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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
45/235

からくり歌舞伎の大立廻り(二)

 


魔纏狼(まてんろう)纏身憑夜鬽(てんしんつくよみ)』これは自分の肉体を狼へと変貌させる『魔纏狼』を拡張したものだ。


 この二ヶ月、ヤスが屋敷を留守にしていたということもあって、必然的に一人の時間が増えた。故に己の術式と向き合い、体の一部分を狼化させるという特性をさらに伸ばすことに成功したのだ。


 その結果、人の形状を保ったまま狼化し、全身に薄く纏う事で膂力と脚力、その他諸々のあらゆるメリットを大型にならずとも使用できるようになった。


 ただし、前述した能力はあくまで制限付き。それも、月明かりの強い夜に直接月光を浴びなければならない。という条件が前提なのだ。


 よって、今の状況では使えるわけもない。これはただの悪あがきだ。もしかしたら、それよりもはるかに劣る醜悪な行為なのかもしれない。


 でも、しないよりはマシだと思った。何もせずにこのまま死を待つよりかは、大切な女の子を守るために立ち向かいたい。


 自分を犠牲にしようとするかぐやに、もうそんなことしなくてもいいんだって、そう言ってあげたい。そんな想いが伝わったのか、はてまた別の何かの要因があったのか。僕は今、この土壇場で術式の発動に成功した。


 全身は金色に染まり、元々あったたてがみはマントのように変形。頭部は狼の形状をしているが、それにはどこか生物的な印象が無く、狼の形の兜を被っている。と表現した方が的確かもしれない。


 胴体もそれはやはり同じで、金で統一された武者鎧を身につけているような。まるで誰かの騎士にでもなったかのような。そんな雰囲気を漂わせている見た目へと変化した。


 そのまま壇上へと上がり、マントを靡かせて刀を振るう。先刻とは比べ物にならない速さと重さに驚いたのか、上座衛門は一瞬傘でのガードが遅れてやや衝撃を受ける。


(うわなり)


 こちらの変身に合わせ、上座衛門の顔が豹変する。いや、むしろここからが本番の第二形態と言ったところだろうか。


 髪の色が白く染まり、般若面のような面持ちへと形を変える。上座衛門が持っているから傘も大きさが倍ほどの体躯に巨大化、もはや前の面影はほとんど無かった。


押戻(おしもどし)


 上座衛門の足元から、こちらに向かって何本もの鋭い大青竹が伸びてくる。僕は我が身を貫かんとして迫るそれらを刀で切って捨て、被害が出ないように対処する。


 ダメージは受けなかったものの、その竹の軍勢の大質量に押されて後方へと飛ばされる。しかしまだ舞台の上に踏みとどまり、反撃の期を狙う。


『矢の根』


 先端が光っている矢が、流れ星のように光の軌跡を描いて放たれる。その数総計十二本、そのうちの半分を避け、五本を切り、一本を手で掴んだ。


 視覚も勿論のことだが、五感全てが今まで以上に引き上げられている。今だって、飛んでくる光の矢を全て見切れていた。


(戦える、戦えてる!そうだ、勝つんだ。絶対に、負けられないッ!)


「東の豊穣、一番『盛馬千』」


 ダメ押しに脚力の強化を使い、今出せる全速を持ってして神速の付きを繰り出す。だがやはり、まだスペックはあちらの方が数段上。


 開かれた傘で付きを受け止められ、そのまま押し返されることで一瞬の隙を晒してしまった。その隙を見逃すはずもなく、向けられた拳を避けられずに手痛い一撃を貰う。


「春水さん!!!」


 腹部に拳が突き刺さり、これでもう何度目かも分からない吹き飛ばし。全身は痛むし、骨だって折れているかもしれない。


 立ち上がる。だってどうだっていいだろ、そんなこと。心配そうに見てくれる人がいる。僕の勝利を、信じて疑わない人がいる。立ち上がる理由なんて、それだけで十分じゃないか。


「立つか、小僧。...名は?」


「春水だ。冥土の土産に覚えていってくれ。」


「カカ。いいだろう、しかと覚えたぞ、春水よ。」


 上座衛門の攻撃は苛烈さを更に増し、言葉の後に再開された。基本は変わらず傘での打撃、ただ威力が桁違い。風圧だけで若干体が揺れるレベルだ。


 それらの全てを紙一重で避け、合間を縫って刀を懐へ潜り込ませる。しかし、尽く無意味。こちらの攻撃がクリーンヒットして尚、相手は毛ほどもダメージを感じていないようだった。


 基礎の積み重ね不足。経験や才能が全く関与しない、自力の差。あまりに僕は幼すぎたのだ。自らの筋力が足りない故に致命打を与えられず、逆立ちしても勝つことができないという事実を突きつけられる。


不動(ふどう)


 そこに追い打ちをかけるように、上座衛門の背後に法輪が作り出されて、から傘が豪炎を上げる。文字通り火力が高くなった傘を用いて、僕の刀とのぶつかり合いを始めた。


 刀と傘の逢瀬。傘が風をぶんぶん斬る度に、辺りを焼き尽くしてしまいそうな熱波がこちらを襲う。右からの撫切りを避け、唐竹割りを流し、付きを受ける。


 汗だくになりながらも、炎と法輪が消えたタイミングで、ふと思う。なぜこんなにもコロコロ出す技を変えるのかと。


 例えば今の剣戟でもそうだ。もし仮に近接格闘中に矢や竹を出せば、勝負は一瞬で終わっていただろう。なぜ、上座衛門はそれをしないのか。


 いや、しないんじゃなくて出来ないんだ。おそらくだが、一度使った技はしばらくもう使えない。それに加えて、技の同時発動は出来ない。


 ただ形態が変化した時の技は未だに続いているので、あれは永続するかもしくは例外的なものなのだと一旦は置いておく。そもそも状態変化のトリガーなだけであって、正確な術という訳ではないのかもしれない。


 技が全部でいくつあるのかは知らないが、全て出し切らせてしまえばあとはどうとでもなる。とにかく今は、攻撃の手を緩めずに相手の手札を場に出させることが優先。


(術なしでも十分に脅威ではあるけど...今よりかは幾分突破口はある。このまま攻め続けていればッ?!)


鎌髭(かまひげ)


 突如首元に鎌が出現し、その刃が僕の首元を掠めた。赤い線が横にまっすぐ引かれ、雫を一粒垂らす。危なかった。もし僕が成熟していて、喉仏がぽっこり出ていたらそこを刈り取られて死んでいた。


 先程までは自らの幼さを嘆いていたが、今は逆に幼さに感謝している。僕は自分の首をさすって、ちゃんと首と胴がくっついていることを確認した後、懲りずにまた攻勢に転じた、まさにその時。


「八つ演目終了。これより幕間に移行する。九つ演目、『外郎売(ういろううり)』」


 突然、上座衛門がその場に項垂れ、動きを停止する。僕は一瞬、何が起こっているのか分からず呆気に取られてしまったが、とにかく今は攻め時だと心を奮わせて一歩踏み込む。


(罠か...?だが、ここであえて罠を張る必要性はない。じゃあなんで...。ああ。そういうことか。)


 考えてみれば、なんてことは無かった。僕の術式が条件付きであるように、これだけの能力を駆使していた上座衛門が無条件であんなに多様な技を出せるわけが無い。


 相手の言葉通りに受け取るのならば、出せる技は最大で八つ、いや九つ。八つの種類の攻撃を繰り返した後、必ず九つ目の『外郎売』で休眠状態にならなければいけない。


(一つ一つの技が独立した術式でもいいくらいの能力!それで今のスタン状態が反動だって言うのなら、それなりの時間を拘束されるはずだ!)


 僕は『焱立燈華(えんだちとうか)』を完全詠唱し、刀を上座衛門の首へと水平方向に向かわせる。ただ首とはいえ、流石に硬い。首の切断とまでは行かなかったが、それでも相手の首には刃の跡と、そこから若干伸びるひび割れがくっきりと刻まれた。


「これより第二幕、八つ演目を開始する。幕を上げろ。」


 上座衛門が再起動し、再びその目に光を宿らせる。しかし、一瞬その体がぐらついて重心がブレる。どうやら先程の攻撃がそれなりに効いているようで、上座衛門は首筋を片手で抑えて体制を立て直そうとする。


 そんな立て直しを待ってやるほど、こちらは寛容では無い。今まで全くダメージが通っていなかった相手に、やっと傷がついた喜びで気分は上限突破。昂りをそのまま相手に発露するように、弾丸を思わせる速度で突っ込んでいく。


毛抜(けぬき)


 上座衛門の髪の毛が逆立ちはじめ、両腕の代わりに防御を行う。だが、無理な体制からの無謀な防御。そんなものが今更通じるわけもない。僕は上座衛門本体を守る壁のような髪の毛に刀を突き刺し、そのまま髪の守りを突破する。


(うわなり)


(手応えはあった。だが違う。直前で般若の面に阻まれたな。でもいい出だしだ、こんなにもすぐ二つの技を出させたなんて。)


 般若の面が半分砕け、もう半分からは隈取りが見えている上座衛門は、どこか嬉しそうに見えた。

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