。ある日の晩だ。突然、鬼どもがやってきてここら一帯を蹂躙した。


 お上の侍や、武士たちは来ない。なぜか。救う価値もない場所だからだ。ここで何人死のうが、どれだけ無慈悲に慰みものになろうが関係ない。


 全てが焼け野原になり、いつも以上に死が充満した瓦礫の荒野の中から、俺は這い上がった。運が良かったのか、それとも単に強かったから生き残ったのか。とにかく俺は生き延びた。


 ただ、この町以外での生き方を俺は知らない。俺はそれからボロボロの刀を握り、山賊のように暮らした。通りかかる商人を襲い、命以外の全ては強奪していく。


 そんなことを続けて数年がたった頃、山賊業を長く続けていた甲斐あってか子分たちが大勢できた。俺はあっという間に、ガキのくせに五十人程度を従える盗賊団のボスになった。


 当然、そこまで規模がでかくなれば目もつけられる。俺はあっけなく国の衛兵に捕まり、そこで牢屋にぶち込まれた。


 だがやはりガキだったということもあってか、俺だけは少し処分が軽かった。加えてガキにして団を率いるカリスマと腕っ節が認められ、俺は保護観察処分という大岡裁きの沙汰が下された。


「今日から君の保護者となる鈴原よ、まずは名前を聞いておこうかしら。」


「ケッ。うるせぇよババァ!気安く話しかけんじゃねェ!」


「私はまだ二十!!!!!!!!」


 その日から、鈴原との奇妙な日常が始まった。保護者とは言っているが、鈴原は師匠みたいなもので俺に剣の修行や日常生活のことなどを教えてくれた。


 はじめのうちは慣れない日々に戸惑いもしたが、一ヶ月も経てばすぐに適応した。俺は今までの薄暗い生活を正すように、鈴原と草むしりやら道場の掃除やらをやらされた。


 それに時々、社会奉仕だ。とか言って鈴原の任務も手伝うことが増え、俺はどんどん雇われ武士のような暮らしをするようになっていった。


「これからは人の為に生きなさい、綱。今までの分。いや、今まで以上に人を救うの。」


 こんなことが鈴原の口癖だった。俺はそれを聞く度にうんざりした気持ちで、吐き気がした。でも、なんだか嫌いじゃ無かった。


 奪うことでしか食い物を手に入れられ無かった俺が、金を払うようになった。気に入らないやつがいても殴らなくなったし、人のために命の危険を晒す。なんて馬鹿なマネもするようになってしまった。


 こんな日々が五年続いた。今思い返せば、この日々が一番楽しかったのかもしれない。ところが、五年経ったある日、引き裂かれるように突然終わりがやって来る。それは鈴原が二十五の時のこと。鈴原の母親が病で死んだ。ただの、風邪だった。


 金がなかったので、葬式さえできないと鈴原はチンケな墓の前で涙を流しながら嘆いていた。それを見て俺は、自分はこんなにも無力なのかと感じた。


「散々散々。人のためだなんだと偉そうに言っておいて、自分は母さんのためだけに金を稼いでいた。汚れ仕事も、もののけたちの殺生も、全部お金のため。私は、地獄に落ちるね。」


 墓の前で酷く自嘲的に笑う鈴原を、俺は抱きしめてやれなかった。俺がもっと強ければ。俺がもっとでかい任務を受けて金を稼いで、それで。


「綱はさ、私にとって弟みたいに大事な存在だったよ。それじゃあ、綱は私みたいに地獄行きにならないようにね。」


 ある戦場でのこと、鈴原は俺の目の前で死んだ。普通の子鬼に背中を刺されて、あまりに呆気なく死んだ。


 金がない。地位がない。なにより、力がない。俺は俺の実力不足で、ようやくできた大事なものを全て失ってしまった。


「俺は地獄でいい。あんたがいない天国よりも、あんたがいる地獄の方がいい。」


 そこからは早かった。鬼を金だけのために殺して、金は女にパーッと使って。でも心のせいか、酒のせいか。俺は下の方が使い物にならなくなっていた。


 地獄に行けるように堕落の限りを尽くした。一番笑えるのは、全てが手遅れになったあとで俺の実力が花開いたこと。


 俺の人生はクソだ。はなっから腐ってやがる。足りねぇ、情けねぇ、間に合わねぇ。全部が全部、最悪のゴミ以下だ。


 鈴原は善人だった。善人だから、苦しみ抜いて地獄に行った。だが俺は違う。正真正銘最悪のクソ野郎さ。だから、俺が全部背負うから。もう手遅れなのは分かってる。だけど、一つだけもし叶うなら。


「俺が、あいつを守ってやりたかった。」


 雨の中、鈴原の墓前で泣き崩れた事を思い出す。あいつも葬式が出来なかったんだっけ。でも、俺が貯めておいた金で墓だけはなんとか普通のものを拵えられたんだったな。


 あれから、墓参りには一度も行っていない。

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