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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
44/235

からくり歌舞伎の大立廻り(一)

 僕は今、深夜の町にかぐやと二人で来ている。僕は三人で行きたかったのでヤスも誘おうとしたのだが、ここしばらくヤスは綱さんについて行っているみたいで、顔を合わせることが出来なかった。


「春水さん...無理を言ってまたこんな夜更けに連れ出してもらって...。本当にありがとうございます。」


 任務から二ヶ月後、土蜘蛛ももういないので、昼間に遊ぼうと誘ってみたところ、かぐやはそれを申し訳なさそうに断った。


 理由を尋ねてみると、どうやらかぐやは日中、外に出てはいけないと強く言われているとの事だった。かぐやは日に焼けると彼女の肌の美しさが損なわれてしまう。なんて下らない理屈で、産まれた時から日光を浴びることなく育ち、驚くべきことに今までの人生の中で一度も太陽を見たことが無いんだとか。


 それを聞いた僕はかぐやが気の毒に思えて、せめて夜だけでも外に連れ出してあげたいと思うようになった。


「全然いいんだよ。でも、流石にもうどのお店もやってない....よね?」


「そう....ですよね。あ、あそこ!まだ提灯が出てますよ!あそこに行ってみたいです!ほらっ!」


 かぐやは外に出ると、毎度毎度こちらが思っている以上にテンションが上がる。今だって、僕の手を取ってぐいぐいと引っ張っている。傍から見れば普通の年頃の女の子なのだろうが、いつもの姿を見ている僕としては少しの違和感を感じざるを得なかった。


 手を引かれて入った先は、小さな演舞場だった。時刻はもう十二時を回っており、こんな時間までやっている演舞などあるのかと疑問に思ったが、とりあえず進んでみることにした。


 演舞場の中は予想通り、僕たち二人以外誰も座っていなかった。壇上には歌舞伎役者が一人、項垂れている。


「わぁ!私、歌舞伎って見たことないんです!春水さんはあるんですか?」


「僕も無いかな...。でも周りに観客が誰もいないし...本当にこれやってるのかな?」


 急に和太鼓と笛の音が鳴り始め、それが止んだと同時にドンッと、何かを踏んだような音が鳴った。僕が驚いて音のする方へ目をやると、そこには先程まで項垂れていた歌舞伎役者がスポットライトを浴び、からかさを開いて足拍子を取っていた。


 歌舞伎役者は真っ赤な髪に金の派手な衣装。それから顔には黒と赤の隈取りが引いてあり、いかにも歌舞伎役者と言ったようなポーズを取っている。


「人形...?」


 明転した舞台の上では、あらゆるものの姿がはっきりと見える。その為、あの歌舞伎役者が人ではなく、かといって糸も無いので人が操っている糸繰り人形だとも考えにくい。


 違和感がようやく明確な形を成してきた。今目の前にいるのは、紛れもなく悪霊。しかし、そんなことを知るはずもないかぐやは、呑気に演劇が始まるのを待っていた。


「かぐや、ここは普通の演舞場じゃない!早くここから出なきゃ!」


 ここに入った時とは真逆に、僕がかぐやの手を引いて外へ脱出しようとする。しかし、そんな試みは無駄に終わった。


「【血界侵蝕】『真打幕上(しんうちまくあげ)』」


 僕らが入ってきた入口と、元々あった出口が消失し、代わりに客席には大量の松の木が出現した。退路を断たれ、もはや選択肢は残されていない。僕はかぐやと繋いでいた手を離して、歌舞伎人形のいる壇上へと向かい上る。


 僕が完全に壇上に上り終わると、歌舞伎人形はおもむろに腰に刺していた刀を抜き、こちらの足元へと投げた。


 投げられた刀は僕のちょうど足元に突き刺さり、ご丁寧にこちらに柄が向いている。僕は現在なんの装備も無く、それどころか戦うなんて想定さえしていなかった。そんな僕を見かねたのか、これを使えと言うことなのだろう。


 目の前に差し出された刀を地面から抜き、そして正面に構える。それに応じるように、相手も臨戦態勢を取って、から傘を閉じ右手のみで構える。


「からくり歌舞伎の上座衛門(かみざえもん)。いざ尋常に、参る。」


 その言葉の途中で、僕はもう既に走り出していた。現状、敵が一人しか見えないとはいえ、ここは血界の内部。もし先手を取り損なえば、かぐやにも被害が及ぶ可能性がある。


 その可能性を潰し、確実に自分に有利な状況へとことを運ぶため、相手が傘を構えている右手とは反対の側から横凪を腰をかがめて低い位置から繰り出した。


(しばらく)


 相手はさも当然のように、左足を一歩分後ろに下げて、身を捻った最小限の動きでそれを傘で弾く。ここの不意打ちで決めれれば良かったが、まあそんなに上手くいくとも思っていない。


 不意打ちの失敗を嘆きながら、すぐに後方へと飛んで避難。攻めの姿勢を保ちながらも、反撃を食らってしまわないようにきちんと相手の動きを見定める。


 そのため、攻撃を弾かれては後ろへ飛び、弾かれては飛びのヒットアンドアウェイに徹する。こうすればなんとなくの相手の力量が掴めるし、何より致命的なダメージを負うこともない。


(反撃が無い....。向こうも様子見か....?)


 上座衛門は全くと言っていいほど、その場からほとんど動かなかった。こちらがどれだけ足を使って多方面から攻撃を加えても、その全てを一瞬のうちに見切って完璧な防御を最小限に行ってくる。


助六所以江戸桜(すけろくゆえんえどざくら)


 突然、上座衛門の動きが変わった。先程までの不動の姿勢とは打って変わって、傘を大きく開き、踊り始めた。そして上座衛門が踊っている間、傘の内側から桜の花びらがちらちらと舞い落ちている。


(隙だらけ。なのにどうしてだ!攻撃しようと思っても、足が動かない!?)


 僕が動けなくなっている間に、上座衛門はじりじりと踊りながら距離を詰めてくる。そうして相手の射程圏内まで距離が縮まると、上座衛門はようやく傘を閉じた。


 その時点で僕も足が動くようになったが、その瞬間にはもう既に凄まじい勢いで傘がこちらの頭上へ振り下ろされている。


「避けれ無いならせめて...流すッ!」


 刀を少し斜めにして掲げ、傘に込められた力の進行方向を少し横にずらす。単純な力任せの振り下ろしだったのが幸いして、なんとか直撃を避けることが出来た。


 上座衛門によって振り下ろされた攻撃の向かった先をちらっと見てみると、そこの壇の地面がクレーター跡のようにべこりと歪んでいた。


 あんなものをまともに食らったら、一撃で死ぬ。そう思って冷や汗を滝のように流しつつ、振り下ろされたままの傘の背を踏んで無防備になった上座衛門へと飛び込む。


象引(ぞうひき)


 傘から手を離し、信じられないスピードで刀を掴む。そして上座衛門は刀を握っている僕ごと壇上から客席までぶん投げ、僕はなされるがまま壁へめり込まさせられた。


「春水さん!大丈夫ですか.....?!血がっ...!私のせいで...!」


 壁にめり込んだ僕をかぐやが引っ張り、何とか取りだしてくれる。その間上座衛門はずっと壇上からこちらを静かに眺めており、その静かな佇まいは暗に再び上がってこい。ということを僕に語りかけていた。


「大丈夫っ...だから。心配しないで、絶対に...負けないから。」


 にっと笑顔を作り、壁に打ち付けられた衝撃で地面に落としてしまった刀を再び拾い上げる。ギリギリ受身は間に合った。だったら、まだ戦える。


 血を大量に流しながら、よろよろと壇上へ向かう僕をかぐやは掴んで止めた。その手は震えていて、顔は恐怖一色に染まりきっている。


「だめ....です。だめですっ!殺されちゃうんですよ!私が外に出たいなんて言ったから!春水さんまでこんな目に遭って...。逃げ...そうだ!逃げてください!私がっ!少しでも時間を稼ぎますから!」


 かぐやは真剣に、僕にそう訴えた。帝の子で、この世で最も高貴な身分で産まれた彼女が。自分が犠牲になると、そう言っているのだ。


 僕はかぐやがどんな人生を歩んできたのか、ほとんど全く知らない。だけどこれだけは言える。決して楽しい人生ではなかったのだろう。


 太陽の下を歩けず、ずっと締め切った薄暗い部屋の中に何年いたのか。そんな状況ではまともに友達なんかできるはずもない。ヤスから聞いた話では、京にいた頃からかぐやはずっと一人で、幼なじみのヤスでさえほとんど話せなかったそうだ。


 そんな彼女の人生を、奪われ続けてきた人生をここで終わらせてしまっていいのか?


 否。


 生まれてから昼を奪われ、その後すぐに夜さえ奪われた。最近になってようやく取り戻せた夜の時間も堪能できぬままに、死なせてしまっていいのか?


 否。


 これだけ美しく、健気で優しい少女を、泣かせたままにしておいていいのか。


 断じて否だ。


 僕はかぐやの手をそっと握り、僕の服の袖からゆっくり離させた。そうしてへたり込んでしまったかぐやに背を向けて、僕は壇上へ足を進める。


「かぐや!いつになってもいい。一緒に、太陽をいつか拝みに行こう!」


 かぐやの表情は見えない。けれど、もう鼻を啜る音は聞こえなくなっていた。


「『魔纏狼(まてんろう)纏身憑夜鬽(てんしんつくよみ)』!」

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