地獄が根差す蜘蛛の山(二)
「.....報告は以上。どうする、貞光?」
「困りましたね。それだけ数が多いと取れる手段も限られてきます。山を焼いてもいいのですが、如何せんこちらの手数では包囲網が敷けない。」
うんうん頭を捻っている貞光を端目に、僕も僕なりに蜘蛛たちへの対策を考える。僕やヤスに求められているのは、できるだけ民間の被害を減らせるように雑兵を削ること。本命である土蜘蛛は、貞光さんと季武さんに任せればよい。今の僕らでは、少なくともあの大蜘蛛を二人がかりでやっつけるのがやっとだろう。
またしても自分の無力さを突きつけられ、椅子に深く座り込んでいると、季武さんが軽く頭にぽんと手を添えてきた。
「....最初は、誰だってそうだよ。僕だって。.......綱もそうだった。」
それを聞いて驚いた。綱さんは任務に全く顔を出すことがない。ただ一度だけ、綱さんが寄って帰ってきた際に遊びで試合をしようということになったことがある。
僕は真剣、それに対して綱さんは竹刀だった。結果は言うまでもなく惨敗。刀を抜く前に蹴り飛ばされ、屋根まで吹っ飛ばされてしまった。その後、かっこをつけようとした綱さんが魔術を使って竹刀に火をつけ、ボヤ騒ぎを起こしかけたのはまた別の話だ。
「マジかよ?!季武!!綱が最初から弱かったって!!アイツ、酔う度に『俺は産まれた時から無敵だ〜』って言ってたぜ?!」
「....嘘だよ。昔は生傷だらけで帰ってくることも多かった。傷が消えたのは...そっか、あの時からか。」
季武さんは、何かを思い出すように優しく微笑んだ。その時パンと貞光さんの手を叩く音が響き、思い出話は散って再び作戦会議へと話は戻った。
「色々考えても見ましたが、とりあえずは親玉を潰すしかありません。元を叩けば眷属も弱体化しますし、後の包囲は別の部隊に任せましょう。私たちは土蜘蛛を倒すことに注力します。いいですね!」
ある程度のまとまった戦略を練り、チームを再編する。メインの探索役となり、大蜘蛛が出てきたあたりを重点的に探す貞光、季武チーム。後顧の憂いを無くすため、できるだけ敵の殲滅を目的としている僕とヤスチーム。
ちなみに、僕らは土蜘蛛を見たら即退散してメインチームに報告せよと厳しく言われている。特にヤスなんかは、無闇に戦おうとしないでしっかり逃げろ。と言いつけられた。
そんなこんなで、ほの明るい月明かりが照らす夜の山に、僕らは再び足を踏み入れた。ヤスはこんな木々が生い茂っているところでは大剣が使い物にならないと判断し、予備の双剣を取り出して持ち替えて来ていた。
ヤス曰く、大剣よりも熟練度は下がるが、それでも僕を倒すくらいはできるらしい。全く冗談が上手いやつだ。そうして、二人で山の山頂を目指す。昼間に行った行き帰りのルートではなく、その中間のけもの道を通ることにした。
大量に湧く蜘蛛たちは、昼間よりも断然強かった。夜の闇に紛れ視認し難いというのもあるが、単純に性能が向上している。昼間は突進や切り裂き攻撃しかしてこなかったのに、今は糸を吐いて木に巻き付け、上から飛びかかってくるなんて高度な攻撃を繰り出すようになってきていた。
苦戦を強いられるかとも思ったが、案外昼間よりもサクサク進むことが出来た。と言うのも敵が強くなった以上に、僕らのコンビネーションが敵を屠る速さの方がはるかに上なのだ。
誘導、武器の交換、魔術が発動するまでの時間稼ぎ、休憩のタイミング。そのほか様々なことが息ピッタリで、二人でいれば向かうところ敵無しと言っても過言ではなかった。
「出たぜ、デッケェ蜘蛛!こいつをブッ殺しゃあよ。貞光たちもちっとは楽にやれんだろ!!シュン!行くぜェ!!」
大量の蜘蛛を踏み、八艘飛びでもするかのような軽やかなステップで大蜘蛛へと跳んでいくヤスを、後方から援護する。
修行の際、考えていたのは常にあの白い蛇のこと。あの硬い鱗をどうやって突破したらいいのか。その答えを探すため、僕は金時に尋ねたことがある。金時は少し思案してから、こう答えた。
「刀で斬れないならよ、いっその事別のもんで斬ったらどうだ?雷とか。」
これを聞いた当初は全く参考にならないと思ったが、後に綱さんの魔術を見てピンと来た。刀ともうひとつ、何かの要素を組み合わせて斬ればいいのではと。
ただし、これを現実のものにするのは簡単ではなかった。まず最初にぶち当たった問題が、何を組み合わせるか。これは比較的すぐ思い浮かんだ。身近で刀に何かを纏わせる人と言ったら、綱さんと優晏しかいない。それにその二人のどちらも、炎を纏わせている。
手本を思い浮かべれば、再現は難くない。ずっと、忘れることが怖かった。いつか綺麗さっぱり忘れてしまって、思い出にしてしまうことが、とても怖かった。
忘れずにいたい。いつか全て取り戻すときまで、欠片だって無くしたくない。そんな想いで励んだ修練が実を結び、ようやく花をつけた。
「それは月下の一雫。蓮が散り、蒼に濡れるは白き肌。熱を孕んだ指先に、触れる氷華は燃えては帰す。どれだけ遠く、離れても。散った花弁が再び紡ぐ。『焱立燈華』」
炎が刀身を包み、ほんの一瞬だけ焔の華が散る。そこから繰り出される一太刀分、この刀は凄まじい火力と殲滅力を得る。横凪に刀を払い、あたりの雑魚を一掃。宙にいたヤス以外の全てを焼き払う。
「オリジナル魔術かよ!オレも負けてらんねェなっ!!」
あと僅かに距離が足りなかったのか、大蜘蛛は無傷でヤスへと立ち会う。ヤスは跳躍の勢いを余すことなく攻撃へ転化させ、双剣で上空から大蜘蛛の腹部切断を狙った。しかし、大蜘蛛もこれに応戦し後ろ足でガード。
だが、こんなものでヤスの攻撃は止まらない。普段大剣を使用しているヤスが、その重量から解き放たれた時一体何が起こるのか。答えはそう、超速の連撃だ。
目にも止まらぬ速さで、ガードしている後ろ足に無数の傷をつける。そこで怯んだ大蜘蛛の後ろ足を掴み、それを軸に回転。見事大蜘蛛の背に乗ることに成功したヤスは、そのままの速度で大蜘蛛の脳天に双剣を突き刺しまくった。
大蜘蛛は頭を穴だらけにして、体液を撒き散らした後死んだ。これで僕達の仕事は最低限こなせたはず。そう思ってヤスと勝利を分かち合おうとしていると、急にヤスの後ろから女の影が出てきた。
「結構強いのね。子供の癖に、ナマイキ。」
ゾワッと首元に悪寒が走り、二人で後方へと飛び退く。女をよく見てみると、上半身は普通の人間の見た目なのに、下半身は蜘蛛と接着されていた。あまりの不気味な造形に若干の恐怖を抱きながら、それでもと立ち向かうことを選択する。
「ヤス、本当にヤバかったら逃げよう。強いのは...うん。間違いない。」
「うっし!じゃあせめて片腕くらいは持ってこうぜェ!」
「はぁ〜。逃がすわけないでしょ?馬鹿なの?あんまりナマ言う子には、お仕置が必要ね。」
女はペロリと舌なめずりをして、邪悪な笑みを浮かべた。空気が一変し、死の雰囲気を肌で感じとる。そんな中初手でヤスが特攻をかましたので、僕もそれにつられて後に続いた。
「アタシ、こういう馬鹿な子供って嫌いなのよ。それにダーリンはロリコンだから、京のかぐやとか言うのにご執心だし...。なんか思い出したらムカついて来たわ。」
その言葉を聞いた途端、ヤスの速度が一段階上がる。弾丸のように飛び出したヤスはさらなる加速を得て、その上双剣を構えてきりもみ回転し始めた。
もはや人間では無い貫通力を十分に発揮し、女の肉体をヤスが貫く、はずだった。突然ヤスの全身に糸が絡みつき、回転は途中で勢いを失ってしまう。
「ヤス!避けろ!!」
次の瞬間、ヤスは巨大な蜘蛛の巣に絡め取られてしまい、完全に身動きが取れなくなってしまった。




