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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
43/235

生臭坊主...?

 


 土蜘蛛討伐から数日、僕らは屋敷へと帰ってきた。屋敷に帰るとそこには綱さんと金時、頼光さんとそれに加えてもう一人、紫衣を着た見知らぬ坊主がいた。


「おう、帰ってきたか!春水に保昌、そっちはどうだった?」


 金時が僕らの顔を見るなり頭をくしゃくしゃと撫でてきて、そんなことを聞く。それに元気よくヤスが答えて、僕もそれに続いた。僕らの話をうんうんと相槌を打ちながら、しっかり聞いてくれた金時は、最後にもう一度僕らの頭を撫でた。


「へぇ~。貞光、お前ガキに助けられたのかよ。だっせぇ~!」


「....綱、調子乗りすぎだよ。なんかいいことでもあった?」


 僕らの話を聞いていた綱さんが貞光さんにちょっかいをかけ、それを季武さんが諌める。そして、そんなやり取りを見てまたかとため息をついている金時。


 そんないつもの光景。これを見てようやく、ひと仕事終えた達成感がどっと波となって押し寄せてきた。


「いやぁ~皆さま仲がよろしくて何よりです。ですが拙僧、少し疎外感を感じてしまいますぞ。頼光どの、ここはひとつ自己紹介をしてもいいですかな?」


 坊主は胡散臭い微笑みを携えて、頼光さんに許可を取ってから自己紹介を始めた。話している時の大袈裟な身振り手振りがさらに胡散臭さに拍車をかけていて、僕はなんだかイマイチ信用できそうにない人だなと思った。


「拙僧、道鏡と申します!京での政治争いに負け、しばらくこの屋敷に居候させていただく運びとなりました故...。ですがご安心を!拙僧は治癒術と葬式には長けております!怪我をした時も手遅れだった時も、どちらにせよ活躍できますぞ!」


 やっぱり信用できそうにない人だった。いや、逆にこういう自己紹介で正直に物事を言える素直な性格ってことなのか?でもとにかく、他の僧侶とは一線を画す何かを持っているということだけは分かった。


「わたしも自己紹介する!織って言うの!しゅんすいのおねぇちゃんなの!」


 それまでずっと静かにしていた織が急に喋りだし、場の空気を完全に掌握する。先刻の話し合いで軽く紹介はしたものの、それでは物足りなかったのだろうか。織は緊張が解けたようにぴょんぴょん動いて、どこかへ行ってしまった。


 そんなこんなで、その日は道鏡さんと織の自己紹介の後、それぞれ解散してみんな自分の部屋へと戻って行った。僕が自分の部屋に戻った時、何故か僕の布団が盛り上がっていたので捲ってみると、中には目をキラキラさせている織がいた。それを見なかったことにしてそっと布団を再び被せ、それから夜になって、久々にかぐやと話そうと庭へ出た。


 かぐやは相変わらず、夜にしか姿を現さない。土蜘蛛を倒しても、それは変わらなかった。庭に一人佇むかぐやはひどく物憂げな顔をしていて、ただこちらの存在に気づいた途端に表情をいつもの笑みに変えた。


 ヤスは任務で疲れたのか庭には来ておらず、今この場にいるのは僕とかぐやの二人だけだった。僕らは二人で、任務の土産話をして時間を過ごした。


「そうですか、土蜘蛛を倒したんですね。すごいです!.....じゃあ、私もそろそろ京に戻らなきゃ...いけませんね。」


 その言葉を聞いて、ハッとした。かぐやがこんな屋敷にいる理由。それは土蜘蛛に狙われていたから、仕方なくここに匿ってもらうしかなかったからだ。


 土蜘蛛が討伐されて、その理由が無くなればかぐやは京に戻ってしまう。その事実に気づき、僕が寂しく感じているのを察してか、かぐやは優しく僕に向かってフォローを入れてくれた。


「とは言っても、今の京は政治闘争でお父様もてんやわんやしているようですから。私が戻されるのはもう少し先になるかもしれませんね。」


 政治に関して、僕は全くと言っていいほど何も知らない。だからよく分からないのだが、かぐやによると今の京は二つの勢力が争っているらしい。一つはかぐやの所属する現天皇派閥。もう一つは現天皇の弟の派閥だ。彼らは上皇から天皇位を継承する時にも一悶着あったらしく、弟派閥に跡継ぎが生まれたことでまた政治的な揉め事が発生。そして現在は膠着状態にあるようだった。


「じゃあ、京に戻っちゃう前に...。また外のどっかに行こうよ、あの三人でさ!」


 僕は強がりで、そんなことを言ってみる。するとかぐやは一瞬頬を赤らめて、もじもじしながらぽつりと呟いた。


「二人でが...いいです.......。」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「頼む!オレを強くしてくれ、綱!!」


「はぁ?んでお前みたいなクソガキに稽古つけてやらなきゃいけねぇんだよ。俺は忙しいの。あっちいけ、しっしっ!」


 任務が終わり、屋敷に帰ってきたその日の夜、オレは綱に頭を下げた。任務での自分が、あまりに不甲斐なかったからだ。


 オレがあの任務でやったことといえば、せいぜい雑魚敵を倒したぐらい。蜘蛛女との戦いでも特に戦果をあげたわけでもなく、ただ血界を破壊しただけ。


 正直に言おう。オレは焦っている。シュンはすごい奴だ。これはあとから聞いた話だが、あの土蜘蛛にトドメを刺したのもあいつなんだとか。


 オレが気絶してお荷物になっている間、あいつはしっかりと戦って、貞光たちと肩を並べていたのだ。悔しい。オレだってあいつと同じ訓練、同じ生活をしているはずなのに。


 オレが京にいた頃、同い年のやつらには敵無しだった。それどころか、そこらの武士なんかにも勝てたことさえあった。なのに、ここに来てからは負けることばっかりだ。


 自分の中で唯一誇っている、強さで勝てないのは身が焼かれるように悔しい。ただそれ以上に、あいつがかぐやの心をオレ以上に掴んでいるという事実が、何よりも苦しかった。


 かぐやとオレは京にいる時からの幼なじみで、かぐやとはシュンよりも付き合いが長い。かぐやと一番長く接しているのはオレで、だからかぐやはオレのことが好きで、将来も一緒になるもんだと思ってた。


 でも違った。かぐやがシュンを見る時の顔は、今までに見たことがない表情をしていた。あれはきっと、恋に落ちている表情だ。


 どこでだ。いつ好きになったんだ。オレなんかよりずっと短い時間しか居なかった。大してお互いのことなんて何も知っていないだろうに、どうして好きになったんだ。


 そんなふうに思い、嫉妬で頭がもたげてしまいそうになったこともある。けれど、シュンは爽やかで嫌味のないやつだったから、どうにも憎めなかった。


 だから誓った。シュンよりも強くなって、かぐやをオレに惚れさせる。その為なら、頭だって下げるしなんだってする。藁にもすがる思いで、オレは綱に何度も何度も頼み込んだ。


「女を振り向かせたい...ねぇ。お前、藤原の家系だったよな。金はたんまりあるんだろ?」


「今は無ぇ。だけど、いつかオレは身分の高い武士になる。そうなった時に、色付けて返す!だからお願いだ!」


「ほぉん?ん~....。まあいいか、ちっと着いてこいよヤス。俺が師匠になってやる。」


 綱は顎の無精髭をさすってニヤリと笑い、オレを京まで同行させてくれた。どうせ遊郭にでも行くんだろうが、その日常の些細な動きから何か盗めるものがあるかもしれない。


「最初に教えてやるよ。強さの秘訣ってのはな、卑怯さだ。」


 そう言って、綱はいつの間にか盗んだオレの財布を手に持ち、ヒラヒラと揺らして挑発してきた。オレはそれを取り返そうと前に出て、両手を伸ばす。


「バカ正直すぎるってんだよ。少しは話の流れから学べや。」


 綱から財布を取り返すも、それがやけに軽かったので中身を見てみる。財布の中身は銅銭さえもが抜かれており、紛うことなくすっからかんだった。

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