決闘、それは魂の高め合い
ヤスとの決闘が開始された瞬間、ヤスは大剣を持っているとは思えないスピードで僕に突進してきた。僕は不意を突かれて若干よろめいたが、それでもなんとか初撃を弾く。
問題はその後だ。大剣というのはその高い攻撃力と引き換えに、素早い動きと精細な操作性を捨て去った武器のはず。なのに、ヤスはそんな常識をぶち壊してきた。
(速っ?!それに切り返しも鋭い....!下手に受ければこっちの木刀が折られるな...。)
「くっ...!東の豊穣、一番『盛馬千』」
なんとか術を使って強引に後方へと避難を済ませ、一度前線から離脱する。しかし、修行を積んだヤスの前ではこんなもの、時間稼ぎにさえならなかった。
「どうしたァ!逃げ回るだけか?!」
速度で振り切れない。ならば、攻撃を全て受け切って見せる。僕はヤスの重く速い剣戟を全て受け流し、汗を滝のように流しながら刀を振る。
だがこちらは疲弊する一方なのに、ヤスの顔からは汗粒一つだって浮かんでいない。それどころかヤスは獰猛な笑みを浮かべ、こちらを蹂躙せんとその刃を力任せに叩きつける。
(速い、重い...。だがそれだけだ!太刀筋は真っ直ぐで読み易い、これならもう見切れる。)
完全に見切れてはいないが、そろそろ僕の目もヤスの速度に慣れてきた頃だ。次第に攻撃を捌くことが簡単になっていき、ヤスの表情に焦りの影が差すようになる。
基礎のゴリ押し。あくまで体術の延長戦上にしかないヤスの戦い方は、良く言って一途。悪く言えば単調なのだった。
純粋な一方向への力というのは、極めて脆いものだ。だから少し横から力を加えればすぐに攻撃の向きが逸れるし、回避などせずとも最小限の動きで攻撃を防ぐことが出来る。
しばらく攻撃をいなしていると、今度はヤスの方が息が上がってきた。状況を不利だと見たのか、ヤスは攻撃を中止し先程の僕のように後ろへ距離をとった。
「.....春水、もう見切ったみたいだね。」
「どうです綱さん!今日こそ賭けは私の勝ちなんじゃないですか!」
「おいおい慌てんなよ。まあ見とけ。」
ヤスが一呼吸置き、体力を少し回復させたあと再び突進を開始する。正直、芸がないなとは思っていた。ヤスは短い詠唱を持たず、できることといえば基本的に体術や剣術のみだ。仕方ないこととは言え、このままでは僕のワンサイドゲームで決闘が終了してしまう。そんな結末、心底つまらないとため息を吐きかけた瞬間、僕は目を疑った。
「喰らえェ!東の豊穣、一番!!『盛馬千』!」
「は?」
思わずヤスの足へと目を向ける。考えて見ればそうだ、僕がこの術を学んだのだって、刑部から見て盗んだからだ。ヤスが使えても不思議は無い。だが、ヤスの足はどこからどう見ても普通で、術をかけた様子は一切なかった。
「しまっ...?!」
完全に、ヤスのブラフにはめられた。目線を下に向けていたせいで一瞬防御が遅れてしまい、僕は腹に大剣の殴打をまともに喰らってしまった。
だがやはり木剣、これが真剣であれば先程の一撃で方が付いていただろうが、生憎僕はまだピンピンしている。殴打の衝撃で後方に吹き飛ばされるも、なんとか足を踏みとどまらせて体勢を確保。追撃に備え木刀を構える。
たった一回のブラフ。もうこんな手は通用しない。心を律し、惑わされぬよう己を強く持つ。そうして身に降りかかる大剣を捌き反撃の隙を伺っていると、そんな隙は与えないと言わんばかりに手痛い一撃を貰う。
(ぐっ.....。既に見切ったはずだろ....。なんでこんなに当たるんだ...?!)
「ほう...。あの歳でもう戦場のことが理解出来ているとは、保昌殿は感心ですなぁ。」
「ぐぬぬ...。先程までの速度は全力ではなかったということですか...。綱さん、悔しいですが教え方は上手い様ですね。」
「殺し合いなんて初見殺しの連続だからな。緩急付けて打ち合うなんざ、初歩の初歩だろ。」
「でもなぁ、手数ってとこで語るんなら、保昌が春水に勝てるとは思えねぇんだが。」
木刀が悲鳴を上げ、これ以上無理な受けは不可能だと悟る。刀が無理できないなら体に無理をさせねばならず、今度は足腰に鞭を打って無理やり攻撃の波を抜けた。
防戦一方のところを一気に畳みに来たのか、ヤスは力強く一歩を踏み込んでまた距離を潰しに来る。そして踏み込みの際、足元から土を僕の目まで蹴り上げて視界を奪う。
どこから攻撃が飛んでくるのか予想もつかないため、僕は『魔纏狼』と既に発動している『盛馬千』を併用して足に力を込め、宙へと回避する。
大剣の風切り音が聞こえ、なんとか一撃を回避したことを理解。その後着地のタイミングに攻撃を合わせられないように素早く地面へ降り、がむしゃらに走り抜ける。
視界が戻るとそれなりに距離が取れており、追撃がなかったのは単なるラッキーだったと胸を撫で下ろす。ただ今の状況、僕が圧倒的に不利になっている。僕は脳みそをフル回転させ、なんとか打開の一手は無いのかと模索した。
「土....。上手い手ですが、保昌くんにしては卑怯臭いですね。」
「いや、春水は純正の人間じゃない。条件が同じじゃないなら、卑怯だなんだって言えねぇんじゃねえか。」
「貞光!賭けに負けそうだからってヤジ飛ばすんじゃねぇ!!」
「違っ?!そんなつもりじゃないですよ!!ただ普段の保昌くんとは少し違うなってだけで...。」
ヤスは大剣を肩にトントンと当て、得意げにこちらを見ている。恐らく挑発だ。今距離を詰めれば、確実に僕を葬る一撃をお見舞されるだろう。僕は悩みに悩んだ結果、結局新技をお披露目することにした。
こちらが挑発に乗らないと分かった瞬間、ヤスは大詰めとして大剣を振り下ろしてくる。これだけの手を考え抜き、それに見合った研鑽を積んだヤスでさえ、トドメの一撃は油断する。
その刹那の時間。僕は覚えたばかりの新技を発動させた。炎が身を包み、神々しい法輪が僕の背に出現する。それはまさに、つい先日僕を焼き、僕を追い詰めたあの強敵の使う技だった。
「『不動・迦楼羅炎』!」
まだ誰にも見せたことの無い、僕が無条件で使える技の中で今のところ最大の技。上座衛門の『不動』とは異なり、少し僕なりにアレンジされているこの技は、見事ヤスの意表を突くことが出来た。
ヤスの大剣を、僕の燃える木刀が焼き切る。そのままこちらが攻めに回ろうとするも、ヤスはその隙を見せることなく引いて行った。
「おいおい!そっちも新技かよ!いいぜ、そうだ。そうこなくっちゃなァ!!火力勝負だ!燃やすぜェ!!」
ヤスは詠唱を始め、僕はその間ワクワクした心地で詠唱が終わるのを待った。トドメでさえ油断しきらず、すんでのところで回避の判断を下し、それを実行する確かな実力。紛うことなき、僕の相棒。テンションは向上し、かつてない滾りが僕の炎とともに立ち上った。
「『火酒緋蜂』!随分長く待たせたな。これで終わらせてやる!!シュン!!」
「待ちくたびれたよ!ここで終わりだ!!ヤス!!」
僕は木刀を捨て、素手でヤスと向かい合う。これでお互い対等、炎を纏った殴り合いに持ち込んだ。そして、『火酒緋蜂』は確か綱さんの魔術だったはず。能力が綱さんのと同じく、相手に炎を押し付ける能力なのだとしたら、僕が負ける道理はない。
『不動・迦楼羅炎』は炎で身を包む以外に、他にも能力がある。それは炎の強奪だ。いや、吸収と言い換えてもいい。とにかく、この技を使用している間は、あらゆる炎が僕を傷つけることはない。それどころか、僕の力を増す燃料として作用する。
殴り合いが始まり、ヤスもそれに気づいたのか表情が一瞬固まる。しかし、すぐにまた獰猛な笑みへ逆戻りし、燃える中拳がお互いの頬に突き刺さる。
頬を殴り飛ばされるも、すぐに向かいなおって相手の頬を同じように殴り飛ばす。すると相手もまたすぐ向かいなおってきて、再び僕の頬を殴る。そんな戦術もへったくれもない殴り合いが、どれだけ続いただろう。
ヤスは最終的に全ての熱量を吐き出し続け、最終的に地面へと倒れた。一方僕は、熱を吸収しすぎたのか自分の炎で身を焦がし、殴打の影響も相まって立っているのがやっとという状態だった。
技を解いた後も炎は燃え続け、僕はしばらくその場に立ち尽くした。一歩も動けない。本当に、何かが少しでも違えば今倒れ込んでいたのは僕だっただろう。
しばらくして、ヤスがふらふらと立ち上がり、僕に握手を求めてきた。僕は快くそれを受け入れ、お互いに強さを賞賛しあった。
「いや...シュンは強ェな....。ちょっと、ちょっと厠行ってくるわ!」
ヤスはそう言ってから、すぐにその場を立ち去ってしまった。その後ろ姿には、光る粒のようなものが見えた気がしたが、僕はそれを見なかったことにした。
「不動明王の炎ですか!拙僧の本山が知れば必死で勧誘しに来るでしょうなぁ...。」
「綱さん!賭けは私の勝ちですからね!まあまたどうせツケなんでしょうけど。」
「ほらよ、持ってけ。」
「え?今日はやけに素直じゃないですか。てちょっと!多いんですけど?!綱さん!!どこ行くんですか〜?」




