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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
40/235

地獄が根差す蜘蛛の山(五)

 


 術式を帯びた武器。通称、魅孕(すだまはらみ)には術式発動のために特定の祝詞を発さなければならないという制約がある。


 この祝詞を口にした時、武具は持ち主の意向に沿って目の前の全てを打ち砕かんとする無敵の矛と化す。それはまるで、もう死んだはずの魂が現世に蘇ったかのように輝きを放ち、土蜘蛛を真っ二つに両断した。


「季武くん!どうせこれじゃあ土蜘蛛は死にません!追撃用意をお願いします!」


 そんな私の予想通り、土蜘蛛の真っ二つになったお腹の中から、わらわらと小さな蜘蛛たちが溢れ出した。気持ちの悪いそれらは、一つの場所に集まって人型を成して、最初に私たちと合間見えた時の姿と同じ見た目へ変貌した。


「ふぅ。いやはや、取り乱してしまい申し訳ない。性癖は人それぞれ、強要するものではありませんでしたね。」


 先程の攻撃など気に求めていないといった様子で、土蜘蛛は飄々と話を続ける。無論、私たちはそんなもの無視して攻撃を続けたが、一向に手応えがない。


 土蜘蛛が形態を変えたせいで術式効果は発揮されなくなったが、それでも十分な威力を持った斬撃が何度も土蜘蛛の体を襲っている。私だけじゃない。季武くんものべつまくなしに弓を射続けている。それなのに、大した有効打になっている様子が全く感じられないのだ。


 何度切り裂いても再生し、何度も射抜いても平然としている。いくら土蜘蛛が強力なもののけだからといって、さすがに無尽蔵の再生力を持つ訳では無い。


 つまり、何かのからくりがあるはずだ。経験上、こういう何度も再生する手合いは覚えがある。大抵は核を持っていて、それを破壊しないと無限に再生し続けるパターンだが、そんな様子は見られない。


 となるとあとは、相手が群体であり、それが一つの個体として成り立っているパターン。最初の再生を見る限りではこれが最も有力そうではあるが、如何せん決めつけは致命的なミスを引き起こす可能性がある。


 だから完全に決め打ちはせず、カマかけの意味も込めて季武くんに情報伝達をする。左目の瞬きを二回、未確定の情報であるというサインだ。


「土蜘蛛は群体型のもののけです!面での範囲攻撃で一気に叩き潰しましょう!」


「おや、さすが歴戦の猛者。気づくのが早いですね。その通り、土蜘蛛というのは個体名ではなく組織名のようなもの。そして再生ごとに頭脳を担当するものが入れ替わります。この意味が分かりますね?」


 その言葉が一体何を示しているのか気づき、一旦攻撃を中止する。頭脳が変わるということ、それは性格の変化や戦術の多様化などが挙げられるが、そんな些事はどうでもいい。


 術式というものは、魂に刻まれるものである。これは大前提の話だ。では、術式とはどう発露されるのか。その答えは、術式は脳を起点として全身に巡り、体外に放出されるということ。つまりだ、脳を担当する個体が変わるということは、個体が入れ替わるごとに術式も入れ替わるのだ。


 相手を殺せば殺すほど、変わり続ける手数に対応出来なくなる。だがそれには弱点もある。それは、意思統合が難しいという点だ。その穴をつけば、決して勝てない相手では無い。


「頭脳が変われば、性格もまるっきり変わる。強い者、弱い者。堅実な者、賭けに出る者。そして戦いたい者、そうでない者。総勢二万五千八百匹。一つの群れではあるものの、完全にまとまっている訳ではない。だが、我々はたった一つ、生命の枠すら超越し、生死など些細に思える。そんな芯を得たのですよ。」


「そうですか。ではその、全ての個体を土蜘蛛たらしめている芯とは、一体何なんですか?」


「勿論、性癖です。世界とはかくも醜い。人は皆、地獄のような現世に辟易し、平等に瞳を曇らせているものです。そんな中、唯一透明な瞳を持つ、大雨の中の一筋の晴れ間!小さな体を愛しいと思う。未成熟な穢れなき魂を!美しいと思う。そんな心。私はそれを守り抜くため、あなたがたを打ち砕きます。さぁ、かかって来なさい。これ以上の言葉は無粋でしょう?『土針(つちばり)』」


 土蜘蛛の周囲に礫が出現し、こちらへ吸い寄せられるように飛来してくる。それと同時に土蜘蛛がこちらへ距離を詰めた。


 鎌の本領はミドルレンジ。刀や剣などといった近接武具よりもはるかに長い射程を持つ代わりに、寄られれば脆い。


(礫で間を潰して近接に持ち込む気か...!だけど生憎、こっちはひとりじゃないんでね。)


 礫に対処していて土蜘蛛まで手が回らなくなった隙を、確実に土蜘蛛が付いてくる。しかし、そうはさせまいと季武くんが援護射撃。矢を回避するために攻撃を諦めた土蜘蛛が後ろへ引き、戦況は膠着状態に陥った。


「季武くん!二万程度なら私たちで削れます、頭を変えさせないように胴体と手足を狙ってください!」


 その言葉を合図に、季武くんが詠唱に入る。援護を失い孤軍になった合間に土蜘蛛が特攻を仕掛けてくるが、そんなものは想定済みだ。


 飛んでくる礫を鎌で撃ち落とし、先程と同じように詰めてくる土蜘蛛に対しては鎌の棒部分で捌く。


 確かに、鎌は詰められたときが一番怖い。だが、そんな見え見えの弱点をそのままにしておくほど、私は甘くない。全ての攻撃を捌ききった後でがら空きになった胴体へと、強烈な蹴りをお見舞する。


「遠き記憶の篝火、灰のことば、生きながら縛られる亡霊。決して忘れることなかれ。膿んだ背中の爪痕を。勇気を無くした臆病者は、独りで楽しく回るだけ。刹那の摩擦で火花を散らせ。『灰巡り』」


 詠唱を終えた季武くんが矢を引き絞り、飛んで行った土蜘蛛に向かって弓を引いた。矢は見事土蜘蛛の左腕に命中し、腕を丸ごと灰へと帰した。


「ふむ。仕方ない。」


 表情を一切変えないまま、土蜘蛛は残った右腕で自分の首を掻っ切った。急な凶行に一瞬呆気を取られ、対応が遅れる。


(自殺?!それも躊躇いなく!そんなことより今は回避ッ!)


「『断糸(たちいと)』」


 地面が一瞬にして正方形状にくり抜かれた。さらに正確に表現するなら、消失したと言った方がいいだろう。急に落とし穴に落とされたように浮遊感を味わい、何とか落下死を避けようと鎌の刃部分を崖に引っ掛け、その場を凌ぐ。


 その後は素早く復帰。穴が大きすぎたのか追撃は無く、私が穴から這い上がった数秒後には地面はすっかり元の状態へと戻った。


(落とし穴?まだ断定するには早計すぎる。ただ後手に回るのも好ましくないな....。)


 考えを巡らせているうちに、また地面が消失した。ただし、今度は左足の真下に小さな窪みができた程度だ。だがそれでも、体勢を崩して防御体制を取らせないことは出来る。


 重心が崩れた所を刈り取りに来た土蜘蛛が、季武くんの矢をノーガードで受けて刺さっているままに、意趣返しか私の鳩尾へ先程と同じ構えで蹴りをめり込ませる。こちらは負けじと、吐きそうになりながらも逃がさないようにがっしり足を掴み、鎌で狙いを定め切り落とす。


 土蜘蛛は足を捨て、一度こちらの射程内から完全に離脱。そして安全地帯で失った腕と足を再生し、少し何かを思案してから、二度目の自殺に踏み切った。


「【血界侵蝕】『妙法蜘蛛之霊(みょうほうくものれい)』」


 空間が区切られ、私と季武くんが分断される。今の今まで、土蜘蛛の攻撃をすんでのところで致命傷にならないよう回避出来ていたのは、紛うことなく季武くんのお陰だ。それを土蜘蛛も理解したのか、血界を生成して一体一へと強制的に持ち込まれる。


 そうして入れられた血界の中に土蜘蛛の姿は見当たらず、私の目の前には滝が一つあるだけだった。その滝は、いかにも自然の風景と言った穏やかさを感じさせる優しい景色だ。


 だがここは血界内部、決して警戒を緩められる場所ではない。間隔を研ぎ澄ませ、どんな攻撃が襲ってきても対応できるように意識を集中する。


 その時、滝壺の中から無数の糸が出現し、私の足に絡みついた。その糸は凄まじい力で私を滝の中に一瞬で引きずり込み、呼吸を奪われた。



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