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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
少年篇
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地獄が根差す蜘蛛の山(一)

 

 僕は現在、実家に戻ってきている。ただの帰省という訳では無い。単純に任務先がたまたま実家のある常陸国だったので、野宿よりはマシだろうと一泊することになったのだ。


 この任務でのメンバーは僕を含めて四人と一匹。僕とヤス、季武さんと貞光さん。それに加えて、花丸も着いてきている。花丸は鼻が利くので、最悪土蜘蛛らが逃げた時に探知役として使えるのでは。という想定の元、連れてくる運びとなった。


 綱さんと金時、それに頼光さんはほかの任務が入ってしまったそうだ。綱さんはなんだか不機嫌だったが、僕達とは別のもう一方の任務の方が実入りが多かったらしいので、最終的には喜んで出かけて行った。


「おにいちゃん。ひさしぶり!」


「久しぶり、雨音!元気にしてた?お母さんも、ただいま。」


「おかえり春。そうだ!夕飯、みなさんも召し上がっていきませんか。」


 久しぶりに見た雨音は随分大きくなっていて、もう結構言葉を話せるようになっていた。それもそのはず、雨音はもう三歳で、僕は八歳なのだ。時の流れは案外早いものだとしみじみ感じ、台所へと向かった母に目をやる。


 母は料理をせっせと作っていて、それを貞光さんが手伝っていた。母も息子が少しばかり見ないうちに成長していて嬉しいのだろう。前に家にいた時よりもおかずが豪華になっている。


「シュンのお母さん!オレは保昌ってんだ!シュンの友達!」


「あら、そうなの?うちの春が迷惑かけてない?仲良くしてあげてね。」


 ヤスが元気よく母に挨拶し、そのままご飯を食べ始める。少し小さな食卓には、六人もの人が集まって食事をしていた。穏やかな夕食を終えて、客間に三人、そして僕は久しぶりに家族三人で寝ることになった。


「おにいちゃん。おにいちゃん。」


「ん?どうした?」


 布団の中から小声で雨音が話しかけてきた。どうやら僕が鎌倉でどんなことをしているのか興味があるらしい。僕は少し誇張しながら、兄として妹に鬼を退治したことや勉強したこと、そのほか色々なことを寝物語として語る。


 雨音はその全てを目をキラキラ輝かせて聞いていて、中々寝付いてはくれなかった。そうしてしばらく話していると、母が優しく僕達の頭を撫でてくれた。それで安心の気持ちの方が強まったのか、雨音はすぐにぐっすり眠ってしまった。そしてそれに合わせるように、僕もまた深い眠りについた。


 目的地まではまだ少し距離があるので、翌朝はすぐに家を発たなければならなかった。母はもう少し泊まっていけば。なんて言ってくれたが、名残惜しい気持ちを抱えて僕達はそれを丁重に断った。


 馬に乗り、目的地である山へと向かう。そんな中で、僕とヤスは貞光さんから復習として軽い確認を受けることになった。


「これから先、向かう山にいるのはどんなもののけですか?」


「はい、土蜘蛛です!」


「それだけじゃねェって。土蜘蛛と他に、その眷属たちだろ?」


 すっかり失念していた。敵の親玉である土蜘蛛だけでなく、その眷属の雑兵たちも一般人からして見れば十分な驚異だ。そのことを思い出し、次の質問に備える。


「保昌くん、正解です。では、眷属とは何ですか?」


「え〜っと...。なんか弱っちいヤツ!!」


「力を持ったもののけや神などが比較的弱い者に力を与え、自らの手下として扱う。この手下として扱われるものが眷属です。」


 先程の質問で完全に思い出すことができたので、今度は間違えなかった。貞光さんはにっこりと笑い、話を続ける。


「春水くん正解です。眷属は基本的に元となった力あるもの。ここでは親と表現しますが、親の影響を多少なりとも受けます。なので、山で蜘蛛を見かけたら警戒してください。いいですね?」


 おさらいが終わったと同時に、丁度よく山の麓へと到着した。そこでまずは、馬や重い荷物などを置くことの出来る仮設基地を作ることにした。


 こういう作業は季武さんが得意なので、僕達はせっせと荷物の整理や武器の手入れ確認を済ませておく。そうしている間に、季武さんが魔術で作った木製小屋に入り会議を始める。


 会議の結果、最初に僕が『魔纏狼』で斥候を務め、その補助を季武さんにしてもらう事となった。その後は、僕たちが持ち帰った情報によって作戦を臨機応変に立て替えるらしい。


『栄馬千』も使っているうちに慣れたのか、効果時間がだいぶ伸びたので、最初から『魔纏狼』と併用し山へと二人で踏み入る。『魔纏狼』で狼化させた部位は二つ。耳と目だ。これらで感覚を研ぎ澄まさせつつ、視界の悪い山の中を進んでいく。


「....春水。西北の方向に三匹。好きに動いていいよ。」


 山を探索すること数十分、早速中型の蜘蛛が現れた。大きさは一メートルほどで、お世辞にも強そうとは思えないが、恐らく驚異となるのは個々の戦力ではないだろう。


(感覚を強化していたのに気づかなかった...。気配の隠蔽に長けているのか...?と言うか、これに気づけるんだったら季武さん一人でよくない?)


 なんて思いながら、刀を構えて前へ出る。山の木々が邪魔で刀が横に大きく振れないため、足を存分に使って危なげなく攻撃を避け、角度をつけた縦斬りで削っていく。僕が一匹の蜘蛛を倒した時には、もう既に季武さんはほか二匹を瞬殺していた。


「....慎重だね。」


「ごめんなさい、次からはもっと素早く片付けます...。」


「.......。いや、慎重なのはいいことだよ。うん、やっぱり春水はもっと伸びる。」


 口数が少ない季武さんとは、今まであまり関わりがなかった。それでも、その一言で季武さんが僕のことをちゃんと見てくれているのだと伝わり、なんだかむず痒い気持ちになった。


 そのまま僕達は山のさらに奥まで進み、雑兵を削りながら山頂へとたどり着いた。山の全体像は行きで半分ほど把握出来た。あとは日が落ちる前に帰りでもう半分を埋めればいい。見晴らしのいい山頂で一息付いてから、僕らは下りの道を歩き始めた。


 すると、急に今までの雑兵共とは一線を画すような、巨大な蜘蛛が現れた。その蜘蛛は雑兵を背後から腐るほど出現させて、いっせいにこっちへと向かわせる。


「....春水くんは小さいのを!こっちは本命を殺る!」


 わらわら群がってくる蜘蛛たちが気色悪くて一瞬気を失いかけるも、なんとか心を律して刀を強く握る。季武さんが後方で大きい蜘蛛に向かい弓を射ているので、それの邪魔をさせないように僕が露払いを担当。


 波状に迫ってくる蜘蛛の大群を、少しづつ前線を下げながらゆっくり数を減らしていく。と言っても、トドメを刺す訳ではなく足を切り捨てるだけに留める。なぜトドメを刺さないのか。実際、こんな大勢いては殺し切るのが困難。ということもあるのだが、一番の狙いは足止めだ。


 この状況、あの後方に控えている大蜘蛛が指揮を取っていると考えるのが自然だろう。頭さえ潰せば、指揮系統を失った蜘蛛たちはバラけて戦力を格段に落とす。あとは花丸に頼んで残党を補足すれば万事解決だ。


 であるので、僕が徹するべきは可能な限りの前線の膠着。足を欠いて動きを落とした蜘蛛たちが壁となり、ほかの蜘蛛たちの進行を妨げ続ける。その間に、季武さんが大蜘蛛を矢で撃ち抜いた。ダメージは食らったものの、致命傷にまでは至らなかった大蜘蛛がすかさず部下たちを自分の元へ引き戻し、防御を固める。


「追撃しますか?僕はまだやれます。」


「....いや。数は減らしたから一度戻ろう。僕達の目標は土蜘蛛討伐だ。ここで雑魚を狩り切る必要は無い。」


 大蜘蛛が防御耐性に入り、追撃の手を打ってこない隙に僕らは逃亡。山の全体像と大まかな敵戦力の把握に成功して、仮設基地へと戻った。


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