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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
42/235

地獄が根差す蜘蛛の山(七)

 

 血界はしばしば、シャボン玉や水風船に喩えられる。仮に、中に水がたっぷり詰まった水風船に穴を開けてみたらどうなるだろうか。


 答えは言わずとも分かるだろう。外側が破裂した水風船は、内容物を外へ吐き出して綺麗さっぱり崩壊する。それと全く同じ現象が、今僕の目の前で発生していた。


 織がそっと血界の外側に触れたあとに、そこを剣で何度か全力で叩くと、血界にヒビが入った。さらにそのヒビを叩き続けること三回。血界は崩れ落ち、中からはびしょ濡れの貞光さんと恐らく土蜘蛛であろう男が出てきた。


「ゴプッ....。っはっ!!!はっ...はっ...。しゅ、春水くん...?」


 貞光さんは口から水を大量に吐き出し、酸素を求めるように呼吸をする。その隙を見逃さず、土蜘蛛が貞光さんへと駆け寄り、トドメを刺そうと牙を向く。


 だがそんなことは許さない。幸い、まだ『八束落』が効力を保ったままだったので、貞光さんと土蜘蛛の間に立って剣を振る。


 すんでのところで回避行動に移った土蜘蛛が、こちらの攻撃をギリギリ避ける。それでも剣先は相手の腹を少し掠め、貞光さんに向かう追撃を防ぐことに成功した。


 ただ、今振るっているのは蜘蛛特攻の『八束落』だ。当然、掠めただけでも大きなダメージとなりうる。腹を抱えたまま土蜘蛛は体勢を崩して、片膝を地面に着けた。


「季武さん!僕がカタをつけます、援護を!」


 畳むならここしかない。そう思って、火の玉みたいな速さで前に出る。そうして片膝を着いているままの土蜘蛛に、上段からの唐竹割りをお見舞した。


 しかし、土蜘蛛は頭を右にずらして頭部への攻撃を回避。左肩から半分は切り落としたが、それもすぐに再生されてしまう。


 だが、そんなことで止まっていても仕方がない。僕は威力よりも速さを重視し、やたらめったら切りつけることにした。


(反撃は季武さんが止めてくれる。だから僕がやるべきことは、今ここで確実にこいつの息の根を止めること!)


 切り結ぶこと十二線。切っても切っても再生するので、再生以上の速度を目指して線を走らせる。すると、少しづつではあるが土蜘蛛の背丈が縮んでいるような気がした。


 連戦続きで悲鳴を上げている腕と肺に鞭を打って、限界まで力を振り絞り続ける。腕がもう上がらない。口の中に懐かしい血の味が広がって、剣を持ったままだらりと力が抜けていく。


 一方で土蜘蛛は、追撃が無くなったと見て再生を完全に終了させ、獰猛な目付きでこちらを睨んだ。


「ここまで削られたのは初めてだ。もう俺の中にゃ、分体が百匹程度しか残ってない。だがな、お前らも全員満身創痍。」


 確かにそうだ。季武さんはもう矢がない、貞光さんもほぼ戦闘不能。かく言う僕は言うまでもなくボロボロ。そしてこの中で唯一ピンピンしていた織は、なんだか俯いてうずくまっていた。


 不思議な少女だ。術式を持っていたし、もしかしたら。なんて思ったが、こんないたいけな少女に戦わせるなんて僕にはできない。


 上がらない腕を上げようと、腕をゆさゆさと揺らす。だがやはり、どうしても剣を振れるようには見えない腕は、急に力を取り戻したみたいに動くようになった。


「『比翼連理風羽(ひよくのれんりかざばね)』私が力を貸します。一度だけ...。たった一度のチャンスです。託しましたよ。」


 いつの間にかこっそり詠唱を終えていた貞光さんは、そう言って意識を失った。僕は託された羽を大きく広げ、力を集中させる。


「俺の術式は、『金剛土塊(こんごうつちくれ)』体をただ硬くするだけの力だ。お前は?」


「『比翼連理風羽』今はただ一回、剣を触れるだけの力しか残ってない。僕は突きを出す、覚悟しろよ。」


 土蜘蛛は、討伐されるような卑劣極まりないもののけの目付きではなかった。真剣で、嘘偽りのない、そんな覚悟の決まった目だ。


「俺は子供が好きだ。沢山拾ってきて、大人になったら食った。悪いことだなんて思っちゃいないさ。ただ単純に、綺麗だと思えるものがそれだっただけ。だからお前らを殺した後、また子供を拾いに行く。次は貴族の娘にしようと思ってたんだ。決めた、念願のあの女の子。竹姫かぐやを攫いに行く。」


 前言撤回、こいつは卑劣だ。だけど、一本芯が通っている。どこまでも潔癖な思い。子供を攫うことなく、誰も殺すことなく、ただ考え方が少しでも慈しむ方向に違っていたら、もっと友好的になれたのかもしれない。


「そんなことは僕が許さない!お前を殺して、これまでの被害者たちも救って、かぐやも守ってみせる!!!行くぞ、土蜘蛛!!!」


 その言葉を合図に、僕は片手突きを繰り出す。速さと貫通力を重視した、心臓を狙う一突き。それに対して土蜘蛛はどっしりと構え、僕の剣を体一つで受け止めようとする。


 蜘蛛特攻に加えて貞光さんの魔術、この腕が最早瀕死とはいえ、一瞬だって生身で耐えられるはずはなかった。しかし、土蜘蛛は耐える。胸に突き立てられた剣を胸筋で阻んで、剣をがっしりと両手で掴む。


「まだっ!まだだあああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 止められてなお、力を込め続ける。切っ先が数センチづつ胸に突き刺さっていき、先端の刀身が隠れる。


「負けん!!!!俺はっっっっっ!!!まだ絶対に死なない!!!!!!」


 押し返される。だがこちらも押し返す。技なんてない、単純な力の。いや、想いの押し合い。そんな永遠に続いたかのように思われた最後の一撃は、朝日と共に終わりを告げた。


 ズブリと、僕の剣が土蜘蛛の心臓を貫いた。剣は血に濡れ、朝焼けに輝き、今までに見たことの無い美しさを煌々と発していた。


 剣を抜き、振って血を振るい落とす。剣を抜かれた反動か、はたまた単に力尽きたか。土蜘蛛は先程までの勢いが嘘だったのように、地面に倒れ込んだ。


「最後に、言い残すことはあるか。」


 同情の余地なんて一片だってない。けれど、どうしてだろうか。僕は思わず、そんなことを聞いてしまった。


「ゴホッ...。後悔はしてない。今まで好き勝手してきたんだ......。甘んじて受け入れる......さ.......。」


 土蜘蛛は最期に、そっと目を閉じて静かに死んでいった。心臓を一突きだ、地獄のような苦しみが襲ったはずだろう。なのに、どうしてかその死に顔は、とても安らかなものだった。


 土蜘蛛の死体は触れた瞬間にバラバラに崩れ、崩れた欠片をよく見ると、それは小さな蜘蛛たちの死体だった。


 念の為ということで、死体は季武さんが速やかに焼却処理をした。そうしてその後、起きてきた貞光さんと織の四人で囚われていた子供たちを救出。彼女らは一旦鎌倉へと送還し、そこで素性を調べて元の親元に返すこととなった。


「それで....。この子はどうするんですか、春水くん?」


「わたしはしゅんすいのおねぇちゃんなの!一緒にい~る~の!」


 織はいたく僕を気に入ったようで、僕から離れようとしなかった。術式を持っているし、何やら純粋な人間かも分からず身元も不明。どう扱おうかと悩んでいたところ、貞光さんが報告も面倒なので僕の姉として処理するなんて言い出した。


 結局、本当に屋敷に連れ帰って僕が面倒を見ることになった。織はご機嫌そうに僕のほっぺたをつついたり伸ばしたりして遊んで、一人で盛り上がっていた。


「織....。僕一人で歩けるから!大丈夫だから!!」


「でもしゅんすいボロボロ。おねぇちゃんに任せて!ほらおんぶ!おんぶ!」


 織は思いついたように僕を背中に抱え、その小さい体で僕のことを持ち上げた。とは言ってもそこまで身長差は無いのだが、やっぱり自分よりも小さい子に背負われてるという恥ずかしさがあった。


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